1.転校生

文字数 15,194文字

「ねぇねぇ、見た?今朝のニュース!とうとう、十人目が出たんだって!」
「見た、見た!駅一つ向こうの住宅街だってね~」
「そうそう。出たと言えば、また出たんだって。永久名誉理事長の幽霊!」
「え!本当に~?」
 朝から騒がしい教室の中は、例の連続通り魔の話題で持ち切りだった。老若問わず女性ばかりが狙われ、いずれも外傷がなくただ昏々と眠り続けているというなんとも奇妙な事件。現場の状況から何者かに襲われた可能性が高く、手口が似ているため連続犯と警察は見ているようだった。ただ、被害者の状態から新種のウイルスや病気の可能性もあるため、そちらの面からも調査がされているのではないかという仮説を世のマスコミは立てていた。
「…よくもまぁ、毎日毎日飽きないな」
 教室の窓際の席に腰を落ち着けて、俺――佐崎司(さざきつかさ)はそんなクラスメイトたちを眺めてため息をついた。
「飽きる、飽きないの問題じゃないでしょう。あたし達女子にとっては死活問題よ!」
「うぉっと」
 頬杖をついていた机をドンとグーで力強く叩かれ、顎が手から滑り落ちそうになった。なんとか耐えて、机に顎が打ち付けられることだけは阻止する。
「あっぶねー。おい、俺の顎が縮むところだったじゃねーか!」
「大丈夫、大丈夫!司の顎なんて、縮むほど立派なもんじゃないから」
 妙に納得して頷きながら手を左右に振るこのムカつく女は、俺の幼馴染の大森柑奈(おおもりかんな)。背の高さ,顔立ち,胸の大きさ等々、全てにおいて平均的で特に特徴もない自分を打開するべく、うちのばあちゃんの戯言に根気良く付き合う変な奴だ。今も、回りの女子に比べて幾分か今回の事件を非日常の出来事と取って興奮気味だ。
「大体、死活問題とか言って、この間の休みにその犯人に呪いをかけるだのなんだの。ばあちゃんと一緒に妖しい儀式をしてたアホは、何処のどいつだよ」
「ちっがーう!呪いじゃなくて、早く犯人が捕まりますようにっていうお(まじない)いよ。犯人が十二指腸潰瘍を起こして倒れますようにとか、歩いてたら上から鈍器的な何かが落ちてきて気絶しますようにとか…そんな感じの優しいやつ」
「どこが優しいんだよ。悪くすれば両方死んじまうだろうが」
「平気、平気。死なない程度のだから」
 得意げに胸を張る柑奈に、盛大なため息を落して机の上に突っ伏した。もういい。付き合うだけ疲れる。
「ところでさ。話題は変わるけど、このクラスに転校生が来るって知ってた?」
「ああ?いや、知らねーな」
 伏せた俺に視線を合わせるように、しゃがんで覗き込む柑奈に生返事を返す。興味もないし、やる気もない。こちとら毎朝のように繰り返されるばあちゃんと妹の魔女の儀式ごっこに付き合わされて、もうすでにへとへとだ。朝ごはん食べながら人の頭に作りもんの頭蓋骨を乗っけて、奇妙な歌を歌いながら踊るのは止めてもらいたい。ついでに人をその踊りの輪に混ぜようとするのも是非に、だ。絶対魔女とか関係ないもんな…あれ。いらつく俺の隣で、笑顔で食事を続ける親父を尊敬すらしてしまう。ばあちゃん曰く、家は元魔女の血を引く家系らしい。…のだが、それを示す証拠は家の何処にも残ってないんだけどな。
 そんな関係ないことに思考を巡らせていた俺の横で、「ふくくっ」と気持ち悪い笑い声を柑奈がたてた。視線を向ければ、神妙な顔をつきでにんまりと口だけ笑うという器用なことをしている。
「…気持ち悪い」
「ちょっ!女の子に言う台詞じゃないでしょ、それ!」
「だって、本当のことだし」
「むっか…。ま、まあ良いわ。今はそうじゃなくて、転校生の話よ」
「何だよ、その気持ち悪い顔となんか関係でもあるのか?」
 心底嫌そうに尋ねれば、咳払いを一つ。右手の人差し指を天に向けた。
「ふっふっふ。聞いて驚いてよね。実はその転校生、もう少し早く入学するはずだったのに、その1週間前に入院しているのよ」
「それはまた、運の悪いことで」
「しかも!入院の理由が腹痛の病気!」
「十二指腸潰瘍?」
「ううん。盲腸」
 ずいぶんと偉そうに言うから何かと思えば、なんともありがちな病名が出てきてしまった。流れからして、呪が成功したのかと思ったら……。
