第14話

文字数 3,477文字


Blood snow 巻の3


煌々と輝く月の下、河辺に川中の姿があった。

川中は河岸に腰を下ろして
月明かりにキラキラ煌めく水面を見つめ思っていた

『榊、お前?怖くないのか?俺は・・・・。』

川中の脳裏に、あの悲惨な脊振山での戦いの記憶が甦る

『怖くねぇって言ったら嘘になるけれどよ、てめえで選んだ道だろ?だから俺は後悔なんざしてねぇよ』

『俺は怖かった・・・』


川中は両手で顔を覆い、小さな声で吐き捨てる「畜生!なんで志願なんざしちまったんだ!」

『せっかく生き残れたのに・・・。』



ーーしっかり生きろーー



管理棟に数人の民間人が入ってくる

彼らは、菅野大尉と西野秘書官に「さっさとこの場を離れて移動するよう要求する」

菅野も西野も、またいつ敵の襲撃に遭うか?わからない状態であることは、わかってはいる

民間人の要求に応えたいし
この場から移動する事には
菅野自身も賛成だった。

ただ、今日の戦闘で、さらに負傷者が増え
その負傷者達を移動させる労力が足らなくなっていたことに菅野は、頭を悩ませていた

民間人に多数の負傷者もいる
そんな状況下
西野は、"残酷な決断"をしなければならない状態になっていた。


西野は、部下に指示し明朝に、此処を離れることを民間人に伝えてくるよう命令する

だが、管理棟に来ていた民間人達は、今すぐ移動するよう西野に詰め寄り

今日、敵に襲われた責任は、菅野達にあるとまで言う

菅野は黙っていたが、菅野の部下のひとりが民間人と言い争いになり
騒ぎが聞こえた、三崎軍医と稲葉軍医が奥から姿をあらわす

何の騒ぎなのかを菅野に聞く
菅野は経緯を説明して、三崎軍医達に聞く
「何名、負傷者の中で自力で歩行出来るのか?」と
二人は「そんなに多くは居ない、むしろ動けない人間が大半で、動かしたら命の保証のない者も居る」と答える

菅野は、動ける正解な人数を教えて欲しいと三崎軍医に言う
菅野の顔に全てを悟った三崎軍医は、軍人が4名、民間人は軽傷者ばかりで移動に支障はないと答える
ただし、彼は無理だわと稲葉軍医は水澤の傷の状況を菅野に伝える

菅野は少し眉をひそめ
そうか、わかったと言って
部下と民間人の間に割って入り
「自力歩行の出来る負傷者と共に、すぐに移動する」と言う

その言葉を聞いて、赤坂と森下が飛び出してくる
「水澤さんは?水澤さんは、どうするつもりですか!」
菅野大尉は「誠に申し訳ないが、連れては行けない」そう言って頭を下げる

「そんな・・・どうしてですか!」

現在の状況と、負傷者の搬送する労力がないことを
二人に説明する

「じゃあ、私が水澤さんを背負ってでも連れて行きます!」

「さっきも言ったが、一夜を越せる保証もないし、例え越せたとしても
あの怪我の状態では、動かせない・・・」

「だからって、置いてなんて行けません!」

「・・・・すまない。
あの状態では、もう・・・助かる見込みは・・・ない。」

赤坂と三崎軍医のやり取りを遮るように民間人の誰かが言った

軍人でもない癖に、格好つけて闘ったりするからいけないんだろ?
大人しくしてたら良かったんだよ!

