間話 花ひとひら
文字数 3,518文字
解錠の翌日――。
昨日の解錠の一件と、加えて、俺に用があるとのことで店にやって来た晃矢さんに、詳細を一部始終話して聞かせると、
「いろんな意味で、随分と大変だったんですね。本当にご苦労様でした」
と、しみじみな口調で労いの言葉を向けられた。
「ほんと、いろんな意味で疲れました。と言うか、今も振り回されてクタクタですけど……と、そうだ、これお返しします」
仕事用の巾着から取り出した捕縛の矢をテーブルに置くと、それをそっと手に取った晃矢さんは、『ありがとうございます。それにしても、まさかそんな場所に埋められていたとは』と、捕縛の矢に視線を向けたまま、まるで独り言のように呟いた。
「僕も驚きました。高確率で家の何処かに隠してあると思っていたので。だけど、何であんなところに隠したんですかね?」
疑問に感じていたことを振ってみると、晃矢さんは静かに首を振った。
「さぁ、それは私にも。埋めた本人のみが知ることですね」
埋めた本人のみ――か。
「確かに、そうですね」
短く返してフィナンシェを一口かじると、『ところで』と晃矢さんが俺を見た。
「はい?」
「このままずっと、こちらに置いてさしあげるんですか? 魔王殿は」
え? あぁ……
「いえ、やっぱり成仏してもらうべきだな――とは、思ってます。何しろ、どうしようもなく困った人なもんで。(でも……)」
後の世を見せてあげたいって気持ちも、やっぱりちょっとあるんだよな。
「でも?」
聞き逃さずに聞いていた晃矢さんに、俺は少し口ごもってからその先を告げた。
「自分がいなくなった後の世を見てみたい――って言ったあの人の希望を、叶えてあげたいな……って思いも、少し……」
「後の世を見てみたい――ですか。魔王殿らしい言葉ですね。いいんじゃないですか? 叶えてあげたら」
「へ?」
思いもよらない晃矢さんの言葉に、間の抜けた顔で瞬き返すと、にこりと笑みを向けられた。
「だって、人生を途中で絶たれ、死後は厄介ごとに巻き込まれて、長い間捕縛の矢に縛られていたワケですし。……まぁ、私の想像通り、かなり困ったさんのようではありますけど、愚痴ならいつでも聞きますから、吐き出しに来てくれてもいいですし、呼んでくれても良いですし。それに、どうしようも手が付けられなくなったら、浄化はいつでも出来ますしね」
浄化はいつでも出来る……。確かに、それもそうか。
「はい。じゃあ、もうしばらくは、このままにしておきます。なので、かなり頻繁に愚痴ると思いますけど、うんざりしないでくださいね」
あとで歳さんに、信長さんと仲良くしてもらうよう、お願いしとこう。信長さんにお願いしても、絶対却下されるの間違いないしな。
「大丈夫。そういうのは慣れてますから、心配ご無用です」
きっぱり断言して笑う晃矢さんに、俺も自然と笑みを返していた。
「じゃあ、遠慮なく。――と、そうだ、ずっと言おうと思ってたんですけど、僕のことも名前で呼んでくださいね。僕も、晃矢さんって呼ばせてもらってるんで」
言えずにいたことをようやく口にすると、一瞬驚いた顔をした晃矢さんは、すぐにいつもの穏やかな表情に戻り、『分かりました。じゃあ、旬之助くんと呼ばせてもらいます』と微笑んだ。
「はい。――あ、そうだ、僕に用って仰ってましたよね?」
思い出して話を振ると、同じように思い出した顔で、持ってきたカバンをゴソゴソと漁りだした晃矢さん。
……?