「で?柑奈はそいつが犯人だと睨んでるわけか」
「そう!だって、転校生がこの町に来たのが一ヶ月ぐらい前の話で…最初の連続通り魔事件が発生したのがその三日後。で、あたしが司のおばあちゃんとお呪いをしたのが一週間ちょっと前の話。転校生が入学直前に一週間盲腸で入院したのがちょうどあたしがお呪いをした日の一日後なのよ。ね?これってやっぱり、もう間違いないでしょ?」
 よくもまあそこまで調べたもんだ。鼻息荒く自信たっぷりな柑奈に、もう突っ込むのも面倒くさくなってきた。このまま放置しておこうかと悩む俺の額に、ポコンと丸めた紙が当たって落ちた。もそりと起き上がって紙を開いて見ると、鉛筆かシャーペンで描かれたペコちゃんがペロリとしていた。そのまま視線を飛んできた方へ向けると、描かれたペコちゃんと同じ顔をした高校から知り合った現在はクラスメイトの森雅人(もりまさと)がペロリとしていた。
「意味がわからん」
 言って、くしゃりと丸め直した紙をその額めがけて投げ返してやった。紙は飛んできた時とは違い、真っ直ぐシュッと飛んでビシッと良い音をたてて雅人の鼻にヒットしたのだった。
「ふがっ」
「惜しい!あとちょっと上だったね、司」
「うーん。小学校の頃は野球チームのエースと呼ばれた俺も、腕が落ちたもんだ」
「ほうほう、そいつは初耳だね。司はいつから野球小僧に?」
「そうだな…もっぱら液晶画面の向こうでそう呼ばれていたな。コントローラー握って」
「ゲームかよ!」
 柑奈とのやりとりにいつの間に近くへ来たのか、雅人がつっこんできた。短い髪をツンツンに立てて、学校指定の学ランを自分流に着崩したこのお洒落眼鏡君は、入学式で柑奈に一目惚れした稀有な存在だ。世の中には、物好きと言うか変わった人間もいるもんだな。俺の友達になったのも、最初は半分柑奈に近づくための口実だった…と本人の口から聞いている。まあ、柑奈は見た目だけなら可愛い系だし、黙っていれば普通の女の子に見えるからな。幼稚園の頃からよくそういった事に利用されていたせいか、今ではもうショックだとかそんなもんは感じなくなっていた。ちなみに、俺たちの通う高校は男子が学生服で、女子はセーラー服が標準だ。いいよね、セーラー服。おそらく女子の半数はセーラー服目当てで入学していることは間違いない。そして男子も。
「あはは。おはよう、森くん。朝から元気だねぇ」
「おはよう!大森さん!そりゃあね。それだけが取り得だからね!」
 ビシッと親指を立て、ポーズを決めて格好をつけているつもりらしい。全然様になっていないどころか、肝心の柑奈には引かれている。毎度毎度応用力のない奴である。
「森くんは、転校生の話聞いてる?」
「ああ、時期外れの上に入学前に入院しちゃった病み上がり君のことだろ?知ってるよー。でも、それがどうかした?」
「うん、実はね――」
「な、なあ!雅人」
「うん?なんだよ、司。俺は今、大森さんとの楽しい一時をだな…」
智美(ともみ)ちゃんは元気か?この間、退院したって聞いたけど」
「え?何々、それ本当?」
 見たことも会ったこともない上に、これからクラスメイトになるかもしれない人物を連続通り魔の犯人呼ばわりしている話題なんてたまったもんじゃない。特におしゃべりな雅人の耳に入れば謂れのない噂で、転校生に迷惑をかけかねない。慌てて話題を変えてはみたものの、とっさに智美ちゃん話題を出したのも、これはこれで不味かっただろうか。
 智美ちゃんとは雅人の六つ離れた妹で、生まれつき病弱なため前から何度も入退院を繰り返していると聞いている。最近はそれほど入院することもなく自宅療養をしていたそうだ。今回の入院も、念のための検査入院でそれほど深刻なものではなかったのだが、昔からそのまま長く入院というパターンが多かったと雅人が話していたので、少し心配だったのだ。とにかく小さくて清楚な感じの可愛い女の子なのである。俺や柑奈にも懐いてくれて、とくに兄弟のいない柑奈は実の妹のように可愛がっているな。
「おう。おかげ様で無事に検査も終わって、三日前に退院したよ」
「そっかー。智美ちゃん頑張ったね。よかった!」
「うん。ありがとね。そうだ、まだしばらくは自宅療養になるからさ、今度の休みにでも会いに来てやってよ。大森さんが来るとあいつ喜ぶからさ!」
