第8話 蔵の霊

文字数 8,636文字

 バッグを抱きかかえたまま、炎が揺らめいているのをただただ見据えていると、突然ポケットでスマホが震えだした。
 うわっ!!
 な、な、何だよ! 脅かすなよ! 
 バッグを片手で抱えなおし、スマホを確認すると、崇行からの着信だった。
 ……。なんつー、空気読めない奴。
「何だよ、今、めっちゃ取り込んでんだよ、俺は!」
『はぁ? んなもん知るかよ。昨日の神主から伝言預かったけど、じゃあ、教えていらないんだな?』
 え? 晃矢さんから伝言?
「ま、待て! いる! いる! 教えろ!」
『教えて下さい、だろーが』
 有利な立場を利用して上から物言いする崇行に、思わず唇を噛みしめた。
 くぅぅぅ~~~~、この野郎ぉぉぉ~~!
「分かったよ! オシエテクダサイ!」
『よしよし。伝言は、解錠したら三重目の扉を少し開けて、蔵の床に護符を一枚貼りつけろ――だとさ』
 へ? 護符?
「そんな、貼りつける用の護符なんか、俺、持ってな」
『渡した封筒に二枚入れておいただろ、って言ってたぜ』
 封筒? あっ!
「あぁ、あれなら、二枚ともお守りでくれたのかと思って、財布に。……そっか、一枚は貼る用の護符だったのか」
 ズボンの後ろポケットから出した財布の中の護符を取り出すと、改めて眺めた。
 てっきり、俺の身を案じて多めに二枚もくれたんだとばかり思ってた……。
 まさか、今回の必要物品だったとは……。
「で、これを蔵の床に貼ったらどうなるんだ?」
『一時の間、錠の代わりになるらしいぜ。つまり、結界ってことだな』
「へえ。そう、なんだ。分かった、解錠したら使う」
 要するに、この護符が必要なくらい、この中にいる霊はヤバいってことか。
『ところで、社寺のからくりは、どうにかなりそうか?』
 一変、意地悪気な口調で聞いてきた崇行に、俺はムッとした声で言い返してやった。
「これから取り掛かるんだよ! ってか、その前に怪現象に妨害されて大変なんだ!」
『さっそく妨害されてんのか? ずいぶん楽しそうだな。どんなことが起こってんだよ?』
 愉快気に聞き返して来た崇行は、『物が宙でも飛んでんのか?』と言葉をくっつける。
 ……お前、映画とテレビの観すぎだろ。
「飛んでねえよ! ってか、楽しくないし! 砂利敷の庭にいきなり炎が出て、それが突然、縦横無尽に広がって行ったかと思ったら急に止まって、メラメラしてんだよ!」
『砂利敷の庭に炎? 広がって止まった?』
「あぁ、そうだよ! メラメラ燃えてんだよ、メラメラ!」
 広がったままの炎は、いまだ消えるワケでもなく、更に広がって行く風でもない。
『……。稀音、そこらで、どっか高いところに登れるとこ無いか?』
 突然のワケの分からない発言をした崇行は、『もしあったら、今すぐ登れ』と命令した。
 はぁ? 
「何でそんなことしなきゃならないんだよ! ってか、何命令してんだよ!」
『いいから、言う通りにしろ! もしかしたらその炎、何か表してんのかもしれないぞ』
 は? 何かを表す?
