朱点童子 ~急~

文字数 1,144文字

 私は慌てながら彼の服の袖を掴み、必死に頼み込んだ。

「わ、分かった! 私が想定していた犯人を言うから、あなたの話を聞かせてくれ」

 青年は冷ややかな目で私を見ると、「離してください」と低い声で一喝した。

 私は掴んでいた手を離し、青年にもう一度椅子に座るよう懇願した。

「間違っているかもしれないが……私が考えた物語の結末を話します。結末と犯人を教えれば満足するのか?」

「はい、ぜひお願いしたいですね」

「……分かった。では聞いてくれ」

 私は青年に、物語の結末を話し始めた。

 彼と出会ってからどれくらいの時間が経ったのだろうか?

 すでに日は沈み、部屋の中は頼りない電灯の明かりがユラユラと床を照らしている。

 その時間の流れの中、私と青年の二人だけが別の世界へ旅立っていた。

 夢中で喋り続けていた私は、気が付くと結末と犯人の名前を口にしていた。

 ――パチパチパチ。

 青年は物語の結末を聞くと、優しい微笑みを浮かべながら私に向かって力なく拍手した。

「素晴らしい、あの物語を良くぞ完成させたものだ」

 ――私は青年の明るい表情を見た時、少しだけ勝利を確信した。

「では、私の予想は間違いではないのか?」

 私は心臓の鼓動が高まり、青年の返答を待ち続けた。

 だんだん鼓動が速くなっていることが分かる。

 そこまで興奮している自分が可笑しく思えたが、次第に体の異変を感じ始めた。

 視界が霞み、足に力が入らないことに気が付き、突然眩暈が襲ってきたのだ。

(なんだ……これは!?

 私は悪夢でも見ているのかと思った。

 目の前には天使のような美しい青年、無機質な椅子が二つ、小さな部屋には不釣り合いな異様に大きい窓、そして……意識が遠のいてゆく自分。

 私はそのまま床に倒れた。

 暗闇に包まれてゆく視界の先に、こちらをジッと見つめる青年の姿が見える。

 何か私の耳元で囁いているが、その言葉を理解することはできなかった。

(毒を盛られたのか……?)

 国のために戦争に駆り出され、死地の中を何度も彷徨いながら、今の今まで私は必死で生き延びてきた。

 戦後は頼るアテもなく、空腹を満たすために泥さえも口にしたことがある。

 その私が、何故このような死に方をしなければならないのか。

 私は泣いていたのか、頬に温かい感触が伝わった。

 全身が麻痺した体でも、涙の温かさだけは明瞭(はっきり)と感じ取ることができた。

「……泣いているのですか?」

 ほとんど耳が聞こえないはずなのに、何故か青年の言葉だけが頭の中で響く。

「死ぬのは怖いですか?」

 また青年の言葉が頭の中で響いた。

 遠くで微かにクスクスと笑い声が聞こえたような気がする。

 私は呻き声を上げながら、口から大量の血を吐き出してそのまま絶命した。

※物語『朱点童子』の原作者、執筆意図、書かれた時期:不明
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