「本当?嬉しいなぁ。絶対行くね!」
「うん。智美にも伝えておくよ」
 まさに『災い転じて福となす』だ。雅人には絶好のチャンスが巡ってきたというわけだ。一時は色々どうしよかと思ってハラハラしたが、何とか良いところに着地できたな。
「ね、司。楽しみだね」
…と言うわけでもなかったか。俺も行くこと確定なのな。柑奈の中では…。
「え?い、いや…あ、ああ。そう…だな。ははは、あはは」
 満面の笑みで聞かれては、視界の端で懸命に『来るな』とアイコンタクトを送ってくる雅人の期待には答えられるわけがなかった。だ。誰か助けてくれ。
「おーい、お前らホームルーム始めるから席に着けよー」
 いつの間に入ってきていたのか、いつもは憂鬱な間延びした担任の声が今だけは天の声に聞えた。慌てて自分の席に戻る二人。戻り際に雅人が小さく舌打ちをしたのを、俺は見逃さなかった。…今日の昼飯は俺のおごり決定だな。これは。
「おーす、みんな眠たそうだな。ま、こう陽気がよくちゃ仕方ないかもしれないが、しゃきっとしろよ?しゃきっとな」
 万年ジャージの山男が生徒の間の通り名で、もっさりとした鳥の巣みたいな頭に無精髭を伸ばし、めんどくさそうに聞える声の調子はお前がしゃっきりしろと言ってやりたい。名前は川崎哲也(かわさきてつや)、三十二歳、独身。こんななりをしているが、担当科目は生物学で学校の花壇でおつまみ用の枝豆を育てて実習用だと言い張っている変わった人物だ。
「よーし。んじゃ、今日はまずこのクラスの新しい仲間を紹介するぞー」
 川崎先生の言葉に、一瞬で教室の中がざわめいた。時期外れな上に、先に飛んでいる噂の件もあるのだろう。何より、女子はイケメンを。男子は美少女を期待してわくわくしているのかもしれない。しかし、生憎世の中はそんなに上手くは回らないものだ。
「こらこら、静にー。そんな期待されたら、入り辛いだろうが」
 パンパンと手を叩いて笑う担任の声に、一瞬でピタリと静になった。これはこれで入り難そうな雰囲気ではある。
「よしよし。んじゃ、入っておいでー」
「…失礼します」
 相手に見えていなくてもお構いなしに、川崎先生は閉まっている教室の入口へ手招きをした。そうして聞こえてきた落ち着いたテノールボイスに、女子の期待が否応なく高まり、男であったことに男子の勢いが落ち込んだ。その女子のボルテージは、開いたドアから入ってきた少年を見た瞬間、更に舞い上がる。イケメン…と言うよりも、真面目そうで整った顔立ちの正統派カッコイイ少年と言う方がしっくり来る。まあ、それもこれもまとめて“イケメン”と呼ぶのかもしれないけれど。ゆっくりとした足取りで教壇へ向かう彼に、クラスの女子の視線が釘付けだった。一人だけ例外と言えば、例によって柑奈だけはその眼差しに探るような色が含まれていた。行き成り初対面で、変なことを言わないといいんだけど…あいつ。
「じゃ、自己紹介よろしくっ」
「はい。はじめまして、代田紀一(たしろきいち)と言います。よろしくお願いします」
 当たり障りのない自己紹介の後に、浅いお辞儀とにっこりとしたイケメンスマイル付きで女子のハートはガッチリキャッチだ。それだけで、男子の中には不満げなやつもちらほらいるが、俺の第一印象としてはそう悪い奴ではないと思った。
「ほい、よく出来ました。まあ、みんな仲良くしてやってなー。えーっと…それじゃ、窓際の佐崎の後ろな。席」
「はい」
「うん?」
 急に名前が出てちらりと後ろを振り返れば、ちょっと前まで窓際列最後尾だったはずの俺の後ろに新たな席が一つ出来ていた。人数的には、これでクラスの席にデコボコがなくなりいい感じに収まったことになる。コツコツと近づく足音に再び視線を前に戻せば、例の転校生――代田君が傍までやってきていた。
「よろしく、佐崎君」
「あ、ああ。まあ、よろしく」
 通り過ぎ様にイケメンスマイルと声で言われて、一瞬ぞくりと寒気がした。そう感じた自分を疑問に思う心のせいか、返答の声を噛んでしまった。何とか浮かべた笑みでとりつくろったが、相手は特に気にする風もなく席へと辿り着き、隣の女子へまた同じ挨拶を交わしているのが聞えた。…今の感覚は一体なんだったのだろうか?
