戦いを渇望する者 Ⅳ マーズ

文字数 2,400文字

僕はアレス、世界に戦乱をもたらす者。
だが、今は冥府のハデスの命令によりとある人物と会合するため、別の神々の冥府に来ていた。
その者は、僕と同じ戦神にして冥府神でもある女神ネルガルだった。

「ふんふんふーん、君がオリュンポスエリアと敵対しているアレス君かね〜?
いやぁ、本当にこんな顔を合わしてみるのは初めてだね。
僕ちゃんはネルガルよろしくね。」

何だこの女ふざけているのか、まぁだが今回はただの近況報告だ、それが終わったらすぐに帰ればいい。
ハデスからはゆっくりしろと言われたが、こんな静かなところでゆっくりできるか、僕は戦乱を望むものなのだから。

「あぁ、僕はアレス。
では、オリュンポスでの冥府の近況報告だが。」

「その前に少し僕ちゃんの冥府を見てみないか。」

「あぁん?」

そう言ったが、まぁ他の地域の冥府に当たるところに来るのは初めてなので興味も多少なりとも持っていた。

「たく、何にもねぇところだな。
あるのは死んだ人間や獣たちの魂だけじゃねぇか。
罰も受けてはいない、ここにいる奴らは、生前良い行いをしたのか。」

「いいや、違うともこの魂は善悪関係なくここにいるとも。」

「はぁ、悪を成した者も善を成した者も平等に同じくして、この冥府に管理されているのかい。」

「ふぅん、アレス君、一体その善悪というものは誰が定めたんだい。」

「それは……」
確かに彼女の言うことにも一理ある、だからなのかここは僕が来たときからずっと静寂に包まれていた。
これが平和なのか、フッ、僕には似合わない。

「君の主張も間違えてはいない、確かに誰かの指標により悪は裁かなければ治世は保てなくなる。
だから中にはあんなのが入り込んでくる。」

彼女の視線の先には、静寂を破る僕の身長の数倍はある蛇の形をした仄かに神の香気を感じる、恐らく魔獣といった部類だろうか。

「何だ、あれは?」

「我らが母ティアマトの子どもの一人、バシュム。
ちょうど、この冥界に現れた魔獣でね、君たちのオリュンポスエリアではヒュドラに近い者さ。
目的は、ギルタブルルに言われて僕ちゃんも知らない何処かに封印されている母の魂を探しているのかな。
神も恐れる怪物だけど戦ってみるかい、アレス君。」

「あぁ、勿論だとも。
神であれ、人間であれ戦争に明け暮れたほうが生きる渇望というものが泉のように湧き上がることができる。
それこそ、生きる意味だ。
僕はそれを味わい満たすことで生きる実感を持つ。」

「うーん、ちょっとおもしろいね、君は。」

ガバッ
ババババッ

僕たちに気づいたのか、その魔獣は大口を開けてから紫の液体を鉄砲水のように放射させた。

あれは毒か、焼け付くような瘴気、神でさえもひとたまりもないだろう。
だが、異国の魔獣ごときに負ける僕では無い。
「狂乱の炎でその身を焼け!!!」

「あれが狂乱の炎、燃やされた者は狂い、戦乱を渇望させ、内側から狂気を侵食させ、即座に自身の精神も肉体も崩壊させる軍神の力。
その能力があるなら、君はあの心優しき冥府神のいる場所では満足しないだろうね。」

ガァァァァ

ビチャ
ジュー

さすがに周囲に狂乱の炎で燃やしている間は避けることもできず、無様にも毒を浴びた。

この痛み、似ている。
あぁ、思い出すあの屈辱。
あのときと同じような痛みだった。


「ほぅ、この我の冥府軍の仲間になりたいというのか。」

「そうだハデス、お前は死人を望むのだろう。
僕は戦いを起こすために存在する神だ、僕が戦いを起こせば死人が増え、この冥界は発展するだろう。
お前にとっても悪い話じゃない。」