「どういう」
『いいから先に、どっか高いところに登れ! それと、通話は切るなよ、絶対!』
 苛立った口調で急かしてくる崇行に、『ムカつく野郎だな! 命令すんな! 命令!』とだけ文句を返して周囲を見ると、蔵のすぐ傍に立っていた背の高い木を見つけた。
 ええい、あの木でいいか。
 さっそく、木の出っ張りに足をかけて登り始めたものの、スマホを通話状態に保ったままってのが、どうにも邪魔で仕方ない。
 くそー、これ、めっちゃ邪魔。
『おい、ちゃんと登ってんのか? 通話は切るなよ、通話は』
 イライラしてるところに、さらに追い打ちのように命令してくる崇行に、思わず掴んでる木の幹をガリガリッと爪で引っ掻いた。
 このやろーっ。
「うるさいなぁ! 登り終えたら教えてやるから黙ってろ!」
 鼻息を荒げて、何十年ぶりの木登りを達成した頃には、両手も服もひっかき傷だらけ。
 ちくしょう、何でこんなことしなきゃならないんだよ。
 ぶちぶちと、胸の内でぼやきながら太い枝にまたがり、炎を上から見下ろした途端、崇行の言葉が理解出来た。
 ……炎が、文字に……
 メラメラと揺らめく炎は、地上に文字を描き出している。
『おい、稀音! おい! 登ったのかよ?!』
「……登った。そしたら、炎が、文字に……」
 しかも、こっちも命令形。
『文字?』
「あぁ。〈はやくあけろ〉って」
『そうか』
 一言だけ口にした崇行は、電話の向こうで黙り込んだ。
「ようするに、この火文字は、蔵の中の霊が訴えてるってことか」
 つまり、さっきのは、解錠されるのを拒んでたワケじゃなくて、早く解放しろっていう催促だったんだ。
『の、ようだな』
「ふんっ、言われるまでもない」
 最初から解錠目的でここにいるんだ。催促されるまでもなく、開けてやるさ。
『罠かもしれないぜ? 矢を外した瞬間、外に逃げるかも』
「だとしても、その時には専門家が待機してる。そう易々とは逃げられないって。とにかく、一刻も早く解錠に取り掛かる。晃矢さんからの伝言、確かに預かった。じゃ、切るからな」
 言うだけ言って一方的に電話を切った俺は、木の枝にぶら下がると、そこから一気に地上にジャンプした。
「よし、作業開始だ」
 真っ直ぐに漆喰扉へ向かうと、まず、その分厚い扉を拳で叩いた。
「あなたの言葉、ちゃんと受け取りましたよ」
 返事のない相手に声をかけた後、俺はさっそく両手のひらで包み込むように錠を握った。
 さて、と。
 片っ端に弄るとしても、最終的には中でつっかえてる板バネを窄めないことには、解錠は不可能だ。どれかを動かせば、中の板バネを窄めさせられるのか――? それとも、何処かを動かして、鍵穴を表に出す仕組みになってる? 
 でももし、鍵穴が現れる仕組みなんだとしたら、鍵は? ピックで簡単に開けられるとは思えないし、捕縛の矢は、蔵の中だし……。
 とにかく、何にしてもこの錆じゃ、動くはずの場所も動かなくなってるのは確かだな。
「まずは、錆びを落としてみるか。そこから何か見えてくるかも」
 さっそくペーパーで擦って頑張ってみるものの、長年かかって出来たものは、そう簡単には取れてくれないのが現実。
 くそっ。
 汗だくになりながら必死に錆を落とし始めて二時間近く経ち、幾らかは、もとの姿を見せ始めた錠。
「ふぅ……、疲れた。手ぇ痛い。このくらいでいいかな」
 ヨレヨレになったペーパーを握ったまま、扉の前に座り込んで手首をぶんぶん振っていると、突然、視界の端にバラバラッと何かが落ちてきた。
 ん? 何だ?
 落ちた何かへ視線を向けると、そこには何故か、散らばった沢山の金平糖。
「……? 何で、こんぺい糖?」
 ワケが分からず首を捻っていると、コロコロと転がりだしたこんぺい糖が、何やら文字を作り出した。
「……〈やすむな〉……。……、はいはい、分かりましたよ」
 まるで、歳さんみたいだな。
 ……というか、ここまでくるともう、場所と扇子と金平糖から考えても、あの人しか思いつかないんだけど。

『実はですね――、今、山本邸が建っている場所は、本当の本能寺跡地なんですよ』

 晃矢さんから聞かされた話を思い出しながら、こんぺい糖を一粒摘まんで口に放り込むと、一気に甘味が広がった。
 ん~~、美味い。疲れが吹き飛ぶ。
 続けて何粒かを口に入れて甘さと美味さと堪能すると、残りのこんぺい糖をかき集めてティッシュに包み、胸ポケットに突っ込んだ。
「よし、ちょっと復活したし、作業再開するか」
 両手で頬をパシッと叩いて気合を入れてから、再び錠と向き合った――。
 錆も落としたし、これでやりやすくなったはず。まずは、一番動く可能性の高い底部分を調べてみるか。
 さっそく、箱型の底部分に指をあてて、思いきり左横方向に動かしてみたが、びくともしない。
「ダメか。先に、他の箇所を動かすのかな」
 けど、表面にあたる部分は船型としっかりくっ付いてるし、動かすのは無理そうだもんな。そうなると残りは、裏面と両サイド……。
 箱型自体に彫りはあるけど、阿波錠みたいな凹凸のある装飾じゃ無いから、押すとか回すとかっていうのは無理そうだし。
 考えられる方法は、面を押すか引くか、スライドさせるか……。だけど、継ぎ目を見る限りどれも無理そうだ。
「う~~ん、他に方法無いのかな? 絶対あるはずなんだけどな」
 焦ってくる気持ちを落ち着かせながら、道具バッグの中から晃矢さんにもらった手紙を取り出した。
【錠は、からくり仕掛けになっています】
 何度読み直してみても、書かれてるのは、たったこれだけ。
 からくりって言うからには、やっぱり何処かが動いたり、回ったりするんだよな?