「うーん…俺も柑奈にちょっとばかし感化されたかな?」
 ぽそりと呟いて頭を軽く振った。いかんいかん、変な先入観を持っては。気をつけなければ…。
「んじゃ、毎朝恒例の点呼いってみようかー」
 パラリと名簿を開いて順番に名前を呼ぶ先生の声を、どこかぼんやりと聞き流す。教室の雰囲気はまだ少し浮ついているが、切り替えは素早くみなこちら(主に俺の後ろの方)を気にしながらも返事を返していた。こりゃ、休み時間にここで仮眠を取れなくなることは確定的だな。屋上か中庭、もしくは図書館へ昼寝しにでも逃げるとしよう。


「ねぇ、ねぇ!代田君はどこから来たの?」
「前はどんな部活に入ってた?」
「こっちではどこに入るつもり?」
「どこら辺に住んでるの?」
――等々…。
 それからの休み時間は、始る度に後ろの席に女子が群がり代田君は質問責めになっていた。それでも例の笑顔を崩さず、一つ一つ丁寧に質問に答えて行く姿は尊敬すら覚える。やっぱりイケメンは女子の扱い方も中々上手い。俺はそれを視線の端に眺めながら、毎回教室を後にしていた。
なんだかんだそんな感じで、今日一日は過ぎて行った。
「うーん…さってと。帰るか」
 6時限目の授業が終わると同時に、ささっと帰り支度を整えて巻き込まれる前にとっとと教室を出た。とにかく、ああいうのは落ち着くまで係わり合いにならないのが吉だ。
「あ~あ。どうすっかなぁ、今日は。ばあちゃんも夜まで戻らないし、親父は残業で遅くなるって言ってたし。また、駅前の喫茶店でも行って、マスターにお願いするか。その方が安上がりだしなあ」
 欠伸をかみ殺しながらぶつぶつと夕飯のことを考える。家は母さんがいないため、いつも食事はばあちゃんが作っていた。たまに妹が手伝って大変なものが出てくる時もある。そう言う時は俺が切れて妹がそれを買って、ばあちゃんが鬼畜な言葉でなだめて妹を沈めた後、俺にはゲンコツが飛んでくる。そして親父は一人で青い顔をして完食し、胃腸薬のお世話になるのがいつものお約束だ。ほんと、親父尊敬するよ…。話がそれたけど、マスターというのはその立派な親父の古くからの友人で、駅前で喫茶店をやっているので俺と妹はマスターと呼んで慕っている。母さんが亡くなってからは、事あるごとにお世話になっていた。背は高く後退して少なくなってきた髪をポマードでカッチリと固めて後ろへ流し、丸眼鏡のサングラスをかけている。そのため見た目はぱっと見有名なお昼のバラエティー番組の司会者にそっくりで、若いお客さんの間では“タモリ”とも呼ばれている。優しく聞き上手な上に料理好きなのも理由の一端かもしれない。同じ奥さんを早くに失くしたもの同士、親父とは気が合っているようだった。
「マスターの作るホットサンドが美味いんだよなあ。…うん、思い出したら食べたくなって来たな。よし!今日の夕飯はマスターのところで決定だな。そうとなればまずは――」
「つーかーさーくーんっ!」
「うぐふっ?!」
 突然背中に鈍い衝撃が走り、そのまま肺へと伝わって変な声が出てしまった。何か背中の真ん中辺りをえぐられるような痛みがあったんだけど…一体なんだって言うんだ。ごほごほと咳き込む俺の右腕を、誰かがガシッとつかんだ。
「ちょっとこれから、僕に付き合ってくれませんかっ」
「は?な、何だよ急に!」
 声から大体察しはついていたが、俺に背後からタックルをかました犯人は雅人だった。しかもわけのわからないことを喚いていて、いつもながら行動の意味が判り辛過ぎる。
「あの、転校生のヤローがっ!あのっ!」
 ぎりっと腕をつかむ手に力が篭って俺が痛い。
「っだ!コラっ、手に力入れるな!それ、俺が痛くなる必要ない怒りだろ!!」
「ふはははっ!放して欲しくば、今すぐ俺に付き合え!いや、付き合って下さい!」
「命令なのか、お願いなのかはっきりしてください…って、痛い!痛いって――言ってんだろうが!」
「へぶっ…」
「あ」
 やけくそで落した左手のチョップが、まぐれで雅人の脳天を直撃した。つかまれていた腕を開放されて、反対の手で痛かった部分を擦りながらその場にへたり込んで頭を押さえている雅人へと視線を向けた。
「何だよ一体。用件を言え用件を。いきなり付き合えって言われたってわけがわからんだろうが」
「…ごめん。つい、取り乱して……」
 頭を押さえながら立ち上がった雅人に、ため息を一つ落して先を促す。
「で?理由は?」
「そう、それ!あの転校生のヤロー、今、大森さんに校内案内されてるんだよ!」
「…ああ、そう言えばあいつ、クラス委員だったっけ。でも、なんで柑奈が?男子の委員に案内してもらえばいいだろうに」
 思い出したらまた腹がたったのか、幾分か声を荒げながら身振り手振りも激しく説明する雅人。どうせくだらない理由だろうとは思っていたけど、雅人に取ってはそうでもないな。好きな相手が転校生の良く分からない人物と二人きりなのが許せないのだろう。
