鬼休祠の殺人
文字数 2,318文字
鬼休祠と名乗るくらいだから、なにか祭壇のようなものを祀ってあるのかと思いきや、遠くから見ればただの洞穴だった。私が拍子抜けしたような顔になったので、畑山さんがその様子を見て笑い出した。
「あははは。鬼石さん、なんて顔をしてるんです」
「これが祠なのかい? 随分と簡素な造りをしてるじゃないか。私は鬼の神様でも祀ってあるのかと思ったよ」
「祠とは言ってますが、何も祀られていませんよ。戦国時代は武士の隠れ家として使用されていたと噂されていますが、それもどうだか信憑性 がありません。私たちから見れば単なる洞穴だし、鬼よりも熊が住んでいそうですね」
第一、第二の殺人が全て「鬼の伝説」に関わる場所で死体が発見されたため、今回も同じだと期待したが、どうやら肩透かしを喰らったらしい。畑山さんの言う通り、この場所には熊が住んでいそうで、探索するのは少し危険を伴うように思われる。
「仕方がない、引き返しま……」
「あっ鬼石さん、これ何でしょうか?」
畑山さんが泥濘 に人の足跡を見つけたため、私を呼び止めた。腰を屈めて見てみると、足跡は最近付けられたようで、まだ新しい様子だった。
「誰かここにいるのでしょうか?」
「畑山さん、ちょっと尾形さんを呼びに行ってくれないかな」
「えっ、もしかして……」
「うん、この中に誰か隠れている可能性がある。応援が来るまで私が見張っているから」
「わ、分かりました!」
私は岩の影に身を潜めて、洞穴の様子を伺いながら尾形さんを待った。四十分後、息を切らした尾形さんと捜査員の何人かが、山道を登ってやって来た。
「浩さん、なにか見つけたのか!」
「しーっ、声が大きいです」
私は人差し指を立て唇にあてた。
「こ、これは失敬。ちょっと興奮したものだから」
「……あそこを見てください」
私は洞穴を指差した。尾形さんは私の指差した方向を見ると、その先に鬼休祠のある洞穴を確認した。
「こんな所に洞穴が存在していたとは……」
「洞穴に向かう途中、地面の泥濘に新しい足跡を見つけました」
「足跡を?」
「おそらく、この洞穴に誰か潜んでいます。あの足跡は、三条家使用人の三平さんの可能性が高いです」
尾形さんは驚いた表情で私を見た。
「どうして分かるんだ?」
「義人さんの履いていた靴を見たのですが、なかなか高級そうな靴でした。でも、あの泥濘に付いた足跡は草鞋だと思うのです。少なくとも義人さんが履くような代物じゃない。それに、次平さんのお家に伺った時、草鞋が何足か置いてあったのです」
「な、なるほど」
「畑山さん、ちょっと教えてくれないかな」
私は畑山さんを呼ぶと、洞穴の中がどういう構造になっているか尋ねた。
「中は真っ暗なので、明かりは絶対に必要ですよ。松明 とか用意しておいた方が良いと思います」
「尾形さん、用意できますか?」
「もちろんだ、すぐに用意させよう」
尾形さんは傍にいた捜査員を呼ぶと、駐在所に戻って松明を持ってくるように指示を出した。四十分後、探索する用意が整い、先頭を尾形さんにして洞窟の中へと進み始めた。
(確かに真っ暗だな……)
洞穴の中に入ると、私はあまりに暗さに溜息を吐いた。隠れている相手に気付かれないように歩きたいが、こうも暗くては泥濘に足を取られる危険性がある。転んで大きな音を立てれば、ここに潜んでいる人物は、私たちが来たことをすぐに察知するだろう。
――最初に出会った時が勝負である。
私と尾形さんは緊張の面持ちで歩き続けたが、やがて狭い通路から八畳ほどの開けた場所へと辿り着いた。
