第16話

文字数 3,036文字

私は世界を忘れ 遠く離れた誰かを想う
そう言えば 始まりは終わりの始まりのはずで

今、舞う雪に埋もれて 最愛も憎しみも埋めた場所で
必ずを誓う 誰かが鳴らす鐘の音が聞こえた

消え失せてゆく 足跡をなぞる
この手から零れる 砂のような願いは
初めから何もなかったかのように。

壊れた時計のように まだあの時から止まったままの
私の思い出は....。



THE LAST STORY>Four-leaf clover<

第七話 Light and Shadow


月明かりが木々隙間から射し込む

重苦しい沈黙だけが続く

森下まりあは赤坂安莉の様子を気にしながら歩く
安莉は黙ったまま立ち止まり少しずれ落ちそうな荷物を背負いなおす

近くにいた川中陽二が代わりに持とうかと言うが首を振って何も言わず歩き始める

まりあは、こんな時..何と言葉をかけてあげたら良いのか? わからず黙って歩き始め心の中で思っていた

なんで..こんなことに..こんな思いをしなくちゃいけないのだろう?
私達が何をしたって言うの?





誰ひとり口を開くことなく黙々と月明かりに照らされた宛もない逃避行を続ける

どれ程歩き どれ程時間が経っただろうか ひょっとしたら
そんなに遠くに来てなければ そんなに時間が経っていないのかも知れないし
あの場所から遠く離れ かなり時間が経ったようにも感じる


ガウーン!



と銃声が聞こえた気がして安莉は立ち止まり振りかえる

さらに、もう一発

はっきりとわかる音で背中の方角...水澤の居る方角から銃声が鳴り響く



その音に西野詩音秘書官も同じように振りかえり

榊淳也が川中の側により二人は かすかに聞こえるそれに耳をすます

北韓製のAK(アサルトライフル)の音に日本製のMA18(制圧用突撃銃)の銃声が混じっている

MAは別れ際に三崎軍医が水澤に渡したモノだ

まさか!!と、とっさに稲葉華凛軍医と三崎希望軍医は思った
しかし、水澤はかなりの重症で戦えるはずもないはず

そう戦えるはずもないはずの人間が最期の戦に望んでいるのか?

MA独特の低い唸りが断末魔のように聞こえ耳を覆いたくなる衝動を抑えながら
西野以下軍人達は頬を濡らしながら静に敬礼を贈る

退くも進むも出来ない場所にただ1人の人間が最期の戦いをしていること
その理由は、自分たちを守り そして少しでも長く敵を足止めし 遠くへ逃がすこと...

水澤ならそうするだろうと川中や榊は思った


西野詩音は「...まさか...」そう呟き自身も音のする方角に深々と頭を下げ嗚咽を押し殺して体を震わせている

稲葉、三崎軍医は医者として最期まで予後を見守ることも出来なかった自身の不甲斐なさと そうせざるを得なかった戦争の不条理を感じながら....泣いていた。



風に乗りかすかに聞こえる銃声は この逃避行中に何度も経験して来たことだったけれど赤坂安莉は

「うそでしょ...」

それは声にならない声

安莉はまりあと抱きしめあい

その場に泣き崩れた






そして、自身の意思とは関係なく体が反応し涙で滲む視界の先、音の鳴る方へと安莉は走り出していた

「安莉ちゃん!!

突然立ち上がり走って行こうとする安莉を
まりあはとっさに手を伸ばし捕まえる

「離して!!離してよ!!このままじゃこのままじゃ...」
泣きながらまりあの手を振りほどこうとする

「安莉ちゃん...」

それ以上は言葉にはならなかったけれど
まりあは安莉の気持ちを察していたし自身も同じ気持ちだった...



どうにか行こうとする安莉と、それを止めようとする
まりあの様子に気づいた
三崎軍医は安莉に近づき...


