過去との対峙 ~白の塔第16階層~
文字数 2,537文字
オセロニアの大地の中央にそびえる、謎の巨大建造物、白の塔。
古より存在するそれを調査すべく、天界は調査員を一般に募集。謎への探求心、財宝目当て、内部に巣くう異形達と戦いたい――様々な理由を持つ人々が集った。
そして今日も、調査常連パーティーや、噂を聞き付けた人達が塔の低階層に群がっていた。
「まるで、何かに取り憑かれたよう」
私が呟くと、周囲からの視線が刺さる。お前もその一人に過ぎないだろう、そう思われている。
ここは、その白の塔内部、通称第12階層と呼称されているフロア。10層あたりで探索者の数は激減し、20層あたりが今の探索者達の最高到達階層と言われている。もっとも、到達を証明出来るアイテムや、調査結果を持って生還出来た者がいないため、あまり信頼できない数字だ。
私はかつて妖刀――鬼神楽に身体を操られ、数多の罪無き人々を斬った。刀の力を抑え、従える事に成功してからは、人助けなどをしながら、独り贖罪の旅を続けている。
今はその一環として、塔に入ったきり行方不明になったとされた人や、重症者を救助する活動をしている。依頼として受託し報酬を受け取るわけではないので、お人好しと言われる事もあった。私はそんな人ではない。ただの罪滅ぼしだ。
ここまで、大した戦闘も無く登り続けている。低階層は、他の探索者達が異形と戦っている。なので、心を失ったように放置されている、行方不明者の捜索に集中できる。危険な場面に加勢した事は数回あったが。
そうして歩き続けているうちに、第16階層に到達した。ひとつ前の階層で複数人が財宝漁りをしていたが、ここに来て急に人気が無くなり、閑散とした雰囲気を感じた。元から暗い塔だったから、ここはもうほとんど、手の届く距離までしか見えない。
5層毎に人は減っていたので、ここからは攻略者が限りなく少ない過酷な場なのだろう。しかしそういう場にこそ、無謀にも挑んで死の間際にいる人がいるだろう。私はさらに歩みを進めた。
ふと感じる、血の匂い。耳を澄ますと、男の悲鳴。
「そこに誰かいるんですか、大丈夫ですか⁉」
私は声をかけながら、悲鳴の発生源へ走った。次階層へ至る道の手前、現代の技術では説明が出来ない特異な外見の異形が、幻体を召喚し、無言で消滅した。
以前の階層でも頻繁に目撃されたもの。異形達は、オセロニアに存在する生命を、実体のある幻――幻体として具現化する能力を有するのだ。
「ぎゃぁああっ!」
私が怯んだせいで、助けが間に合わなかった人の断末魔。しかしそれでも、私はしばらく動けなかった。
目の前で刀を振るい、返り血を浴びるその幻体は――私を模倣した姿であったから。
私はこのような形で、再び人を斬ったのだ。
『赤イ……赤イ花ヲ……』
血のように赤い妖気を纏い、金色に光る刀を持ち、ふらふらと歩く私の幻体。傷ついた体に、はだけた服。強引に体を動かし続けている事が分かる。その虚ろな表情に対して、大きく見開かれた瞳は刀と同じ金色の輝きを放っている。
「やめ……やめて……!」
不安定な心でようやく絞り出した叫びは儚く消える。
「く、来るなっ……!」
男の声。他にもこの階層の探索者がいたのだ。嫌だ、駄目だ、これを繰り返すのは駄目だ。
『全部、全部斬ル……』
幻体は体を傾け、急加速。
「やめてぇぇえっっ!」
体を叩き起こし、全力で地を蹴り、抜刀。幻体の刀から探索者を守った。
「ひぃ! 幻が二人……!」
尻もちをついて下がる探索者。守り続けられる自信はない。
「人界側の人間です! ここは私に任せて退いてください!」
もう声が出ないのか、無言で繰り返し頷いて離れていく。私は受け止めていた相手の刃を押し返した。輝く妖刀が青い軌跡を描く。
「記憶には残らなかったけど……分かる。あなたは、私――ヨシノが、刀に魅入られ、鬼に操られていた過去の姿!」
うっすらと残る記憶はあるが、体を乗っ取られている最中の記憶は鮮明には無い。気が付けば、目の前で大切な人たちが私に斬られ、動かなくなっていたのだ。
凄い血の妖気の圧だ。こんなものを私は、あの人たちに向けていたんだ。
金色の瞳と刀が暗闇を照らす。この光で私は、あの探索者のように恐怖を植え付けたのだ。
返り血がきつく臭う。この幻体は、何人殺したのだろう。私は、何人助けられなかったのだろう。
「あなたは……あなたは、私が絶対に赦さない!」
刀を向け、叫ぶ。私自身にも帰ってくる言葉、自分自身への憤りである事を知りながら。
『斬リ合イマショウ……サア……』
身体能力を超える力を強引に出されている状態の相手は、力は強いが、動きが雑で甘い。
出鱈目なようで美しく振り回される妖刀。その連撃全てを的確に受け流し、相手の隙を待つ。
「悪鬼カグラよ、力を貸しなさい!」
妖刀に呼びかけると、刀から青い鬼が具現する。目の前で過去の私を操っている、赤い妖気の現在の姿だ。
金の刀を青の刀で弾き、体制を崩させる。その隙を狙い、カグラと挟み打ちで幻体を追い詰める。
――この世界の仕組み――挟撃の強さは知っているでしょう、カグラ。
強引に主を操っている鬼の幻体は、主との真の連携は出来ない。
「これが今の私達よ、覚悟なさい――その存在を、断ち切る!」
二つの方向からの攻撃に対処出来ず、幻体は私の一閃により力を失った。
『血……血ガ…』
血を流し倒れたと思うと、姿すら残らず消滅した幻体。いくら過去の幻とはいえ、私と同じ体が倒れている姿を見るのは気分が良くないので助かった。
刀を鞘に納め、安堵の息をつく。
「勝てたのね……過去の自分に……」
震える拳を握る。まだ、考えや気持ちの整理はつかない。これによって私は過去を超えて成長できたのか、それとも過去への罪の意識がさらに強まり、終わりなき贖罪の旅の重みが増すのか。
天井を見上げ、白の塔――そしてどこかにいるかもしれない管理者、創造者を望む。
――あなたは……あなたたちは、私に何を見せ、教えようというの……
首を振り、頬を両手で叩く。途方もない考えを今は振り払う。
「何にせよ、私は立ち止まるわけにはいかない。それだけは確かよ」
再び前を向いた私はまず、異形の被害者を弔うべく一歩を踏み出した。