リュコス放浪記
文字数 3,228文字
○月△日 晴れ。
今日も晴れ。放浪日和。終わり。
最近は、この一行を書いてばかり。ため息を一つ。はぁーと吐いた。
(今日もか・・・)
焚き火の明かりが辺りを照らす。日記をパタンと閉じた。それをリュックサックの中に入れた。
木に、もたれ掛かって満天の星空を眺めた。毎日のように眺めていると星座が分かる。ペガサス座の四辺形が見える。ほぼ同じ時刻に眺めている針葉樹の一番上。先端の尖った部分を基準に見ると、日々、位置が変わっている。
静寂な夜。知らず知らず、寝ていた。
いつもの日記で忘れられないページがある。
ヤバイ女のエピソード。それと同時に勘違いをしてしまった恥ずかしい出来事。消せる物なら消してしまいたい過去の一つ。
それが今、夢の中で再現されていた。
・・・とっさの判断で、大木の後ろに隠れた。
(アイツはヤバイな)
肌で雰囲気を感じとった。一人の竜人が歩く。
目の前を通り過ぎる赤い着物姿の女。頭には、白い二本の角。黒く長い髪。赤い花の髪飾りを付けている。えーっと、あの花は・・・。
(そうだ、牡丹)
調査対象を「牡丹の女」と呼ぶことにした。よく見ると着物にも、その花が刺繍されていた。
牡丹の女は、焦げ茶色のコートを着ている。腰には刀。柄と鞘は、木製の物。非常に珍しい刀。
(うーん・・・そうだ。刀より、あの女だ)
考えながら見ていると、その女は街へ入って消えた。
(・・・しまった)
尾行に気づかれたのかもしれない。慌てて街の中に入ると、首もとが何だか冷たい。ゾクッとした。流れ出る冷や汗。抜刀された刀が置かれていた。「ふくら」と呼ばれる剣先の部分が、目の前に見えている。動けない。動けば首が飛ぶ。その殺気が振り向くことさえ、許さない。
「お前は、何者だ。何故、私をつけている。振り返らずに答えろ!」
女の怒った声。たぶん、牡丹の女だと推測した。
「・・・ごめんなさい。雰囲気が怪しかったから、追跡しただけです。本当にごめんなさい。ちょっとした好奇心です・・・許してください」
まるで、この場だけ時が止まっているような感覚。生きた心地がしない。震える声で返答した。
「・・・まー、いいだろう。今日のところは見逃してやる。さっさと消えろ。次に同じことをすれば、命は無いと思え!」
「は、はい。すみませんでした」
(・・・フーッ。命拾いした)
急いで、その場を去ろうとしたが、彼女に呼び止められた。悪い予感がする。
「ところで、お前の名前は?」
「・・・リュコスです」
「リュコスか・・・。よし、覚えた。私に、黙ってついてこい」
(ひえぇー、何をされるの?)
彼女は刀を鞘に納めた。それを握った状態で歩く。
逃げることを許されなかった。そんな素振りを見せると斬られてしまう。渋々、後ろを歩くと、その女は居酒屋に入って行った。古民家のような雰囲気。田舎へ帰ったような落ち着きのある外観。中へ入ると四人掛けの木製のテーブルと椅子が六組。先客がガヤガヤと騒いでいた。
「いらっしゃい! 二名様ですね。こちらのテーブルへどうぞ」
店員に案内され、女の向かい側に座った。
「何にしましょう?」
店員に聞かれ、牡丹の女が答えた。
「酒だ。酒を持ってきてくれ。それと肉だ。大盛で頼む」
「オーダー入ります。酒を二つ。肉マシマシ」
「はいよー。酒を二つと肉マシマシ」
店員と料理人との会話。何の暗号だろうか?
(マシマシって何?)
(今日は、厄日だな)
下を向いて、テーブルを見ていた。特に会話をすることもない時間。このテーブルだけ会話が無く、周りから浮いている。異様な空間。無理矢理、連れてこられたのだから仕方がない。しびれを切らしたのか、女の方からしゃべり出した。
「そう言えば、自己紹介をしていなかったな。私の名前は牡丹」
「・・・はい」
その後、また無言だった。
しばらくすると、酒と大盛の肉がテーブルに運ばれてきた。
「・・・それじゃあ、乾杯」
「乾杯・・・」
注がれた酒を美味しそうに、くいっと飲み干す牡丹。
手酌で、お猪口に注ぐ。肉を口に頬張り、酒を流し込む。豪快な食べっぷり、飲みっぷり。
酒を飲み干し、肉も食べ終わると彼女は席を立った。
(えっ?)