 でも、船型錠は他の錠と違って、船型に箱型がくっ付いてるシンプルな造りだし……、シンプル?
 もしかしたら、シンプルっていうのと、何か関係してるのかな?
 例えば、シンプルがゆえに、何か他にアイテムを必要とする、とか。
 アイテム……
 置いてある道具バッグの中身を漁ってみたものの、目に付くのは、今回の解錠には不向きな物ばかり。
「どれも使えそうにないな」
 大きくひとつため息を吐いたところに、背後から荒々しい足音が聞こえた。
 ん?
 尋常じゃない荒々しさに振り返ってみると、炎の向こうにいたのは、あの胡散臭い除霊師。
 ……あの人、帰ってなかったんだ。てっきり帰ったと思ってたのに。
「だから言ったんです! そんな悠長に鍵を開けてる場合じゃないって! 早くその鍵を壊して中の悪霊をどうにかしないと、このままじゃこの家は――ちょ、何するんですか!」
 炎の隙間を見つけてこっちへ向かって来ようとした除霊師を、いきなり誰かが後ろから引き留めた。
「あなたの言いたいことも分かりますが、今のあなたの言動が、一番、蔵の中の霊を煽ってますよ。ここは、慎重に解錠して蔵の中へ入る方が賢明なんです」
 男を諭す聞き慣れた声に、思わず口から声が零れていた。
「父さん?」
「いいから、そのまま作業を進めなさい。この人のことは、父さんに任せて」
「あ、うん、でも、何で父さんがここに?」
 素朴な疑問を投げかけると、男の腕を掴んだままの親父が、にっとちょっぴり苦く笑った。
「やっぱり、気になってね。それに、錠もこの目で見てみたくて。それで、来たらこの人がね」
 親父がそこまで言ったところで、もう一つの駆けてくる足音が聞こえ、現れたのは先輩だった。
「おじさん、助かりましたよ。――まったく、あんたにこの家の件は関係ないんだから、さっさと出てってくれって言ってるだろ! 霊の対処なら、俺一人で十分なんだよ」
 言いながら除霊師の腕をぐっと掴んで引きずる先輩。それに任せるように手を放した親父は、『じゃ、綺田くん、よろしくね』と軽く手をあげた。
 それから間もなく、先輩によって連れて行かれた胡散臭い除霊師のヒステリックな声は、遠のいて消え、炎を避けるようにして蔵までやって来た親父は、石段を上り、俺のもとまでやって来た。
「これかぁ、魔封じの錠は」
 そう独り言みたく言いながら錠を両手で包むように持った親父は、『んー、これからは、何も視えてこないなぁ』と更に小さく補足した。
「うん、俺も何も視えなかった」
「そうか。で、からくりは解けそうかい?」
「全然。行き詰まり中」
「そうかぁ。確かに、シンプルな物ほど難しいからな」
 そう口にしながら、錠をいろんな角度から観察し始めた親父。
「何か分かりそう?」
「んー、箱の底部分が動きそうだけど、このままじゃ無理だな」
 俺と同じ個所に目を付けた親父に、『そうなんだよ。それで悩んでて』と肩を落とすと、『何かいい物は無いかなぁ……』と、親父の目が周囲をキョロキョロ見始めた。
「いい物?」
「そう、使えそうないい物。……おっ、あれいいな」
 あれ?