「確かにそうだが、お前は一度オリュンポスを裏切りここに来た。
そんな奴は信用できない。」

「まぁ、そうだよな。
信用されていないことには慣れている。
ハデス、ヒュドラの毒液をくれ。」

「バカな、いくら神といえど死ぬぞ。」

「あぁ本当は飲みたくない、だが頭の悪い僕にはこれでしかお前に認めれないからな。」

「フッ、ならば飲め、貴様の覚悟を見せろ。」

そして、僕は渡された小瓶に入った毒液を飲み込んだ。
「ゴホッ、ハデスふざけるんじゃねぇぞ。
貴様、毒液を薄めやがったな。」

「フッ、貴様の覚悟が聞けたならそれで良い。」

そして、僕は薄められていたとはいえヒュドラの猛毒を飲んだことにより意識を失った。

目覚めた頃には、僕も冥界の仲間として迎えられていた。

目的は達成されたが納得がいかない、僕の覚悟やプライドを踏みにじったあの痛みが思い出す。

そして、毒により意識を失いかけたがその思い出により、目を覚ました。

バッ

「ここに僕の痛みを持って貴様を燃やす、慟哭を上げながら同じ痛みを感じろ!!!」

グシュ

僕の怒号の一突きにより、魔獣は炎に包まれて灰となった。

「やはり、どのような戦いでも勝利したときの高揚感と興奮は何者にも変わらないものだ。
これこそが僕の生存、僕の存在意義の証明。
あぁ、素晴らしい。」

「ふんふんふーん、面白い神だねアレス君。
どうだい、またここに来ないか。
君なら優しき冥府神が治めるよりかはこの僕ちゃんが治めているここのほうが君の渇きを潤せると思うけどね。」

「ハハハッ、そうだな、そうだよな。
なぜハデスがここに僕を派遣したのかがよく分かった。
ここは、あのハデスが治めている常に罪ある者の断罪の喧騒が渦巻くだけのところと違い。
ここは、悪も善も両方存在し、静寂と咆哮が同時に両立しているまさに戦場のような場所。
僕が飽きて反乱を起こさない為に、用意したというわけか。
ネルガル答えなのだが、しばらくここに居させてもらう。」 

「そうかい、それなら良かった。
魔獣というものはまだまだこの冥府へ潜んでいるかもしれないからね。
あれでさえ、原種ではないようだし。
本当に困るよね強大な神に生まれた獣ほど、絶望と虚無しか振り撒かないから。」


ゴァァァァァァ

あぁもう魔獣の咆哮が聞こえる、また来たのか、精々僕の渇きを癒せ。

そして、僕らは次なる黄金のたてがみを持った魔獣の元へ挑んだ。



ー完ー
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登場人物紹介

【ちゃん猫】

#呟ロニア をはじめ、創作活動が活発なノベロニアン。

『黒猫オテロ』シリーズなど、ユーモラスでほのぼのとした物語が持ち味。

【冬厳@主夫ロニア】

短編を書き綴る人。

『シュクレのスイーツコレクション』シリーズが50作品を突破。

大人な視線の、どこか優雅な語り口が特徴。

【高嶺バシク】

バトルからユーモラスな作品まで、魅力的な長編作品を多数執筆。

『蒼竜騎士と赤竜騎士の軌跡』が書籍化。人気と実力を兼ね備えた作家。

【果汁100%のコーラ】

セルバンテス以前から、オセロニアの二次創作活動を続けている。

壮大な戦記ものから、ネタに徹したギャグものまで、幅広く書きこなす。

【嵐山林檎】

二次創作にとどまらず、多方面で活動する文筆家。

熟練の筆致で、鋭くキレのある展開が心地良い。

【悠々自適】

優しく穏やかな気持ちになるストーリーを書く。

キャラクターに温かい視線を送る、癒し系ノベロニアン。

【エイル】

ノベロニア界の輝く新星。

深い考察から生み出される世界観に期待。

【山岸マロニィ】

ノベロニアの主犯。

文筆活動に集中すれば良いものを、勢いだけで多方面へ手を出しすぎて、全てがやりかけな残念な人。

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