第1話

文字数 530文字

 俺は、運命が幸福につながることを疑っていなかった。それが明るく尊いものだと信じていたほど、俺は愚かで単純で中身のない人間だった。死を目前にして、初めて運命の残酷さを知ったのだ。
 来世を信じるかと言われれば迷わず首を振るだろう。あの世を信じるかと言われても首を振る。噛み砕いて言えば、来世もあの世も無いことを信じ、願い、祈っているのだ。このまま静かに消えて逝くことをひたすらに懇願している。
 後悔はある。焦りはない。ただ、空が青いことに久しい感動を覚えている。この世から逝くとき何を考えるのが正しくあれるのか気にはなるが、もうそれを考えることもできないほど、俺は死に近づいていた。
 思えば、始めは平凡な人生だった。普通とは何だと問われても答えられるほど賢くないが、所謂普通の中でぬくぬくと生き、普通に死ぬだろうと心の何処かで常日頃から感じていた。添い遂げる女と看取ってくれる子供がいれば儲け物、なんてことも考えていた。
 子どもの頃は沢山恋を知ったものだったが、大人になったら、しばらくそれに出会わなくなった。しかし、恋の無い日常も俺は愛しく思っていた。友人にも恵まれ、同僚にも恵まれていた。人との縁が絶望とともにあったのは奇しくも、この恋愛が最初で最後だった。
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登場人物紹介

喫茶店の店主

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