「あれって?」
 親父の視線が止まった方を見ると、そこにはゆらゆらと揺らめく炎。
「まさか、あの火?」
「そう。ほら、ジャムやハチミツの瓶が開かない時に、炙ったりするだろ? あれと同じ原理で試してみるのもいいかも知れない。ちょうどいいところにあるから、あの炎を少しばかり使わせてもらおう」
 えっ。
「でもあれ、ちょっと使うのまずくない? 霊が作り出してる火だし」
 思わず口にすると、『大丈夫だって』と軽い調子で言い返してきた親父は、
「蔵を開けてもらえるんだし、霊だって怒りはしないよ。ほらほら、社寺用のピック出して。その先に要らない布を少しだけ巻きつけて、そこに火をつけて来てくれ」
 と、道具バッグを指さす。
「あ、あぁ、うん……、分かった」
 渋々応じて、言われた通り準備した俺は、揺らめく炎に近づくと、そっとその火を布に移した。
 まぁ、〈早く開けろ〉って急かしてくるぐらいだしな。大丈夫か。
「これでいい?」
 慎重に親父のもとへ持って行き、声をかけると、『上出来、上出来。貸してごらん』と俺からピックを受け取った親父は、躊躇うことなく錠を炙りだした。
 確かに、金属は寒いと縮むし、熱を加えると緩む……けど……。
 ちょっと心配ながらも見守っていると、しばらく後、『そろそろいいかな』と親父が小さく言った。
「俺も手伝うよ」
「じゃあ、熱いから気を付けて、この箱型の底部分を動かしてみてくれるか?」
 錠から火を離しながら告げた親父に『わかった』と頷くと、持っていたハンカチで熱せられた部分を押さえ、ゆっくりと底部分をずらすように動かしてみた。――すると、少し引っ掛かりは感じるものの、金属の擦れる音とともに、じわりじわりと動いた底。
「っ!! ほんとに動いた!」
 思わず声をあげた俺の横で、『まさか、ほんとにうまくいくとは思わなかったな』と親父が目を丸くしていた。
「これ、このまま端まで動かしたら、中の板バネが窄まるのかな?」
「そんな簡単には、いってくれないんじゃないか? ほら」
 親父が言った直後、ぴたりと止まって動かなくなった底。
「あっ……、ほんとだ」
「もし、蔵破りに開けられてしまったら大変だからね。そんな簡単な構造にはなってないはずだよ」
 落ち着いた口調で言う親父の傍で、素直に納得してしまった。
 なるほど。確かに、言われてみればその通りだな。
「あ、……――ってことは、次は、右サイドが底の方へ向かって動く?」
「たぶん」
 一言だけ頷いた親父を見届けてから、右サイドを今度は底の方へ向けて動かしてみると、思った通り、7~8ミリ動き、そこから姿を見せたのは、鍵穴と思わしき穴。
「鍵穴が」
「問題はここからだよ、旬」
 重く告げる親父に、俺はこくりと頷いた。
「分かってる……。捕縛の矢は蔵の中にあるし、しかも、そもそも鍵としての役目を果たすものじゃない。……だからって、ピックで開けられるとは思えない」
「その通り。でも、ピックで開けられないっていう固定観念は、一度捨ててみる必要はあるかもな。ひとまず、試してみるのも悪くない」
 親父の口から発せられた言葉に、『確かに』と頷き応じると、そんな俺を見届けた親父は、さっそくピックに巻きつけた炎の揺らめく布を砂利の上に落とし、踏みつけて消火したあと、ピックだけを俺に差し出した。
「さ、やってごらん」
「うん」
 言われるままにピックを受け取り、ゆっくりと鍵穴に差し込んでみる。――が、思った通り、うまくいかない。
「ダメだ、やっぱりこれじゃ、中の板バネを捕まえられない。たぶん、通常の物とは別の位置に付いてるんだ」
「そっか。――と言うことは、やっぱりこれにはこれ専用の〈もうひとつの鍵〉があるってことだな」
 落ち着いて言葉にする親父に、『そうなるね』と相槌を打つと、『矢伏神社の神主さんは、そのことについて、何か言ってなかったかい?』と続けざまに訊ねられた。
「ううん、何も。錠がからくりになってるってことは、教えてくれたけど。……あぁ、あと……、蔵の扉を開けたら、まず入り口にお札を貼りつけるように――とも。それ以外は……」
 晃矢さんから教えられたことは何もない。
「そうかぁ。困ったなぁ」
 言葉通り本気で困った顔をした親父は、眉間に深く皺を刻んだ。
「もう一度、電話して聞いてみるよ」
 錠がからくりだと教えてくれたってことは、解錠された状態がどんななのか、知ってるってことだもんな?
 もしかして、俺が聞いて無いだけで、晃矢さんは何か知ってるのかも知れない。
 言い終えないうちにスマホを取り出した俺は、さっそく矢伏神社に電話を入れた。と、それに合わせるように、親父の携帯が鳴りだした。
「ん? 何だ? 込み入ってる時に」
 そんなことを言いながら仕事用の電話を見た親父は、『母さんか。ってことは、仕事が入ったかな?』と独り言を呟きながら、俺から離れて行った。そんな親父の後姿を見ていると、突然耳元から『はい。矢伏神社です』と女性の声がした。
「あ、すみません、昨日伺わせていただいた、稀音家と申します。晃矢さんに少しお話しがあってお電話させていただいたのですが、今、お手隙ではないでしょうか?」
『いえ、大丈夫ですので、少々お待ちください』
 柔らかな口調で言い置いた女性は、電話を保留に切り替えると、そのまま呼びに行ってくれたようだった。
 それからしばらくして、保留の音楽が途切れ、『お待たせしました』と聞きなれた声がした。
「あ、晃矢さん、すみません、稀音家です。昨日はありがとうございました。それから、お札のこと、崇行から聞きました」
『そうですか。安心しました。ところで、電話をかけて来られたということは、錠に鍵穴が現れた――ってことですね?』
 え?