「ごちそうさん。会計はアイツなっ」
店員に指で指示をして、店の外へ出て行った。
「毎度、ありがとうございました」
(えーっ)
席をガタンと立ち上がる。外に出ようとすると店員に腕を捕まれた。
「お客さん、困ります。会計を済ませてからにしてください」
ギューっと捕まれて痛い。渋々、千ゴールドを支払った。
外に出ると店員の声。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
笑顔でピシャリと入り口を閉められた。
(トホホ、千ゴールドが・・・)
まだ騒動は終わらない。
トボトボと歩き出すと、背中のリュックサックを引っ張られる感覚。振り向くと牡丹が掴んでいた。
「・・・アンタさぁ、暇なんだろう。・・・今晩、私に付き合いなよ」
(えっ?)
頭に、その声が連呼していた。
「今晩、私に付き合いなよ」
・・・って、まさか・・・ゴクリ。そう言うことだよね。濃密な夜。想像をして、顔が真っ赤になった。
その日の夜。あんなことや、こんなことをするものだと思っていた。生唾を飲み込む。予行演習は頭の中で何回も行って、準備万端。
宿屋はロウソクの灯りで照らされている。薄暗い感じの明かりが気分を盛り上げる。ドキドキする。彼女に部屋へ案内された。
(モテる狼はツラいな。へっへっへ)
羊の顔も、ここまでだ。勢いよく、障子を開けた。
(よし、このまま押し倒すぞ)
残念ながら、そこに布団は無かった。彼女にも、上手く身体をかわされた。空振り。
(えーっと、あなた達は誰ですか?)
・・・目の前の光景が信じられない。見知らぬ厳つい男達が騒いでいた。
そこは、賭場と言われる場所だった。顔がひきつり、一気に青ざめた。
彼女の正体は、流しの博打打ちだったのだ。
(・・・騙された)
「・・・有り金を全部出しな!」
腰に、ぶら下げていたゴールドの入った革袋を彼女に取られた。
(えっ? 何で・・・)
「心配するな。飯のお礼だ。たんまりと増やして、返してやるよ」
笑顔で席に着いてしまった。右側の着物を脱ぎ、白肌の肩と腕を出した。胸は「さらし」という白い布で巻かれていた。
彼女は凄い。半か長かを当てる賭け事なのだが、見事に的中させる。一人勝ちの状態だった。
(でも、複雑・・・)
勝手にHな夜のことを想像していた。こんなことになるなら、追跡調査なんてしなければよかった。平凡な日々だったから、知らず知らず刺激を求めていたのかもしれない。
その夜の賭場が終了。胴元が数人と小声で話していたのが、気になる。
帰りの夜道。数人に囲まれてしまった。
(こういう話だったのか・・・。どうしよう?)
心配は要らなかった。刀を一閃。彼女は、数人を全て斬り捨てた。
死体からゴールドの入った袋を奪い取ると、自分の懐に入れた。その行動に圧倒されていると、包みを放り投げてきた。見覚えのある革袋。落とさず受け取った。
(おっと・・・)
袋の中身を確認すると、元々のゴールドより増えていた。ニンマリとした。
次に頭を上げると彼女は、その場から忽然と姿を消していた。
(えっ? 今からの濃密な夜は・・・?)