「それがさ、転校生の取り巻きの中に大森さんの友達がいてさ。『委員なんだから、柑奈案内してあげようよ☆』とか言い出してさ。大森さんはそんなに乗り気じゃなかったんだけど、回りの女子に気圧されて、結局女子の集団で回ることになったんだよ」
「へぇ、そりゃ柑奈も災難だったな」
 二人きりではないのなら、それほど心配することもないだろうに…。どうやら何かが雅人の中では引っかかっているらしい。
「それで、俺は大森さんのことが心配で心配で…」
「何が心配なんだよ。別に、みんなで校内見て回るだけだろうが」
「違う!明らかにヤツは、大森さん狙いだ」
「……はあ?」
 拳を握って何を力説するのかと思えば、妙な方向へ思考が働いてしまっているらしい。おかげでこちらはすっかり気が抜けてしまった。大体、柑奈の方がやばい目で代田君を見ていると俺は思うんだが。
「同じ恋の好敵手として、俺の感が言ってるんだよ。あいつの大森さんを見る目はやばいってさ!」
「…ああ、そう」
 廊下で恥ずかしいことを平気で叫ぶ雅人に、頭が痛くなってきた。あちらこちらから飛んでくる、奇異の視線に居心地がとても悪い。とりあえず、雅人の言い分は置いておくとしても、柑奈が転校生に女子の前で変なことを切り出さないかそっちの方が心配だ。それに、嫌だと言ってもこの状態の雅人では引きずられてでも連れて行かれるに決まっている。
「分かったよ。俺も色々心配だから、着いて行くよ」
 柑奈もだけど、雅人も何かしでかさないか心配だしな。
「おお、サンキュー司!やっぱり、持つべきは心の友だな」
「ああ、はいはい。ほら、さっさと行くぞ」
「了解!」
 ビシッと上機嫌で敬礼を決める雅人に、俺は今日何度目かになるため息を落した。


「……お、団体様発見。あそこは…保健室だな」
「なんだと?!保健室といえばベッド。あいつ…さては大森さんと!」
「ない。絶対ない。どうやったらあんな集団見てそういう連想が出切るんだよ」
「いや、ハーレムかもしれないじゃないか!」
「…転校そうそうハーレム結成とは…中々やりますねぇ、あの転校生。おそるべし、イケメン代田紀一・十六歳!」
「いや、ない。それもないから。イケメンしかあってないよ?今の発言」
 保健室の手前にある階段の柱にへばり付いて、俺たち三人は三メートルぐらい先にいる女子の集団に転校生の男子一点を眺めていた。きゃいきゃいと楽しそうな一団の中にあって、柑奈の代田を見る視線には依然として釈然としないものが含まれていた。様子からして、まだあの噂話を切り出した形跡はないようだ。
「ところで…ナチュラルに同行している君は一体誰かな?」
 集団の監視は血走った目で凝視する雅人に任せて、体を引っ込めた俺はいつの間にかついて来ていた見知らぬ少年に視線を向ける。少年は首から提げたカメラを片手に、にやりと笑った。
「はじめまして。僕、新聞部の牧原徹(まきはらとおる)と申します。一年生です」
「俺は、佐崎司。こっちの気持ち悪いのが森雅人。どっちも二年だよ。で、何故に同行を?」
「ふっふっふ。廊下を通りがかりましたら、お二人が何やら楽しそうな事を言っておりましたので、着いて参りました。この時期の転校生なんて、新聞のネタには結構良い材料かと思いまして」
「なるほど。要は野次馬根性か」
「せめて記者根性と言って頂きたい」
 くいっと得意げに、かけている細めの黒縁眼鏡を上げる少年記者牧原君。動く度にゆれる天然パーマらしいふわっふわの髪が面白い。
「おい、移動するみたいだぞ!俺たちも行こう!」
「ラジャー!」
 まるで任務を遂行する特殊部隊の乗りで、俺たちはこそこそと実験棟へ入って行く集団を追いかけた。というか、主にノリノリなのは俺を除いた二人なんだけど。
 渡り廊下を通って、少し暗い実験棟へと移動する。女子に囲まれた集団だけでも奇妙なのに、その後をこそこそとついて回る男子まで見たら、そりゃ周囲も不審に思うよな。とりあえず俺は、間を取って目立たないようにそんな奇妙な集団と二人を眺めながら着いて行くことを心がけた。何だかもう、周囲の視線に耐えられないというかなんとうか。そんな怪しい集団プラスで校内を移動すること一時間。俺の心配も他所に、校内巡りツアーは何事もなく無事に終了した。
「はぁー、疲れた。何もなくて良かったな、雅人」
「はぁ…。何もなくてがっかりだった」
 二人そろってため息をつき、違う意味の言葉を吐き出す俺と牧原記者。まあ、スクープを期待していた身としてはそりゃがっかりもするよな。
「そうがっかりすることもないだろ?今回の集団校内ツアーも結構話題性あると思うぞ」
「…なるほど、転校生の校内巡行。新たなる学園アイドルの誕生ですね!」
 顎に手をあててキラリと眼鏡を煌かせる牧原記者。あれ?俺、もしかして余計なこと言ったかもしれない?
