第2話

文字数 1,030文字

 真由美のドライマティーニが運ばれてきた。俺は魚介テリーヌとカナッペもオーダーした。
 俺と真由美は、しばらく総務課の近況など、他愛の無い話をした。
 二人のグラスが空になるまでさほど時間はかからない。真由美は俺に目配せをしてから、ウェイターに指で合図をして、それぞれの追加を頼んだ。二人ともペースが早い。
 真由美は三杯目からはジントニックに変えた。少し酔ったのだろう、目の周りがほんのり色づく。
「わたし入社してすぐ、このお店に連れてきていただいたのよ。課長は覚えていらっしゃる?」少し厚めの唇がピンクのルージュで光っている。
「ああ、覚えているよ。新入社員歓迎会だったよな」
 あの時は団体用のセットメニューだったな、と変なことを思い出す。
「わたしはあれから何度か利用しているのよ」
「ほぅ、今の若い人はリッチだね」
 誰と来ているのか聞きたくて、続きを待った。
「でも、課長が総務課にいた時に皆を連れて行ってくれた居酒屋の方が楽しかったな。わたしは」
「そうか、そりゃ良かった。そう言ってくれると僕も嬉しいよ」
 さっきのことが気にかかる。
「ここへ来るって一人? じゃないだろ、男とかい?」
「さぁー、どうかしら」
 真由美は笑いを含んだ意地悪そうな目を向けた。
 おや、俺をからかって楽しんでいるのか。女友達とよ、と応えてくれると思っていた俺は、少し興ざめした。まあ、男と来ても不思議じゃない。綺麗だし、スタイルはいいし、彼氏もいるだろう。妬ましいな。俺は見えない相手を羨んだ。
「ところで、相談って何かな」
 気持ちを見透かされないよう、話題を変えた。コースターの上でグラスを、もてあそぶように揺らす。
 真由美は俺のグラスに目を遣ったが、すぐ視線を外して、前を見た。
 俺は真由美の横顔を見つめる。長いまつ毛が二度上下した。
「わたしね」
 真由美は、今度は俺を見て話し始めた。「企画開発課の山本さんから、結婚を前提につきあってくれ、と言われているの」
 ――山本。
 意外な名前に苦い思いが浮かんだ。
 山本は若手のホープと嘱望されている。俺より五年遅れの入社だが、早くも課長級である総括主幹職になっている。もっとも、父親が専務で、伯父が社長ということもあるだろう。この会社は、先々代の社長が起こし、今は製菓会社としては中堅企業に成長している。創業者の同族というだけでは、簡単に出世できるとは思わないが、直属の上司の査定は甘くなっているに違いない。おそらく四、五年後には俺を追い越すだろう。
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