「実は、これを見てもらおうと思いまして」
そう言いながら晃矢さんがカバンから取り出したのは、丁寧に布に包まれた小さな何か。
「それは?」
「昨日、鍵を探していた際に、蔵で見つけた物なんですけど、何なのかさっぱり分からないんですよ。でも、鍵蔵の中にこうやって大層に布で包まれて置いてあったので、きっと鍵か錠に関係する物だとは思うのですが」
「鍵か錠に関係するもの?」
繰り返して聞くと、晃矢さんは『おそらく』と答えてから、包んでいる布をそっと開いた。すると中から見えたのは、小さな薄い鉄片のような物で、それは、緩やかな曲線を描き、見覚えのある形状をしていた。
「これ……」
花弁の形……。しかも、椿だ。
「やっぱり、錠か鍵に関係するものですか?」
そう言って、手に持っていたそれを差し出して来た晃矢さんに、俺はこくりと頷いた。
「これは、錠の飾りの一部だと思います」
「飾りの一部?」
「はい。うちの初代が造った錠にも同じ椿が施されているので」
開かずの錠の椿、あれとよく似てる。
「そうですか。でも、どうしてうちの鍵蔵にあったんですかね。うちで使用する錠には、こういった装飾は無いんですが」
手のひらの物に視線を落としてそう言った晃矢さんは、小さく首を傾げた。
「もしかして昔、悪鬼祓いをした家の錠に付いていたとかじゃないですか?」
一番考えられるのは、それだよな。――とすると、その家にあった錠も初代の作品だったのかな? けど、椿装飾の錠は、他の錠前鍛冶も作ってるから、初代の物と断定は出来ないか。
「確かに。有り得ますね。でも、そうだとするなら、何故返却せず、うちの鍵蔵に保管していたんでしょう」
更なる晃矢さんの疑問に、俺は返す言葉に詰まってしまった。
確かに、それもそうだ。どうして返さずに保管してたんだろう? しかも、装飾の一部だけ。変だよな?
「謎ですね」
「ええ。でも、錠の飾りの一部だと分かっただけでも、だいぶスッキリしました。やっぱり、旬之助くんに聞きに来て正解でしたね。まぁ、どういう理由でうちに置いてあったのかは分かりませんけど、大事に保管されていたと言うことは、ただの取れた飾りの一部というワケでもないんでしょう。持ち帰って、もとの場所に保管しておきます」
言うと、布で再び椿の花弁片を包み始めた晃矢さん。
「そうですね、僕もその方がいいと思います」
何か、訳ありな物っぽいもんな。
素直に同意を返すと、包んだ物をカバンに仕舞い込んだ晃矢さんは、『それじゃあ、私はそろそろ失礼します』とソファを立った。
「え? もう帰られるんですか? もう少しいろいろ話をしたかったのに」
「私もそうしたいんですが、この後、三件ほど祈祷の予約が入ってるもので」
申し訳なさそうに言った晃矢さんは、『また今度ゆっくり伺います』と付け加えた。
「はい、じゃあ、また今度。と言うか、僕の方から伺うと思います。愚痴を聞いてもらいに」
苦笑交じりに告げると、『じゃあ、お待ちしてます』と、晃矢さんも可笑しそうに笑った。
そうして、帰って行った晃矢さんの背中を見送ってから、作業場で仕事をするべく踵を返すと、直後、左方向から感じた気配と視線。それに反射的に顔を向けると、そこにいたのは腕組をした信長さん。
《何故、渡さなかった?》
「はい? 何をですか?」
《鉄扇と、行光だ》
そう言った信長さんは、じっと俺を見据える。
そっか、分かってるんだ、この人。さっきのが例の神社の神主だって。
「必要ないから渡しませんでした。それだけです。それより、美味しいって評判の店のプリンもらったんですよ。食べませんか?」
《ぷりん?》
「はい。準備しますから座ってください」
作業場の椅子に座るよう信長さんへ促すと、俺は給湯場にある冷蔵庫へと足を向け直した。
あの椿の一片は、いったいどんな理由で大切に保管されていたんだろう?