それを聞いて、赤坂は
その発言をした人物を睨み付けながら近づく

パシッ!と乾いた音が鳴る

赤坂は相手の頬を叩き睨みながら

「水澤さんが闘ってくれたから、敵をやっつけてくれたから・・・あんただって生きてられたんじゃない!」

その人物は頬をさすりながら
闘ってくれと、頼んだわけではないだろう
勝手に闘って、勝手に死にかけてるヤツなど知ったことじゃないと言う

菅野は、赤坂と民間人の間に割って入り
もうやめろ!と言い二人を離れさせる







「また揉めてやがるのかよ?」

奥の方から水澤の声がする

赤坂と森下は、すぐに水川の所に行く

「水澤さん!大丈夫?」

「うるさくて寝れねぇよ!静にしてくれ!」

「だって・・・水澤さんを置いて行くなんて言うから・・・」涙声になりながら赤坂は水澤のベッドの傍に寄る

そこに三崎軍医が入って来て、水川の顔を見る

「軍医さん!大丈夫ですよね!水澤さん目を覚ましたんだから」

「だが、動かせないことに変わりはない」

「でしたら、私が傍に残ります」

「残って何が出来ると言うわけ?」

「だって・・・置いてなんて行けない」
そう言い森下はその場に泣き崩れた

状況を把握した水澤は赤坂の腕を引っ張り近寄るように言う

そして、赤坂の顔を自分の近くに寄せ
「安莉さん、まりあさん
無駄にするな、せっかく拾った命だ、しっかり生きろ」

「水澤さんも、しっかり生きてください」

「軍医!二人を頼んだぞ」

先ほどの、赤坂の怒鳴り声を聞きつけて管理棟に来た榊と川中は菅野大尉に言われて水澤の居る部屋に入って来ていた

「俺が、水澤さん背負ってでも連れいく」

「バカ言ってんじゃねぇよ!解れよ少しは・・・榊・・・」

榊は三崎軍医の方を見る

三崎軍医は、榊に、水澤を動かしたら命の保証はないことを告げる

「ふざけんなよ!お前医者だろうが!しっかり処置しやがれ!」

「医者だからこそ、わかることがある・・・」

その言葉に言い返すことが出来ずに立ち尽くす

「俺に構うな、どうせ"病気"で死んでたかもしれない命だ
今ここで終わったとしても、惜しくねぇよ!」

「水澤さん・・・そんなこと言わないで・・・」

「安莉さん、もう一度だけ言う・・・
せっかく拾った命なんだ無駄にするな、しっかり生きろ!」




自分を置いて行けと言う水澤の言葉に
赤坂と森下は何度も大きく首を横に振り、嫌だ絶対に一緒に行くと言って泣きじゃくる
全てを見ていた
西野秘書官は、優しく語りかける

「みんな同じ気持ちよ
だけど、"状況がそれを許さない"時もある
残念だけれど今がその時なの、三崎軍医も稲葉軍医も医者としても、1人の人間としても
本当は悔しいけれど、どうにもしてやれない状況なの
本当に申し訳ないけれど、許してあげて」

西野秘書官は涙声になりながらも、をしっかりと二人を見つめて言うと

次は部屋の中に居る負傷者達に言う

「申し訳ないけれど、自力で歩行出来る者以外、この日を持って治療を・・・終了いたします。」

西野は、そう言うと土下座して泣いた
同じ言葉をもう一度、三崎と稲葉両軍医は言い

治療の終了を告げる


ーー明確な意思ーー


榊と川中は、二人の肩を抱き部屋から連れ出そうとする
その腕を振り払い
水澤の元に戻ろうとする
榊と川中は、無言で互いに頷き
二人を強く引っ張り連れて出て行く

離して欲しいと泣きながら言う、二人の声を無視して言う

「あの人が自分の命をかけてまで誰かを守ろうする気持ちをわかってやれ!」

「守って欲しいって言ったことなんかない・・・私は・・・ただ、水澤さんに生きて欲しいだけです!」

「あの人はなぁ、頼まれようが、そうじゃなかろうが関係ねぇんだ、二人があの人に生きて欲しいと思うのと同じように、あの人も、二人に生きて欲しいから、あんな風になってまで闘ったんだよ。
あの人が救ってくれた命を無駄にするなよ」

「お二人は、それで良いの?このまま置いて行っても良いわけなの?」

「それが、あの人の明確な意思なら仕方ない・・・」

「榊さんと川中さんは軍人でしょう!民間の人を見捨てて行けるなんて見損ないました!」

「俺達だって良いと思っていねぇよ!
俺だって、出来るなら連れて行きてぇよ!だけど軍医が言ってたろ、動かしたら命の保証はねぇって・・・俺に、どうしろってんだよ!あの人を見捨てず、二人を、そして他の民間人を守るなんて器用な真似出来るわけねぇ~だろ!」

榊の言葉に、赤坂も森下も何も言えなかった
ただ、この二人も自分達と同じ気持ちなんだと言うことだけは理解していた。





結局、赤坂達は菅野大尉の指示に従い、荷物をまとめ
夜陰に紛れてキャンプ場を脱出した。


ーー終わりへの始まりーー


管理棟に残された、自力歩行の困難な負傷者たちは
口々に怨み言を言う

仕方ないことだとは言っても、あまりにも残酷な決断だったことに変わりはない

ぐちゃぐちゃ言う負傷者達に、水澤はうんざりした表情をしながら
自身のかたわらに置かれているライフルを見つめていた。


『さようなら、安莉さん、まりあさん』













ガウン!!









乾いた空気を引き裂くように一発の銃声が空へと吸い込まれてゆく










その空から、ひらりひらりと雪が舞い降りる





西野詩音は自身の手のひらに舞い降る雪が溶けて消えて逝くのを見つめていた。





真っ白な無垢な殺意



いずれ、この雪を深紅に染める日が来ることを予感しながら。





THE LAST STORY>Four-leaf clover<

第七話 Light and Shadowへと

 ̄ ̄つづく__

※この物語はフィクションです。登場する人物、団体は実際の人物、団体とは何ら関係ありません。

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登場人物紹介

赤坂安莉

森下まりあ

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