「い、いや。アイドルとかそういう話題性じゃなくて。だな」
「司!やばい、あいつ、大森さんの後を追ってる!」
「は?」
 間違いを正そうと口を開いた俺を遮り、雅人が小さな声で叫んで慌てたように俺を引っ張った。そのまま、俺の返事も待たずに、ぐいぐいと凄い力で何処かへ引きずられて行くようについていった。牧原記者もスクープの匂いに目をキラキラさせてしっかりついてきている。
さっすが新聞部員、切り替えの本当に早いこと。
 向かっているのはどうやら中庭の外れの、今は使われていない焼却炉の方だった。
「おいおい、一体なんだって言うんだよ」
「あいつ、集団のお見送りを断って、先に離れた大森さんの後をこっそり追いかけてるんだよ!」
「ただ、帰るために下駄箱へ向かっているから偶々同じ方向だっただけじゃないのか?」
「違う!あいつが向かっている方向に下駄箱なんてない!」
 まあ、確かに焼却炉の方に下駄箱はないわな。でも、そんなところに柑奈だってどんな用があって向かっているのだろうか。それを口にすると、雅人はさも当たり前といった風にあっさりと答えをくれた。
「あそこの近くに、山男の育てる花壇が一つあってさ。大森さんはクラス委員だから、そこの世話を押し付けられてるんだよ。まったく、本当にあのもじゃ毛はしょうもないよな!大森さんにそんなことさせてさっ」
「はは…川崎先生らしいっちゃらしいな。それ」
 あの先生、職権乱用もいいところだな。そんなことを生徒にさせていたとは、一体何を育てているのやら。それにしても、雅人は良くそんなことを知っているもんだ。流石恋する男の情報網は侮れない。でも、雅人の場合はそれがストーカー級だから困る。
「いた!やっぱり、あいつ大森さんといやがるっ!」
「ちょっ、落ち着け雅人!今行くのは不味い、完璧に後をつけていたのがばれる。もうちょっとタイミングを待て!お前、そんなことで柑奈に嫌われたくないだろ?」
「ぐぬっ…分かった」
 柑奈に嫌われるの言葉一つで、大人しく言うことを聞いてくれるのが逆に少し悲しい。俺たち三人は近くの茂み何とかに身を隠すと、焼却炉の前で対峙する二人の様子を見守った。転校生の表情は背中を向けているため伺い知れないが、柑奈の顔はあまり見ないほどに無表情だった。手には花壇にあげるためか、両手にすっぽりと収まる青いじょうろが握られていた。
「あの、えーっと。ごめん、後をつけるようなまねして。今日は、その、ありがとう案内してくれて。とても助かったよ」
「別に気にしなくていいよ。私クラス委員だし。それに、案内したって言っても、結局ほとんど回りの子たちが説明してくれてたしね。私は別にいらなかったかもね」
 そう言って少し笑った柑奈に、代田君は慌てて首を横に振った。
「そんなことはないよ!みんなで案内してくれて、とても楽しかったし。それに、みんなが親切にしてくれるのは嬉しいけど、大森さんがいなかったらきっとあんなに上手くはまとまらなかったよ。本当にありがとう」
「そう、ならいいんだけど」
 俺の横で今にも飛び出しそうな勢いの雅人には悪いのだが、柑奈のあの様子からすると雅人の心配するような事態にはならないだろう。元々疑っている上に、あのクラスメイトに対する態度とは思えない余所々しさ。あんな調子で案内もしていたのだろうか。分かり安すぎるだろ、あいつ。
「……」
「……えーっと」
 その後の会話が中々続かず、辺りに気まずい雰囲気が流れる。それだけなら、さっさと帰路についてくれと願ってしまう。隣の雅人が焦れ過ぎてむちゃくちゃ怖い。俺に対する怒りじゃないってわかっていても怖い。
「…花壇の水やりに戻ってもいいかしら?」
「え、その…いいけど。君は?」
「え?」
 遠慮がちに切り出した代田君に、柑奈が驚いて顔をこわばらせた。その様子に気づいているのかいないのか、イケメン君は頭を掻きながら首を傾げる。
「いや、ずっと教室で初めて会った時から、何だか聞きたいことがあるみたいだったから。でも、今まで何も聞かかなかったから、人の多い所では聞き辛いことなのかなって思ったんだけど…」
 やっぱり、あの視線には気づいていたか。そりゃ、あれだけ強い視線なんて送られたら、気づかない方がおかしいよな。とはいえ、この展開は不味い。いくらなんでも、転校初日に「あなたが連続通り魔の犯人ですか?」とか言う質問はこれからの人間関係上いかんだろう。ハラハラしながら眺める俺の前で、暫く黙っていた柑奈が決心したように口を開く。幾分か体に力が入っているのか、その手の中でじょうろが軋みを上げた。
「実は、噂で聞いたんだけど…入学前に入院していたんだって」
「ああ、うん。そうだよ。そっか。あの話、もうみんなに伝わってるのか。ちょっと恥ずかしいなぁ」
