エピローグ

文字数 3,003文字

「ふぁー…あ」
 大きな欠伸一つ。目を擦りながら、鞄を片手に学校への道をゆっくりと歩いて行く。
「おはよー」
「おはよう!」
 同じように登校する生徒たちが、朝の挨拶を交わして通り過ぎて行く。いつもの道。いつもの朝。毎週やってくる土日の休み明けはだるくて学校へ行く気すら起きないのに、今日は逆にこの景色が日常に戻ってきたと実感できて安心する。そのいつもの景色の中に、大きな欠伸をする見知った女子生徒が一人。そろりそろりと背後から近づき、その後頭部にチョップを軽くかました。
「よ、おはようさん」
「ぬあっ?!な、司?なんだ…びっくりした。おはよう」
 背後からの奇襲に、誰にやられたのかと慌ててこちらを振り返る柑奈。その横に並び、二人揃って歩き出す。
「なんだ、いつもは朝元気なお前が、随分と眠そうだな」
「え、あー…まぁ、ね」
 あからさまに目をそらして、引きつり笑いを浮かべている。暫くそれを眺めつつ、記憶を探ってその原因に思いつく。
「ああ、雅人の家破壊の件で、さてはアイリさんにきつくお灸をすえられたな?」
「ぎくぎくっ!な、何でわかるのよ!…あ」
 思わず喋ってしまったとばかりに口を押さえた柑奈へ、にやりと意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「ふーん、本当にそうなのか…まあ、しょうがねぇよな。人の家半壊させたんだから」
「くっ、言い返す言葉もない……」
「ところで一つ聞きたいことがあったんだけどさ。お前って、なんで一々魔法使う度に変身すんの?別に変身しなくても使えるだろ」
「ふっふっふ、わかってないわね司は。女の子なら、やっぱり魔法を使って戦う時は魔法少女に変身してっていうのが夢なのよ!」
 チッチッチと人差し指を立てて左右に振る柑奈。……そういうもんか?
「おはよー、二人とも。いい天気だよねー、今日も!」
 悔しがる柑奈と俺の背後から、元気な声がかかった。声の主はそのまま柑奈の横へと並ぶ。
「おはようさん、雅人」
「お、おはよう!も、森くん!」
 お灸が少し効き過ぎたと見えて、柑奈は雅人と話すだけで声が裏返ってしまっている。それがおかしくて、思わず噴出してしまった。
「ん?どうかしたか?」
「いんやなんでも。それより、次の家はもう見つかったのか?」
 キョトンとして首を傾げた雅人に、俺はさらりと答えて話題を変えた。
「あはは、それがまだ。叔父さんの新しい仕事が見つかるまでは、千佳さんが住んでいるシェアハウスにやっかいになることになったよ。あそこだったら、他の魔女のお姉さんたちもいるし、あのアリ・アルばあちゃんも、智美の良い遊び相手になってくれるしさ。俺が学校で、叔父さんが仕事探しで外に出てさ、智美を一人で家に残すよりもいいかなって思って三人で決めたんだよ」
「そっか、早く見つかるといいな。叔父さんの仕事も、家の方も」
 結局、アリ・アルは今まで自分が行っていたことをすっかり忘れて、只の人の良いおばあちゃんになっていた。放り出すわけにもいかず、アイリさんの命の元、千佳さんが預かることになったのだった。孫(?)も出来て、結構楽しくやっているようでなによりだな。
 そのうち雅人たちと一緒に住むとか言い出したりしないだろうな?
「うん、ありがとうな」
 笑って頭を掻く雅人。
 雅人は、勇叔父さんの話を全て聞いても叔父さんと共に生きる道を選んだ。叔父さんのあの時の何とも言えない、嬉しさと申し訳なさの入り混じったくしゃくしゃの顔は、一生忘れられない。