そんなことを考えながら――。
おわり
〈あとがき〉
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
今回は、蔵の鍵開けでも、ちょっと一風変わった社寺錠にトライした旬之助の話を書かせていただきました。
通常、海老錠、船型錠と呼ばれる社寺錠には、きちんと鍵も鍵穴も存在し、からくり仕掛けになっているものはありませんが、今回は、物語――ということもあり、そうさせてもらいました。
そして、今話で登場したのは、皆さまもよくご存じの第六天魔王、織田信長。彼のキャラも、「稀音堂解錠録」風に、少しアレンジさせてもらいました。
とにかく、人斬り歳さんと、金平糖好きの放火魔な信長さんは、今後、はたして仲良く出来るんでしょうか。
作者にも何とも言えませんが、旬之助が大変になるのだけは間違いなさそうです。
そして、間話「稀音堂解錠録2.5 花ひとひら」ですが、矢伏神社の神職である晃矢が持ってきた〈ある物〉――のお話です。
ここから繋がり広がってゆく様々な部分を、今後楽しんでいただければ嬉しく思います。
それでは、次回「稀音堂解錠録3」で、またお会いしましょう。
仁津木せのん
昨日の解錠の一件と、加えて、俺に用があるとのことで店にやって来た晃矢さんに、詳細を一部始終話して聞かせると、
「いろんな意味で、随分と大変だったんですね。本当にご苦労様でした」
と、しみじみな口調で労いの言葉を向けられた。
「ほんと、いろんな意味で疲れました。と言うか、今も振り回されてクタクタですけど……と、そうだ、これお返しします」
仕事用の巾着から取り出した捕縛の矢をテーブルに置くと、それをそっと手に取った晃矢さんは、『ありがとうございます。それにしても、まさかそんな場所に埋められていたとは』と、捕縛の矢に視線を向けたまま、まるで独り言のように呟いた。
「僕も驚きました。高確率で家の何処かに隠してあると思っていたので。だけど、何であんなところに隠したんですかね?」
疑問に感じていたことを振ってみると、晃矢さんは静かに首を振った。
「さぁ、それは私にも。埋めた本人のみが知ることですね」
埋めた本人のみ――か。
「確かに、そうですね」
短く返してフィナンシェを一口かじると、『ところで』と晃矢さんが俺を見た。
「はい?」
「このままずっと、こちらに置いてさしあげるんですか? 魔王殿は」
え? あぁ……
「いえ、やっぱり成仏してもらうべきだな――とは、思ってます。何しろ、どうしようもなく困った人なもんで。(でも……)」
後の世を見せてあげたいって気持ちも、やっぱりちょっとあるんだよな。
「でも?」
聞き逃さずに聞いていた晃矢さんに、俺は少し口ごもってからその先を告げた。
「自分がいなくなった後の世を見てみたい――って言ったあの人の希望を、叶えてあげたいな……って思いも、少し……」
「後の世を見てみたい――ですか。魔王殿らしい言葉ですね。いいんじゃないですか? 叶えてあげたら」
「へ?」
思いもよらない晃矢さんの言葉に、間の抜けた顔で瞬き返すと、にこりと笑みを向けられた。
「だって、人生を途中で絶たれ、死後は厄介ごとに巻き込まれて、長い間捕縛の矢に縛られていたワケですし。……まぁ、私の想像通り、かなり困ったさんのようではありますけど、愚痴ならいつでも聞きますから、吐き出しに来てくれてもいいですし、呼んでくれても良いですし。それに、どうしようも手が付けられなくなったら、浄化はいつでも出来ますしね」
浄化はいつでも出来る……。確かに、それもそうか。
「はい。じゃあ、もうしばらくは、このままにしておきます。なので、かなり頻繁に愚痴ると思いますけど、うんざりしないでくださいね」
あとで歳さんに、信長さんと仲良くしてもらうよう、お願いしとこう。信長さんにお願いしても、絶対却下されるの間違いないしな。
「大丈夫。そういうのは慣れてますから、心配ご無用です」
きっぱり断言して笑う晃矢さんに、俺も自然と笑みを返していた。
「じゃあ、遠慮なく。――と、そうだ、ずっと言おうと思ってたんですけど、僕のことも名前で呼んでくださいね。僕も、晃矢さんって呼ばせてもらってるんで」
言えずにいたことをようやく口にすると、一瞬驚いた顔をした晃矢さんは、すぐにいつもの穏やかな表情に戻り、『分かりました。じゃあ、旬之助くんと呼ばせてもらいます』と微笑んだ。
「はい。――あ、そうだ、僕に用って仰ってましたよね?」
思い出して話を振ると、同じように思い出した顔で、持ってきたカバンをゴソゴソと漁りだした晃矢さん。
……?