「じゃあ、本当に腹痛で入院したの?」
「わっ、そんなことまで!本当に恥ずかしいな。うん、本当だよ。入学の二週間ぐらい前に盲腸になっちゃってね。一週間ほど入院していたんだよ。いやはや、本当にタイミングが悪いことってあるもんなんだね」
 あははと笑う代田君に、柑奈も曖昧な笑みを浮かべて「そうだね」と小さく返す。そうして、少し言い淀んでから再び口を開いた柑奈に、俺の緊張感も最高潮だ。頼むから、言わないでくれよ…。
「じゃあ、もう一つだけ聞いてもいい?」
「うん。なに?」
 やばい。これはやばい。物凄い勢いでやばい。あいつ聞く気満々だ!良く考えればそんなこと聞いて間違いで許してもらっても、後々顔とか合わすだけで非常に気まずくなることぐらいが分かるだろうが!そのことで頭がいっぱいになっていたせいか、俺は隣で限界を超えた雅人の様子に気がつけなかった。
「あの、代田君。あなたもしかしてれ――」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うぎゃあぁぁぁぁぁっ?!」
「え!?」
「ええっ?!」
「うわ…」
 いよいよ言ってしまうのかと頭が真っ白になった時、隣であがった叫び声に俺もつられて大声をあげてしまった。それに驚いて二人がこちらを振り向くのと同時に、ガサッと勢い良く植え込みから飛び出す雅人。
「大森さん!」
 そのままぜいぜいと息も荒く、凄い形相で柑奈を睨みつける。雅人にしては珍しい行動だ。あの柑奈大好き少年がその相手を睨みつけるなんて。
「は、はい!」
 柑奈も柑奈であまりの気迫に圧されて、思わず指先まで伸ばして真っ直ぐにピシッときおつけをしている。代田君にいたっては何が起きたのか理解できずぽかんとしていた。…イケメンのあんなポカン顔が見れるなんてなんと貴重な。それを逃さず、すかさずカメラのシャッターを切っている牧原記者。さすが新聞部部員である。
「せ、先生が!委員に用があるって、さ、探してました!」
「は、はい。わ、分かりました。すぐに行きます!」
 何故か敬語で返事を返すと、じょうろを置くのも忘れるほど慌てて校内へと戻っていった。残された雅人と田代君は暫く無言で立ち尽くしていたが、息が落ち着いた雅人がくるりと無言のまま向きを変えて肩で風を切るように颯爽と去って行った。気がつけば牧原記者もいつの間にかいなくなっていた。状況の気まずさを察してどうやらそうそうに立ち去ったようだ。本当に流石だな。
「……なんだったんだろうか……」
 ぽりぽりと顎を掻きながら二人が去って行った方を眺める代田君。そりゃあ、そうだよな。目の前で今起こったことの何一つ理解出来ないことばっかりだもんな。しかしその後、不意に彼の雰囲気が変わったように思った。
(え?)
「―――な」
 聞えないほどに小さな声で何事かを呟くと、小さく笑みを浮かべる。その笑みを見た瞬間、教室でも一瞬感じたあの寒気のような感覚が体を走った。今までの爽やかな笑みとは全然違う、にやりとした嫌な笑い。それが何なのかを確かめる暇もなく、彼もその場を去って行った。残された俺は息をするのも忘れて固まっていたが、苦しくなって深呼吸をしながらその場にへたり込んだ。……一体なんだったんだ、今のは。あるいは、本当に代田君が、連続通り魔の犯人なのだろうか?何にせよ、今のままでは全て憶測に過ぎないな。
「…はあ、本当に疲れたわ。今日は」
 全く、もう帰って風呂に入って寝たいな。俺。


「ふあーぁ。食べた、食べた」
 軽く伸びをしながら欠伸を一つ。時刻は午後七時。すでに沈んだ夕日の名残か空はまだ薄明るく、迷うこともない通いなれた道を俺はブラブラと帰路についていた。あの後、探すのもだるいのであのまま雅人は放置し、一人学校を出た。その足で予定通りマスターの喫茶店に寄って美味しいホットサンドにありついた。腹がいっぱいになったせいか、心身ともに少しだけ余裕が出てきたな。これで、あとは帰って風呂に入って寝るだけだと思うと自然と足取りも軽くなる。人通りの少ない住宅街の通りには、センサー感知で灯る街灯がぽつぽつと等間隔に並んでいた。道路に落ちる光の丸を点々と踏みしめながら進んでいく。昔はこの数を数えたり、光から光までを何歩で行けるかと遊びながら良く帰ったものだ。懐かしいことを思い出しながら鼻歌混じりに歩く俺の目に、ここにいるはずのない人物が映って足を止めた。
「うん?あれは…転校生の代田君?」