私は松明で辺りを照らすと、目の前に奇妙なオブジェのようなものが見えた。目を凝らして暗闇の先を見ようとしたが、洞窟内に霧のような靄 が立ち込めていて、容易に確認することができない。
「尾形さん、あれは何でしょう? 人の彫刻のようにも見えますが」
「よく見えないな……もう少し近付いてみようか」
私と尾形さんは恐る恐る近付いてみた。松明を前に傾けて照らすことで、ようやくオブジェの正体を確認できた時、私と尾形さんは思わず叫び声を上げた。
「う、うわっ!」
「こ、こいつはっ!」
そこには、巨大な木の杭に串刺しになった義人の変わり果てた姿があった。腹部に杭が突き刺さり、頭上に吊り上げられた死体は、こちらを恨みがましい目で睨み付けていた。
「うぎゃあああ!」
その時、部屋の奥から叫び声が聞こえた。
「誰の声ですか?」
「あっ、あそこに人がいるぞ!」
尾形さんが指差した方向に、服の汚れた青年が一人立っていた。
「あれは……堀田三平だ!」
「おいっ、捕まえるぞ!」
見ると三平は腰を抜かしながら、フラフラとした足取りで私たちから逃げようとした。
しかし無駄な抵抗であることは明白で、すぐに捜査員の一人が彼を取り押さえた。
「逮捕だ、堀田三平!」
「ち、違うっ! 俺じゃない」
尾形さんは手錠を取り出して、三平の手首に嵌めた。
「俺は殺してなんかないっ! これは……これは何かの間違いだっ!」
「……言い分は後で聞こう。大人しく警察署まで来るんだっ!」
尾形さんは三平を一喝した。
私は外に連れ去られる三平の背中を見ながら、胸が騒ぐような奇妙な感覚に襲われた。
(……堀田三平が犯人ではない)
この状況の中、何故か確信のようなものが私にはあった。おそらく、三平は第一容疑者として取り調べを受けることになるだろう。しかし、言いようのない違和感がシコリとして残るのだ。
(このままでは間違った結末を迎えてしまう)
私は死んだ義人と目を合わせた。死人に口なし……とはよく言ったものだが、私は無理にでも口をこじ開けて、この事件の首謀者を吐かせてみたい衝動に駆られた。
犯人特定へ至るヒント:84%
「あははは。鬼石さん、なんて顔をしてるんです」
「これが祠なのかい? 随分と簡素な造りをしてるじゃないか。私は鬼の神様でも祀ってあるのかと思ったよ」
「祠とは言ってますが、何も祀られていませんよ。戦国時代は武士の隠れ家として使用されていたと噂されていますが、それもどうだか
第一、第二の殺人が全て「鬼の伝説」に関わる場所で死体が発見されたため、今回も同じだと期待したが、どうやら肩透かしを喰らったらしい。畑山さんの言う通り、この場所には熊が住んでいそうで、探索するのは少し危険を伴うように思われる。
「仕方がない、引き返しま……」
「あっ鬼石さん、これ何でしょうか?」
畑山さんが
「誰かここにいるのでしょうか?」
「畑山さん、ちょっと尾形さんを呼びに行ってくれないかな」
「えっ、もしかして……」
「うん、この中に誰か隠れている可能性がある。応援が来るまで私が見張っているから」
「わ、分かりました!」
私は岩の影に身を潜めて、洞穴の様子を伺いながら尾形さんを待った。四十分後、息を切らした尾形さんと捜査員の何人かが、山道を登ってやって来た。
「浩さん、なにか見つけたのか!」
「しーっ、声が大きいです」
私は人差し指を立て唇にあてた。
「こ、これは失敬。ちょっと興奮したものだから」
「……あそこを見てください」
私は洞穴を指差した。尾形さんは私の指差した方向を見ると、その先に鬼休祠のある洞穴を確認した。
「こんな所に洞穴が存在していたとは……」