夢から目覚めた。朝だった。小鳥のさえずりが聞こえる。
それ以来、彼女の姿を見たことは無い。木枯らしがヒューッと落ち葉を巻き上げ、通りすぎる。風だけが博打打ちの彼女を知っている。行方は風に聞けば分かるだろうが、捜す予定は無い。
牡丹という女はヤバイ。関わっては、いけない。
教訓として学んだ。もう関わりあうのは、ゴメンだ。忘れないように、度々そのページに目を通している。端は汚れ、少し破けている。
日記で一番、目につく箇所となった。
今日も晴れ。放浪日和。終わり。
最近は、この一行を書いてばかり。ため息を一つ。はぁーと吐いた。
(今日もか・・・)
焚き火の明かりが辺りを照らす。日記をパタンと閉じた。それをリュックサックの中に入れた。
木に、もたれ掛かって満天の星空を眺めた。毎日のように眺めていると星座が分かる。ペガサス座の四辺形が見える。ほぼ同じ時刻に眺めている針葉樹の一番上。先端の尖った部分を基準に見ると、日々、位置が変わっている。
静寂な夜。知らず知らず、寝ていた。
いつもの日記で忘れられないページがある。
ヤバイ女のエピソード。それと同時に勘違いをしてしまった恥ずかしい出来事。消せる物なら消してしまいたい過去の一つ。
それが今、夢の中で再現されていた。
・・・とっさの判断で、大木の後ろに隠れた。
(アイツはヤバイな)
肌で雰囲気を感じとった。一人の竜人が歩く。
目の前を通り過ぎる赤い着物姿の女。頭には、白い二本の角。黒く長い髪。赤い花の髪飾りを付けている。えーっと、あの花は・・・。
(そうだ、牡丹)
調査対象を「牡丹の女」と呼ぶことにした。よく見ると着物にも、その花が刺繍されていた。
牡丹の女は、焦げ茶色のコートを着ている。腰には刀。柄と鞘は、木製の物。非常に珍しい刀。
(うーん・・・そうだ。刀より、あの女だ)
考えながら見ていると、その女は街へ入って消えた。
(・・・しまった)
尾行に気づかれたのかもしれない。慌てて街の中に入ると、首もとが何だか冷たい。ゾクッとした。流れ出る冷や汗。抜刀された刀が置かれていた。「ふくら」と呼ばれる剣先の部分が、目の前に見えている。動けない。動けば首が飛ぶ。その殺気が振り向くことさえ、許さない。
「お前は、何者だ。何故、私をつけている。振り返らずに答えろ!」
女の怒った声。たぶん、牡丹の女だと推測した。
「・・・ごめんなさい。雰囲気が怪しかったから、追跡しただけです。本当にごめんなさい。ちょっとした好奇心です・・・許してください」
まるで、この場だけ時が止まっているような感覚。生きた心地がしない。震える声で返答した。
「・・・まー、いいだろう。今日のところは見逃してやる。さっさと消えろ。次に同じことをすれば、命は無いと思え!」
「は、はい。すみませんでした」
(・・・フーッ。命拾いした)
急いで、その場を去ろうとしたが、彼女に呼び止められた。悪い予感がする。
「ところで、お前の名前は?」
「・・・リュコスです」
「リュコスか・・・。よし、覚えた。私に、黙ってついてこい」
(ひえぇー、何をされるの?)
彼女は刀を鞘に納めた。それを握った状態で歩く。
逃げることを許されなかった。そんな素振りを見せると斬られてしまう。渋々、後ろを歩くと、その女は居酒屋に入って行った。古民家のような雰囲気。田舎へ帰ったような落ち着きのある外観。中へ入ると四人掛けの木製のテーブルと椅子が六組。先客がガヤガヤと騒いでいた。
「いらっしゃい! 二名様ですね。こちらのテーブルへどうぞ」
店員に案内され、女の向かい側に座った。
「何にしましょう?」
店員に聞かれ、牡丹の女が答えた。
「酒だ。酒を持ってきてくれ。それと肉だ。大盛で頼む」
「オーダー入ります。酒を二つ。肉マシマシ」
「はいよー。酒を二つと肉マシマシ」
店員と料理人との会話。何の暗号だろうか?
(マシマシって何?)
(今日は、厄日だな)
下を向いて、テーブルを見ていた。特に会話をすることもない時間。このテーブルだけ会話が無く、周りから浮いている。異様な空間。無理矢理、連れてこられたのだから仕方がない。しびれを切らしたのか、女の方からしゃべり出した。
「そう言えば、自己紹介をしていなかったな。私の名前は牡丹」
「・・・はい」
その後、また無言だった。
しばらくすると、酒と大盛の肉がテーブルに運ばれてきた。
「・・・それじゃあ、乾杯」
「乾杯・・・」
注がれた酒を美味しそうに、くいっと飲み干す牡丹。
手酌で、お猪口に注ぐ。肉を口に頬張り、酒を流し込む。豪快な食べっぷり、飲みっぷり。
酒を飲み干し、肉も食べ終わると彼女は席を立った。
(えっ?)