 帰り道にある小さな公園の出入口で、見慣れた学ランが辺りをうかがいながら出てくる。それを見て、反射的に俺は電柱の影に身を隠していた。公園入口の街灯に照らされて、その顔がバッチリ俺には見えていた。やはりそれは代田君だった。散々追いかけた相手だから見間違うはずがない。代田君は俺に気がついた様子もなく、こちらとは反対の方向へ行ってしまった。その姿が見えなくなるまで見送った後、やっと電柱から身を離した。一体あいつはこんなところで何をしていたのだろうか。俺は代田君の出てきた公園へと入ってみることにした。休み時間の質問に返しているのを聞いた限りでは、家はこちらの方ではなかった筈だ。様子からして、ちょっと怪しい感じだったのも気になった。
 子供の頃良く遊んだ公園に久し振りに入った。遅い時間のせいか誰もおらずしんと静まりかえっている。周りをぐるりと背の低い策と大きな木、そして俺の膝丈ぐらいの茂みに囲まれたこの公園には、子供の背丈に合わせて作られた鉄棒と滑り台、シーソーにジャングルジムがそこここに配置されていた。後は小さなレンガで囲った砂場と、半分地面に埋められた小さめのタイヤが十個ほど並ぶ本当にこじんまりとした遊び場だ。昼間はよく子供たちの楽しそうにはしゃぐ声が聞えて来ている。
「いやー…、流石に夜の公園って寂しいし不気味だな」
 いつの間にか昇っていた月の明かり照らされて、大型遊具に落ちる影が余計に不気味に見せていた。鞄をあさって部活が遅くなった時のためにいつも持ち歩いている、携帯用の小さな懐中電灯を取り出して点けた。地面に丸い小さな光の円が落ちる。入口付近から見た限りでは、特に変わったことは見受けられない。広く開けた中央まで行き、今度はそこからぐるりとゆっくり辺りを一周照らしてみた。と、一点で何かが光を反射し光った。もう一度、今度は注意深く光を当てて行くと、やはりある一点できらりと光るものがあった。それはブランコとシーソーの間ぐらいにある、一本の木の下で茂みがそこだけ二重になっている場所だった。恐る恐る、懐中電灯の光をその一点に当てたまま近づいて行く。何があるか分からず、緊張で唾を飲み込む喉が鳴った。音をなるべくたてないように近づいた先あったのは、コーラルピンクのスマートフォンだった。その黒い液晶画面に光が反射していたようだ。
「なんだ、スマホか…。でも、なんでこんなところにこれが?」
 手に取ろうかどうか悩んでスマートフォンを眺めていた時、視界の端にチラリと白いものが映った。
「…え?」
 喉から掠れた声が漏れた。嫌な予感がする。見ないでこのまま帰ってしまうのもありだが予感が的中した場合、それでは自分が不味い事になりかねない。そんな気がするのだ。なにより、それは常識ある人としてもやってはいけないだろう。ここは一つ、覚悟を決めるしかないだろう。
「すー、はー。すー、はー…よし」
 深呼吸を何度か繰り返して気合を入れる。それでも震える手で懐中電灯をゆっくりとその白いものへと向けた。
「っう…」
 それは俺が予想していた通り、白い靴下を履いた人間の両足だった。そこは茂みの調度二重になっている部分に隠れて、遠くからは見えない場所だ。足の大きさと履いている靴下からして倒れているのは少女らしい。最悪の状況になっていないよう祈りながら近づく。そこにはやはり、セーラー服を着た女子生徒が一人仰向けに倒れていた。二つに縛ったおさげとプリッツスカートがふわりと芝の上に広がり、目を閉じたその様子は眠っているようにも見える。近づいて投げ出された腕を取り、手首に指を当てて脈を探ってみる。と、微かだが心臓の鼓動が伝わって来た。それと同時に、一気に体に安堵感が広がった。状況はよろしくないが、とりあえず最悪の事態にだけはならなかったようだ。
「よかった、まだ息がある!」
 慌てて鞄から自分のスマートフォンを取り出すと、通話アプリから三桁の番号を押して救急車を呼んだ。声が震え過ぎてオペレーターの人に何度か励まされながら、ここの住所と自分の名前を告げた。それから後はあっという間だった。公園の入口で救急車を迎え、それに続いて警察が到着し、俺は搬送される少女を見つめながら事情聴取されるはめになった。サイレンの音やらなにやらで、一時的に静かな住宅街は昼間のように騒がしくなった。
長い聴取の後、書類に住所,氏名,電話番号等々を書かされて、ようやく俺は解放された。ふらふらになりながら自宅に着いた時、時計はすでに午後十時を回っていた。重い体を引きづりながら何とか着がえると、ベッドに倒れこんだ瞬間意識が飛んでしまった。緊張の連続で体も心も本当に疲れ切っていたようだ。
 その夜見た夢は、もふもふの毛玉に寝転んでコロコロと転がるうちに、何だか顔中が毛まみれになり最終的には毛玉に窒息させられるという最悪のものだった。

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