〔バシッ〕と乾いた音がなる


「痛っい...」

「いい加減になさい!」

もう一度 乾いた音がなり

涙目のままで、安莉を睨みつけ三崎軍医は言う

「どんな思いで 彼がそうしたか..そうしてるか?わかってないの?
別れ際に言われただろう..せっかく助かった命なんだから大事にしろと..しっかり生きろと..」

安莉は、それは水澤だって同じだと言い軍医なら医者なら助けるべき命だと激しく言う
三崎軍医は状況がそれを許さない場合もあるし、もし許されていたなら見捨てるような真似などはしないと
安莉の両肩を強く掴み震えながら言う

二人のやり取りをただ見ているしか出来ない自身への憤りのような感情を感じた刹那...川中と榊は走り出す

「川中、榊!やめたまえ!!行くだけ無駄だ!命令だ!行くな!」

その声を背に受けながら振り返りも立ち止まりもせず言う榊は言う

「菅野教官、今日まで本当お世話になりました!俺は俺達は...
今ここで行かなかったら 何の為に軍に志願したかわからねぇ..」
続け様に川中は言う
「俺はもう..同じ思いはしたくねぇし!あの人を見捨てて生き延びましたなんて恥ずかしくて言えねぇよ!
例え無駄でも何でもいい!死のうが生きようが!そんなもん..もう関係ねぇよ!!

川中の胸に熱い何かが沸き起こる

水澤は「こんな時世に志願しただけでも凄いし、戦えるのなら、尚更に凄いこと」だと水澤が褒めてくれたことが嬉しかった

「榊、お前は足をやられてんだから、お前は残れ」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ!こんぐれえの傷ぐらい
どうってことねぇよ!」

【あの人の傷に比べたら...】



様々な思いと感情に突き動かされ二人は音の方角に向かって突き進む

【水澤さん、絶対に生きてろよ!今度は俺達が、あんたを助けるからな!】


雲で月明かりが消え 嗚咽と静寂 風に乗る銃声
荒ぶる感情と哀しみが濡らす頬
それぞれの想いと感情を貫く狂気の夜が明けようとしていた。





二人は暗く沈む山道を 一心不乱に駆ける
まるで脊振山陣地攻防戦の頃のように駆け続ける
あの頃と違うのは敵から逃げて駆けていることではなく 敵に立ち向かう為に駆けていることと
同じように中途半端な訓練兵のまま戦場に駆り出された同期の戦友達が、ひとりまたひとりと倒れていった悲壮感はなく
ただ水澤を助ける為に必死に駆け続けていること...

雲に隠れていた月が再び顔を出し辺りを照らし始める

地を這う無数の何かに気付き二人は身構える




乱立する木々の影に身を潜め
地をうごめく何かをじっと見つめる
その何かが人であることはわかっているが敵か味方か判別が出来ない
二人は意を決して飛びだす!






「..!! おまえら..どうして...」








地を這う何かはあの場(キャンプ場に置き去られたはずの者達だった

包帯を土と血に染めて這ってまで生きようとする人の強さなのか
死を拒む人の弱さなのかは わからないが、その弱さもまた強さなのかも知れない




榊はひとりの男に水澤のことを問う
男は地を這い上がり怪我の痛みに苦悶の表情を浮かべたまま後方を指差し言う

その話に二人は絶句したと同時に男に礼を言い


「川中、悪いが..この事を菅野教官達に伝えに戻ってくれ」

「お前1人で行くな!俺達も行く!」

「そんなことは、わかってんよ!
ただ、この足じゃ登りはキツイってわけだからよ
川中..頼むわ..」

「わかった!だけど、絶対に1人で突っ込むんじゃねぇぞ!俺が菅野さん達連れて戻るまで、ここに居ろ。」

榊は少し笑みを浮かべ

「わかってんよ!」

そう言い、川中に早く戻るように言う

川中は頷き、来た山道を駆け登る


その背中を見送りながら榊は

『川中..悪りぃ..あとは頼んだ..』

そう心の中で言い

負傷者達に「ここで待っていろ」と言い

再び山を駆け下る









第八話 An excuse for tears へ

 ̄ ̄つづく__


※この物語はフィクションです。登場する人物、団体は実際の人物、団体とは何ら関係ありません。


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登場人物紹介

赤坂安莉

森下まりあ

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