「けどさ、あのシェアハウスも結構楽しいんだよね。魔女さんはいるし、そのつてで神様もいるし。その上、妖怪とか妖精とか西洋のお化けとか、変わった訪問者もいるし。なんか、まんまお化け屋敷に住んでるみたいで、毎日刺激的ですげーおもしろい」
「お化け屋敷に住んで、楽しいって……」
「まあ、ほら。あそこにいる妖怪やお化けは人に害をなすような類じゃないからね。確かに人懐っこくて良い人たちばかりなのよ」
「いい人たち……ねぇ」
 何故か興奮して力説する柑奈と雅人に、いまいち乗り切れない俺は頬を掻いた。
「グッドモーニング君たち」
 響いた耳障りの良い声に、雅人と柑奈があからさまに顔をしかめる。柑奈は犬猿の中だからとして、そう言えばまだ雅人は、代田君のことを誤解したままだったっけ。色々あり過ぎて説明するのをすっかり忘れていた。
「あーら、イケメン転校生の代田くんじゃないの。おはようございますー」
「お、おはよう、代田君」
 嫌味たっぷりにわざと言う柑奈に、聞いている俺が恥ずかしくなってくる。
「おはよう、代田君」
 雅人においては普通に返事はしても、その声に抑揚がないのが正直ちょっと怖かった。
「楽しそうだね。一体、何の話だい?僕らの魔法少女化計画の話かい?」
「待て、どこからそんな話題が出て来るんだよ。誰も少女の“し”の字も話してないだろ?」
「あら。それいいわね!」
「え」
 意味のわからない代田君の言葉に、柑奈が何故か賛同の声を上げる。
「あたしたちが組めば、向かうところ敵なしよ。きっと」
「その自信はどこから来るんだ?とにかく、俺はパス。あんなことに巻き込まれるのは、もうこりごりだよ」
「だめだよ、司くん。これは僕たちに架せられた使命なんだよ。最も偉大なる古き魔女(グレート・オールド・ウィッチ)の子孫たる僕たちの、ね」
 前髪をかき上げてナルシスト全開で語る代田君。
「そんな使命お前と柑奈に熨斗つけてくれてやるよ。大体、お前はいつから俺を名前で呼ぶようになったんだ?気持ちわりぃ……」
「ふふふ、司くんは素直じゃないなぁ。僕たち、一つのことを共に成し遂げた仲じゃあないか。それに、男だけど女になれる僕と、男だけど元々女の子の司くん。そして二人とも素晴らしい魔女の子孫。こんなにもしっくりくるコンビは僕たち以外ないと思わないかい?」
「いや、全然」
 何故か得意げな田代君に、きっぱりと否定した。何がしっくり来ているのかさっぱりわからない。ただ、ややこしいだけじゃないか。
 そんな俺と代田君の間に、柑奈が割って入ってくる。
「ちょっと、ちょっと!何勝手なこと言ってるのよ!」
「そ、そうだそうだ!意味のわからないことを言うなよ!」
 柑奈の怒声に乗って言い返す。
「司はあたしとコンビを組んで、魔法少女やるんだから、そんなの却下よ!」
「どっちも却下だ!両方とも俺は関わりません!」
「え、ちょっと、司!?」
「司くん、待っておくれよ!」
「うるせーっ!ついてくんなバカ!」
 言い捨てて、俺はいきなり走り出した。
その場から逃げたかったのと、こいつらに付き合っていたら遅刻しかねないからだ。
「大変だな、お前も……同情するぜ」
 いつの間にか付いてきていた雅人が、苦笑いを浮かべて肩を叩く。それに力なく笑って返した。もう、泣きたいよ。なんだって俺の周りは変なのばかりなんだ。
 それを愚痴ったら「お前が魔女だから」という答えが雅人から返ってきた。
「っく……俺は、魔女じゃないっつの!」
 叫んで更に加速した。
 佐崎司、十六歳。つい最近まで男だと思っていたら、実は女の子だった高校一年生。将来の展望は……
「「待って(くれ)、司(くん)!!」」
……前途多難である。とほほ……。

 END

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