「ごちそうさん。会計はアイツなっ」
店員に指で指示をして、店の外へ出て行った。
「毎度、ありがとうございました」
(えーっ)
席をガタンと立ち上がる。外に出ようとすると店員に腕を捕まれた。
「お客さん、困ります。会計を済ませてからにしてください」
ギューっと捕まれて痛い。渋々、千ゴールドを支払った。
外に出ると店員の声。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
笑顔でピシャリと入り口を閉められた。
(トホホ、千ゴールドが・・・)
まだ騒動は終わらない。
トボトボと歩き出すと、背中のリュックサックを引っ張られる感覚。振り向くと牡丹が掴んでいた。
「・・・アンタさぁ、暇なんだろう。・・・今晩、私に付き合いなよ」
(えっ?)
頭に、その声が連呼していた。
「今晩、私に付き合いなよ」
・・・って、まさか・・・ゴクリ。そう言うことだよね。濃密な夜。想像をして、顔が真っ赤になった。
その日の夜。あんなことや、こんなことをするものだと思っていた。生唾を飲み込む。予行演習は頭の中で何回も行って、準備万端。
宿屋はロウソクの灯りで照らされている。薄暗い感じの明かりが気分を盛り上げる。ドキドキする。彼女に部屋へ案内された。
(モテる狼はツラいな。へっへっへ)
羊の顔も、ここまでだ。勢いよく、障子を開けた。
(よし、このまま押し倒すぞ)
残念ながら、そこに布団は無かった。彼女にも、上手く身体をかわされた。空振り。
(えーっと、あなた達は誰ですか?)
・・・目の前の光景が信じられない。見知らぬ厳つい男達が騒いでいた。
そこは、賭場と言われる場所だった。顔がひきつり、一気に青ざめた。
彼女の正体は、流しの博打打ちだったのだ。
(・・・騙された)
「・・・有り金を全部出しな!」
腰に、ぶら下げていたゴールドの入った革袋を彼女に取られた。
(えっ? 何で・・・)
「心配するな。飯のお礼だ。たんまりと増やして、返してやるよ」
笑顔で席に着いてしまった。右側の着物を脱ぎ、白肌の肩と腕を出した。胸は「さらし」という白い布で巻かれていた。
彼女は凄い。半か長かを当てる賭け事なのだが、見事に的中させる。一人勝ちの状態だった。
(でも、複雑・・・)
勝手にHな夜のことを想像していた。こんなことになるなら、追跡調査なんてしなければよかった。平凡な日々だったから、知らず知らず刺激を求めていたのかもしれない。
その夜の賭場が終了。胴元が数人と小声で話していたのが、気になる。
帰りの夜道。数人に囲まれてしまった。
(こういう話だったのか・・・。どうしよう?)
心配は要らなかった。刀を一閃。彼女は、数人を全て斬り捨てた。
死体からゴールドの入った袋を奪い取ると、自分の懐に入れた。その行動に圧倒されていると、包みを放り投げてきた。見覚えのある革袋。落とさず受け取った。
(おっと・・・)
袋の中身を確認すると、元々のゴールドより増えていた。ニンマリとした。
次に頭を上げると彼女は、その場から忽然と姿を消していた。
(えっ? 今からの濃密な夜は・・・?)
夢から目覚めた。朝だった。小鳥のさえずりが聞こえる。
それ以来、彼女の姿を見たことは無い。木枯らしがヒューッと落ち葉を巻き上げ、通りすぎる。風だけが博打打ちの彼女を知っている。行方は風に聞けば分かるだろうが、捜す予定は無い。
牡丹という女はヤバイ。関わっては、いけない。
教訓として学んだ。もう関わりあうのは、ゴメンだ。忘れないように、度々そのページに目を通している。端は汚れ、少し破けている。
日記で一番、目につく箇所となった。