43. 対管理者向け決戦兵器

文字数 2,315文字

 景色は満天の星々から一気に雲を抜け、森を超え、ゴブリンの草原へと変わり、二人はミゥの元へと戻ってきた。

 玲司はミゥに手を振り、かっこよく着地しようとしたが目測を誤り無様(ぶざま)に草原をゴロゴロと転がった。飛行機事故も大半は着陸時に起こる。それだけ着陸は難しいのだった。

 いててて……。

 玲司は照れ笑いをしながらゆっくりと身体を起こす。

 草原にはさわやかな風が吹き、サワサワと草葉の触れ合う音を奏でながらウェーブを作っている。

 宇宙からの眺めも良かったが、地上の音や風のある世界の方が自分は好きかもしれない。そんなことを思いながら玲司は辺りを見回した。

「勝手に飛ばないで」

 ミゥはジト目で玲司を見る。

「ごめんごめん、でも上手くできてたろ?」

「フッ、着地できない人は上手いとは言わないのだ」

 鼻で笑うミゥだったが、研修としては合格なのだろう。それ以上は突っ込まれなかった。

「でも、少しは役に立ちそうでしょ?」

 玲司がちょっと自慢気に聞くと、

「はははっ。それは管理者なめすぎなのだ。管理者権限持ってる相手には普通の攻撃は全く効かないのだ」

 え?

「君も私もそうだけど、管理者は物理攻撃無効なのだ」

「物理攻撃無効!?」

「着陸失敗して君はケガした?」

「えっ? ケガ?」

 玲司は急いで派手に裂けたシャツやスウェットパンツを見てみたが、肌にはかすり傷一つついていなかった。

「あれ? 痛かったのに……」

「一応痛覚は残しておかないといろいろ困るのだ」

 ミゥはそう言いながら破れたところに手をかざして、修復していった。

「お、おぉ、ありがとう」

「これくらいは早くできるようになるのだ。これで出来上がり……、あぁ、こんなところに汚れが!」

 玲司は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるミゥの美しい横顔をぼーっと眺め、美空とは違う魅力を感じていた。同じミリエルの分身なのにやはりそれぞれオリジナルな魅力がにじみ出てくるのだ。

 よく考えたら一卵性双生児だって性格が全く一緒な訳じゃないから、当たり前なのかもしれない。

「……、……。ねぇ? 聞いてるの?」

 ぼーっとしていたら怒られてしまった。

「あ、ごめん。何だったかな?」

「んもぉ! だから普通の攻撃したってダメージ行かないし、相手の属性はロックされていじれないって言ったのだ」

 ミゥは口をとがらせて言う。

「じゃあ、どうやってゾルタンを捕まえるの?」

「空間ごとロックして閉じ込めるか、奴のセキュリティをハックするツールを使って突破するかしかないのだ」

「ツール?」

「例えば、こんなのなのだ」

 ミゥはそう言うと指先で空間に裂け目を作り、手を突っ込んで一振りの日本刀を引っ張り出した。

「に、日本刀!?」

「これは【影切康光】、対管理者向け決戦兵器なのだ。よく見てるのだ」

 ミゥが【影切康光】を構えると、その美しい刃文の浮かぶ刀身がブワッと青白い光を纏った。

「おぉ……」

「この青い炎みたいなやつがツールの概念なのだ」

「概念?」

「実際にはハッキングのコード群なんだけど、そんなの目に見えないからこういう特殊効果にして表示してるのだ」

「何だかよく分かんないけど、これをゾルタンの身体に当てれば勝ちってこと?」

「そうなのだ。運がいいとロックが解除されてダメージを与えられるのだ。試しにちょっと斬ってやるからそこに(なお)れなのだ」

 ミゥはニヤッと笑うと【影切康光】を振りかぶった。

「いやちょっと、身体壊されるんでしょ? 止めてよ!」

「ビリっとするだけ、ビリっとするだけなのだ」

 ミゥはとても楽しそうに言う。せっかく出した【影切康光】を使いたくて仕方ないようだった。

「ちょっと、シアン、助けて!」

 横で退屈そうに浮いていたシアンのうでにしがみつく。

 シアンはニヤッと笑うと、

「おぉ、じゃぁミゥちゃん、僕に斬りかかって来るといいゾ」

 といいながら、地面に降り立ち、ファイティングポーズを取った。

「え? シアンちゃんは素手?」

「ふふん、僕は素手でも強いゾ」

 シアンは碧眼をキラっと光らせて言った。

 しばらくにらみ合う両者、ピリピリとした緊張感が辺りを包む。

 一陣の風がビュゥッと吹いた時だった。

「チェスト――――!」

 ミゥは目にもとまらぬ速さで【影切康光】を振り下ろす。

 キィィィーーン!

 直後、【影切康光】はクルクルと宙を舞い、草原の中にズサッと落ちた。

 え?

 速すぎて目には見えなかったが、シアンがこぶしで【影切康光】を横から叩き落したようだった。

「う、うそ……」

「どう? 僕は少しは役に立つでしょ?」

 ドヤ顔のシアンに、ミゥは呆然と自分の両手を眺め、ゆっくりとうなずいた。

        ◇

 その後、玲司はいろいろとツールの使い方を教えてもらった。しかし、玲司はいくらやっても【影切康光】の刀身を光らせる事が出来なかった。

「ふぅ……。簡単じゃないんだね」

 玲司は大きく息をつき、首を振る。

「これでもね、あたしはずいぶん頑張ってきたのだ。でも、ゾルタンはまだ捕まえられてないくらい難問なのだ」

 ミゥは悔しさに耐えるように唇を噛み、こぶしをグッと握った。

 玲司はうなだれ、大きく息をつく。そして、宇宙まで行って浮かれていた自分をちょっと反省した。どこにいるかもわからない、見つけてもワープされたら逃げられる。そして決戦兵器を当てても確率だという。なるほど無理ゲーである。

「うなだれてないで。何事も練習。ツールは後にして、基本の通常攻撃を復習なのだ」

 そう言ってミゥはシアンに、

「シアンちゃん、ちょっと魔物呼んできて」

 と、頼んだ。

「はいはーい!」

 シアンは嬉しそうにビシッと敬礼すると、ピョンと跳びあがり、ビュンと目にもとまらぬ速さですっ飛んでいった。
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