 まだ何も言ってないにも関わらず、ピタリと言い当ててきた晃矢さんに、驚きで一瞬固まってしまった。
「何で、それ」
 自然と口から零れ落ちた言葉を、電話の向こうの晃矢さんが、掬い上げた。
『昔の記録を見ると、うちの錠には二通りのからくりがあったそうなんです。一つは、箱型の底を動かすことで、中の板バネを窄めて解錠するタイプ。そしてもう一つは、隠れていた鍵穴が現れ、そこに鍵を差しこまないと、解錠しないタイプ。悪鬼の霊力の強弱によって、使い分けていたようで、鍵穴が現れたとなると、山本邸の悪霊は厄介なものだったみたいですね』
 何ともさらりと説明してくれた晃矢さんに、俺はただただ言葉無く立ち尽くしていた。
『何故教えてくれなかったのか――と、今、思われてますよね? 実は私たちにも、山本邸で使われている錠がどちらのタイプのものなのか、分からなかったんです』
「え?」
『貴方もお読みになって分かったように、記録には、錠についての詳細なことは書かれていません。その理由は、もし、書が盗まれるようなことがあっても、解錠方法が漏洩しないようにするためです』
「じゃあ……、鍵の在処は……」
 せっかく鍵穴見つけたのに。
『それは大丈夫です。うちの地下の蔵に、きちんと保管してありますから。なので、錠に記されている文字を教えて下さい』
「文字?」
『はい。鍵穴を現す際に、金属板を動かしたでしょう? その裏に、たぶん何か書いてあると思うので見て下さい』
 スライドさせた金属板の裏?
「あ、はい」
 言われるままに動かした金属板の裏を見てみると、そこには何やら絵のようなものが書かれていた。
 これって……
「神代文字だな」
 不意に横から覗き込んでそう言った親父にこくりと頷いたあと、その文字を晃矢さんへ伝えた。
「四角の中央を、横に一本、線が突き抜けてる神代文字があります」
『分かりました。これからすぐに地下の蔵で探してみますので、一度電話を切りますね。また後でご連絡しますので、しばらくお待ちください』
 そう言うと、通話を切った晃矢さん。
 俺は、電話を掴んだまま、頼むから鍵があってくれ――と、無意識に心の奥で願った。
 そんな俺の胸中を察したように、そっと肩を掴んできた親父は穏やかに笑む。それを見て、さっきの電話を思い出した。
「あ、そういえば、母さんからの電話、やっぱり仕事のこと?」
「え? あぁ、うん。パソコンでホームページを見て、電話してきてくれたお客さんみたいでね。ちょっと遠方なんだけど、これから行ってくるよ」
「遠方?」
「長野の人だそうだよ。だから、本当は父さんもこの錠の解錠まで付き合いたいんだけど、それだと遅くなるし、ここのことは旬に任せるよ。帰ったらどんなだったか教えてくれ」
 『頼むね』と付け加えた親父は、腕時計で時間を確認すると、『じゃあ、2~3日留守にするけど、母さんとろくすけと、歳さんのこと、よろしくな。それじゃ、行ってくる』と言い置き、急いで帰って行ってしまった。
 ……。
 母さんとろくすけのことは、頼まれるのは分かるけど、何で歳さんのことまで?
 親父の残した言葉の最後に首を捻っていると、突然庭で揺らめく炎が勢いを増した。
 っ!!
 もしかして、早く開けないから怒ってる?
「今、この錠を開ける鍵を探してる最中なんです。だから、もうちょっとだけ待ってください」
 漆喰扉の向こう側にむかってそう声をかけると、突然、ドンッドンッと重く鈍い音が響いてきた。
 待てないってことなのか?
 そう言われても、晃矢さんから連絡が無いことには、どうにも出来ないし。
 くっと唇を噛んだその時、スマホが鳴りだした。
 来た!
「はい、稀音家です。鍵は」
『それが、何処を探しても、見当たらないんですよ』
 え?
 見当たらない……
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