第6話
文字数 1,274文字
急いている気持ちを隠して、「さて」と言った。声がかすれている。
「会計をするよ」とウェイターを呼んだ。チェックをしてもらう。思いのほか高かった。顔には出さずクレジットカードを渡した。しばらくしてウェイターが戻ってきた。
「お客様、恐れ入ります。こちらのカードは只今使用できない状態のようですが」と、言う。
「え、どういうこと?」何かの手違いだろうとウェイターを見る。
「カードが認識されないので、恐らく利用限度額を超えられたのではないかと考えられます」
その言葉で思い出した。先週末にマッサージチェアを買ったのだ。家計用のカードを忘れてきたので、通子に頼まれて、一旦俺のカードを使ったのだ。その前の週にはゴルフクラブも買っていた。カードに利用限度額があることは知っていたが、考えたことはなかった。一か月に使える額で、なんでも数万円程度超えてもその時は使えるらしいが、次からは使用できないとのことだ。
俺は動揺を隠してゆっくりグラスを置いた。
「うっかりしていた。先週大きな買物をしたのだった。これは現金で払うよ」伝票を受け取った。
どうしよう、ホテル代は残らない。思わず唇を噛んだ。だが思案の余地はない。
――なんてことだ。
ウェイターは待っていたが、「いや、僕が行くよ」と、一緒にキャッシャーに向かった。財布の中の額を把握していないので、万が一足りない場合、醜態を真由美に見せたくなかったからだ。
キャッシャーで財布を開ける時はハラハラした。足りない時は、真由美を先に帰して、通子に持ってきてもらうつもりでいた。
金は帰りのタクシー代も含めて、なんとか足りた。
――くそっ、いまいましい。通子があの時、カードを忘れてさえこなければ。
支払いを済ませ、テーブルへ戻った。さっきまでの興奮は萎えていた。真由美は意外とさっぱりとした表情をしていた。俺の様子を見て事情が判ったのか、あの妖艶さは消えていた。俺は椅子にかけて、残ったスコッチを飲み干す。
――まさか? 俺のカードを使うように仕組んだ? まさか。
――そうか。あのメモを見られたのか。
通子はクリーニングに出す前にポケットの中を確認する――
話す言葉がなく呆けていると真由美が言った。
「今日はご馳走さまでした」
にっこり笑う。
「課長、この近くに牛タンの美味しい店があるのよ。お腹もすいたし牛タンを食べにいきましょう。そこはわたしにご馳走させて」
真由美は立ち上がって、俺の腕をとった。
「今度は、豪快に生ビールにしましょう」
腕を引いて歩きだした。「課長、課長は理想の上司のままでいてね」
真由美の言葉が頭の上をかすめていく。
――思えば、通子は高額な方のマッサージチェアを執拗に薦めていたな。
――いつも財布に入れておくカードを忘れるというのも不自然だ。
歩いている時、エレベーターを待っている時、真由美はしゃべり続けた。先ほどまでのことは無かったかのように。
俺は、真由美に押し込まれるようにエレベーターに乗った。
エレベーターは下降を始める。俺は、下界のざわめく人々の中に溶け込んでいった。
【了】
「会計をするよ」とウェイターを呼んだ。チェックをしてもらう。思いのほか高かった。顔には出さずクレジットカードを渡した。しばらくしてウェイターが戻ってきた。
「お客様、恐れ入ります。こちらのカードは只今使用できない状態のようですが」と、言う。
「え、どういうこと?」何かの手違いだろうとウェイターを見る。
「カードが認識されないので、恐らく利用限度額を超えられたのではないかと考えられます」
その言葉で思い出した。先週末にマッサージチェアを買ったのだ。家計用のカードを忘れてきたので、通子に頼まれて、一旦俺のカードを使ったのだ。その前の週にはゴルフクラブも買っていた。カードに利用限度額があることは知っていたが、考えたことはなかった。一か月に使える額で、なんでも数万円程度超えてもその時は使えるらしいが、次からは使用できないとのことだ。
俺は動揺を隠してゆっくりグラスを置いた。
「うっかりしていた。先週大きな買物をしたのだった。これは現金で払うよ」伝票を受け取った。
どうしよう、ホテル代は残らない。思わず唇を噛んだ。だが思案の余地はない。
――なんてことだ。
ウェイターは待っていたが、「いや、僕が行くよ」と、一緒にキャッシャーに向かった。財布の中の額を把握していないので、万が一足りない場合、醜態を真由美に見せたくなかったからだ。
キャッシャーで財布を開ける時はハラハラした。足りない時は、真由美を先に帰して、通子に持ってきてもらうつもりでいた。
金は帰りのタクシー代も含めて、なんとか足りた。
――くそっ、いまいましい。通子があの時、カードを忘れてさえこなければ。
支払いを済ませ、テーブルへ戻った。さっきまでの興奮は萎えていた。真由美は意外とさっぱりとした表情をしていた。俺の様子を見て事情が判ったのか、あの妖艶さは消えていた。俺は椅子にかけて、残ったスコッチを飲み干す。
――まさか? 俺のカードを使うように仕組んだ? まさか。
――そうか。あのメモを見られたのか。
通子はクリーニングに出す前にポケットの中を確認する――
話す言葉がなく呆けていると真由美が言った。
「今日はご馳走さまでした」
にっこり笑う。
「課長、この近くに牛タンの美味しい店があるのよ。お腹もすいたし牛タンを食べにいきましょう。そこはわたしにご馳走させて」
真由美は立ち上がって、俺の腕をとった。
「今度は、豪快に生ビールにしましょう」
腕を引いて歩きだした。「課長、課長は理想の上司のままでいてね」
真由美の言葉が頭の上をかすめていく。
――思えば、通子は高額な方のマッサージチェアを執拗に薦めていたな。
――いつも財布に入れておくカードを忘れるというのも不自然だ。
歩いている時、エレベーターを待っている時、真由美はしゃべり続けた。先ほどまでのことは無かったかのように。
俺は、真由美に押し込まれるようにエレベーターに乗った。
エレベーターは下降を始める。俺は、下界のざわめく人々の中に溶け込んでいった。
【了】