「洞穴に向かう途中、地面の泥濘に新しい足跡を見つけました」
「足跡を?」
「おそらく、この洞穴に誰か潜んでいます。あの足跡は、三条家使用人の三平さんの可能性が高いです」
尾形さんは驚いた表情で私を見た。
「どうして分かるんだ?」
「義人さんの履いていた靴を見たのですが、なかなか高級そうな靴でした。でも、あの泥濘に付いた足跡は草鞋だと思うのです。少なくとも義人さんが履くような代物じゃない。それに、次平さんのお家に伺った時、草鞋が何足か置いてあったのです」
「な、なるほど」
「畑山さん、ちょっと教えてくれないかな」
私は畑山さんを呼ぶと、洞穴の中がどういう構造になっているか尋ねた。
「中は真っ暗なので、明かりは絶対に必要ですよ。
「尾形さん、用意できますか?」
「もちろんだ、すぐに用意させよう」
尾形さんは傍にいた捜査員を呼ぶと、駐在所に戻って松明を持ってくるように指示を出した。四十分後、探索する用意が整い、先頭を尾形さんにして洞窟の中へと進み始めた。
(確かに真っ暗だな……)
洞穴の中に入ると、私はあまりに暗さに溜息を吐いた。隠れている相手に気付かれないように歩きたいが、こうも暗くては泥濘に足を取られる危険性がある。転んで大きな音を立てれば、ここに潜んでいる人物は、私たちが来たことをすぐに察知するだろう。
――最初に出会った時が勝負である。
私と尾形さんは緊張の面持ちで歩き続けたが、やがて狭い通路から八畳ほどの開けた場所へと辿り着いた。
私は松明で辺りを照らすと、目の前に奇妙なオブジェのようなものが見えた。目を凝らして暗闇の先を見ようとしたが、洞窟内に霧のような
「尾形さん、あれは何でしょう? 人の彫刻のようにも見えますが」
「よく見えないな……もう少し近付いてみようか」
私と尾形さんは恐る恐る近付いてみた。松明を前に傾けて照らすことで、ようやくオブジェの正体を確認できた時、私と尾形さんは思わず叫び声を上げた。
「う、うわっ!」
「こ、こいつはっ!」
そこには、巨大な木の杭に串刺しになった義人の変わり果てた姿があった。腹部に杭が突き刺さり、頭上に吊り上げられた死体は、こちらを恨みがましい目で睨み付けていた。
「うぎゃあああ!」
その時、部屋の奥から叫び声が聞こえた。
「誰の声ですか?」
「あっ、あそこに人がいるぞ!」
尾形さんが指差した方向に、服の汚れた青年が一人立っていた。
「あれは……堀田三平だ!」
「おいっ、捕まえるぞ!」
見ると三平は腰を抜かしながら、フラフラとした足取りで私たちから逃げようとした。
しかし無駄な抵抗であることは明白で、すぐに捜査員の一人が彼を取り押さえた。
「逮捕だ、堀田三平!」
「ち、違うっ! 俺じゃない」
尾形さんは手錠を取り出して、三平の手首に嵌めた。
「俺は殺してなんかないっ! これは……これは何かの間違いだっ!」
「……言い分は後で聞こう。大人しく警察署まで来るんだっ!」
尾形さんは三平を一喝した。
私は外に連れ去られる三平の背中を見ながら、胸が騒ぐような奇妙な感覚に襲われた。
(……堀田三平が犯人ではない)
この状況の中、何故か確信のようなものが私にはあった。おそらく、三平は第一容疑者として取り調べを受けることになるだろう。しかし、言いようのない違和感がシコリとして残るのだ。
(このままでは間違った結末を迎えてしまう)
私は死んだ義人と目を合わせた。死人に口なし……とはよく言ったものだが、私は無理にでも口をこじ開けて、この事件の首謀者を吐かせてみたい衝動に駆られた。
犯人特定へ至るヒント:84%