「実は、これを見てもらおうと思いまして」
そう言いながら晃矢さんがカバンから取り出したのは、丁寧に布に包まれた小さな何か。
「それは?」
「昨日、鍵を探していた際に、蔵で見つけた物なんですけど、何なのかさっぱり分からないんですよ。でも、鍵蔵の中にこうやって大層に布で包まれて置いてあったので、きっと鍵か錠に関係する物だとは思うのですが」
「鍵か錠に関係するもの?」
繰り返して聞くと、晃矢さんは『おそらく』と答えてから、包んでいる布をそっと開いた。すると中から見えたのは、小さな薄い鉄片のような物で、それは、緩やかな曲線を描き、見覚えのある形状をしていた。
「これ……」
花弁の形……。しかも、椿だ。
「やっぱり、錠か鍵に関係するものですか?」
そう言って、手に持っていたそれを差し出して来た晃矢さんに、俺はこくりと頷いた。
「これは、錠の飾りの一部だと思います」
「飾りの一部?」
「はい。うちの初代が造った錠にも同じ椿が施されているので」
開かずの錠の椿、あれとよく似てる。
「そうですか。でも、どうしてうちの鍵蔵にあったんですかね。うちで使用する錠には、こういった装飾は無いんですが」
手のひらの物に視線を落としてそう言った晃矢さんは、小さく首を傾げた。
「もしかして昔、悪鬼祓いをした家の錠に付いていたとかじゃないですか?」
一番考えられるのは、それだよな。――とすると、その家にあった錠も初代の作品だったのかな? けど、椿装飾の錠は、他の錠前鍛冶も作ってるから、初代の物と断定は出来ないか。
「確かに。有り得ますね。でも、そうだとするなら、何故返却せず、うちの鍵蔵に保管していたんでしょう」
更なる晃矢さんの疑問に、俺は返す言葉に詰まってしまった。
確かに、それもそうだ。どうして返さずに保管してたんだろう? しかも、装飾の一部だけ。変だよな?
「謎ですね」
「ええ。でも、錠の飾りの一部だと分かっただけでも、だいぶスッキリしました。やっぱり、旬之助くんに聞きに来て正解でしたね。まぁ、どういう理由でうちに置いてあったのかは分かりませんけど、大事に保管されていたと言うことは、ただの取れた飾りの一部というワケでもないんでしょう。持ち帰って、もとの場所に保管しておきます」
言うと、布で再び椿の花弁片を包み始めた晃矢さん。
「そうですね、僕もその方がいいと思います」
何か、訳ありな物っぽいもんな。
素直に同意を返すと、包んだ物をカバンに仕舞い込んだ晃矢さんは、『それじゃあ、私はそろそろ失礼します』とソファを立った。
「え? もう帰られるんですか? もう少しいろいろ話をしたかったのに」
「私もそうしたいんですが、この後、三件ほど祈祷の予約が入ってるもので」
申し訳なさそうに言った晃矢さんは、『また今度ゆっくり伺います』と付け加えた。
「はい、じゃあ、また今度。と言うか、僕の方から伺うと思います。愚痴を聞いてもらいに」
苦笑交じりに告げると、『じゃあ、お待ちしてます』と、晃矢さんも可笑しそうに笑った。
そうして、帰って行った晃矢さんの背中を見送ってから、作業場で仕事をするべく踵を返すと、直後、左方向から感じた気配と視線。それに反射的に顔を向けると、そこにいたのは腕組をした信長さん。
《何故、渡さなかった?》
「はい? 何をですか?」
《鉄扇と、行光だ》
そう言った信長さんは、じっと俺を見据える。
そっか、分かってるんだ、この人。さっきのが例の神社の神主だって。
「必要ないから渡しませんでした。それだけです。それより、美味しいって評判の店のプリンもらったんですよ。食べませんか?」
《ぷりん?》
「はい。準備しますから座ってください」
作業場の椅子に座るよう信長さんへ促すと、俺は給湯場にある冷蔵庫へと足を向け直した。
あの椿の一片は、いったいどんな理由で大切に保管されていたんだろう?
そんなことを考えながら――。
おわり
〈あとがき〉
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
今回は、蔵の鍵開けでも、ちょっと一風変わった社寺錠にトライした旬之助の話を書かせていただきました。
通常、海老錠、船型錠と呼ばれる社寺錠には、きちんと鍵も鍵穴も存在し、からくり仕掛けになっているものはありませんが、今回は、物語――ということもあり、そうさせてもらいました。
そして、今話で登場したのは、皆さまもよくご存じの第六天魔王、織田信長。彼のキャラも、「稀音堂解錠録」風に、少しアレンジさせてもらいました。
とにかく、人斬り歳さんと、金平糖好きの放火魔な信長さんは、今後、はたして仲良く出来るんでしょうか。
作者にも何とも言えませんが、旬之助が大変になるのだけは間違いなさそうです。
そして、間話「稀音堂解錠録2.5 花ひとひら」ですが、矢伏神社の神職である晃矢が持ってきた〈ある物〉――のお話です。
ここから繋がり広がってゆく様々な部分を、今後楽しんでいただければ嬉しく思います。
それでは、次回「稀音堂解錠録3」で、またお会いしましょう。
仁津木せのん