第5話

文字数 879文字

 二人は、広い空の下を少しの沈黙と会話を連れ歩いた。駅前から少し離れた公園で彼女は止まった。休日だったからだろう、人はそこそこ居た。この公園は一般的な子供が遊ぶ公園ではなく、カップルが散歩したり、春になったらお花見したりといった、大人の集う所だった。
 彼女はベンチに荷物を下ろすとカチャカチャとカメラを動かしながら俺に言った。
「空を撮るんです。」
「おおっ。いいですね。」
「私、昔から空を撮るのが好きで。一つも同じ表情じゃないから、飽きないんです。」
彼女は斜め上にカメラを構え、パシャリと広大な空を撮った。
 俺はベンチに座っていたが、スッと立ち上がり、彼女のもとに駆け寄った。
「見せてください。」
「はい。喜んで。」
彼女の肩越しに覗き込んだ。それは美しかった。澄んだ青と、夏特有の少しモコモコした雲の白が綺麗に画角におさまっていた。
「綺麗ですね。今日はいい青空です。」
「はい。本当に。」
 ふと、二人は自らの距離が近くなっていることに気づき、一歩退いた。ふわりと柔らかく甘い髪の香りが俺の鼻をかすめた。彼女は顔を赤くして、小さく謝罪した。俺と彼女は日に日に恋情が増していることに気付かない訳がなかった。
 それから、公園を散策して、先程のベンチで座った。上の方で木が、風でザラザラと鳴いていた。隙間から見える青を俺はじっと捉えた。彼女は荷物から水筒を取り出し、トクトクと水を飲んだ。
「空を見上げたの、本当に久しぶりです。」
「なかなか見上げませんよね。」
「はい。なんか、やっぱり、いいですね。」
ふふっ、と彼女は笑った。
「良かったです。そう言っていただけて。」
少しの間を空けて、彼女はこう言った。
「よろしければ、また一緒に来ませんか。」
胸が高鳴った。ぜひまたご一緒したいと俺は応えた。
「つまらなく無かったですか。」
「とんでもない。とても、楽しかったです。」
二人は微笑み合い、ゆっくりと立ち上がった。
 その後、いつもの喫茶店でお茶をして、空が橙に移りゆく頃、別れた。帰った後も、俺はずっと彼女のことを考えていた。段々と増して濃くなる感情を、戸惑いながらじっと見つめていた。
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登場人物紹介

喫茶店の店主

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