36. ピンクのパジャマ

文字数 1,753文字

「ゴブリンにドラゴンに魔法陣に聖剣、大好きだろ?」

 ミリエルはノリノリでずいっと身を乗り出す。とても酒臭い。

「いや、まぁ、人並みには……」

「よろしい! 君もこれから冒険者なのだ!」

 ミリエルはワインボトルを高々と掲げ、そして満足げに一口あおった。

 話を総合すると、ミリエルが担当している八個の地球の中に、魔法と魔物を実装した地球があり、そこに元副管理人が潜伏しているらしい。そして、そこに冒険者として潜入して元副管理人を捕縛してほしいということだった。

「魔法!? 魔法が使えるってこと、ですか?」

 すっかり目が覚めた玲司は叫ぶ。この世界はコンピューターが創り出している。であれば、魔法なんてゲームみたいにいくらでも実装できてしまうだろう。むしろ、日本ではなぜ実装してなかったのか?

「魔法なんて使っても奴には効かんのだ。奴は管理者権限持ってるからな」

「え? じゃあどうやって?」

「君にも限定的管理者権限を付与しよう。まあ、チートなのだ。この権限を使えば魔法なんて比較にならん破壊力なのだ」

 ミリエルはそう言うと、上機嫌にワインボトルをあおった。

「お、おぉ! チート!」

 玲司は夢にまで見た異世界のストーリーに胸が高鳴った。

 ゴブリンを、ドラゴンを倒し、極大チート魔法を放って反逆者の副管理人を成敗し、地球を救う。なんとも素敵な英雄(たん)ではないか。イッツ、ファンタジー!

 玲司はガッツポーズを決め、いきなりやってきた冒険ストーリーに酔った。

「あ、消息を絶った調査隊の人たちも探してよねぇ。期待してるのだ!」

 ミリエルは酒臭い息をはきながらパンパンと玲司の肩を叩いた。

 浮かれていた玲司は凍りつく。

 そうだった。この挑戦はいまだ誰も上手く行っていないのだった。まさに前人未到の命がけの挑戦。玲司は浮かれた気分はどこへやら、目をギュッとつぶりどうしたものか考えこむ。

「ふわぁーあ。ご主人様、だいじょぶだって。ほら、言霊、言霊」

 ベッドで寝ころびながらシアンが無責任なことを言う。

「くぅぅぅ! できる、やれる、上手くいく! これ、言霊だからね!」

 玲司は半べそをかきながらそう叫び、ソファーにボスっと身を沈めた。

 大きく息をつき、横を見ると、窓の外では海王星が美しい青をたたえてたたずんでいる。

 玲司はしばらくうつろな目で、その青い星から立ち上る天の川をぼーっと眺めていた――――。


       ◇


 翌朝、いい気分で夢を見ていると、

「ご主人様、朝だゾ!」

 そう言ってシアンがパシパシ叩いてくる。

「うーん……。もうちょっと……」

 玲司は向こうへ寝返りを打った。

「もう朝食の時間だゾ!」

 シアンは玲司の身体の重力効果を切って無重力にすると、ふわりと浮かべてテーブルへと連行する。

「うわっ! お前、ちょっと何すんだよ!」

 玲司は空中で手足をばたつかせる。しかし、空中をクルクルと回るばかりでどしようもない。

「じゃあ起きる?」

 シアンは上目遣いで玲司を見る。

「わ、分かったよ。ふぁ~あ……」

 玲司は観念して思いっきり伸びをする。

「じゃあ重力戻すからね」

「ん? 重力?」

「ホイ!」

 そう言ってシアンは玲司の重力を戻した。

 いきなり床へと落ちていく玲司。

 うぉぉぉ!

 慌ててシアンに掴まろうと手を伸ばしたが、手が届いたのはピンクのパジャマまでだった。

 ビリビリビリビリー! ゴン!

 シアンのパジャマは盛大に裂け、玲司は床に転がった。

「きゃははは!」

 シアンは楽しそうに笑うが、玲司は焦る。

「ゴ、ゴメン!」

 急いで起き上がろうとした時、空間にドアが開いた。

 ブゥン!

 入ってきたミリエルは、

「おはようなの……、えっ!?」

 と、固まる。

 パジャマを裂かれて豊満な胸を露わにしながら笑うシアンと、そんなシアンに近づく玲司。ギルティ。

「あ、こ、これは……」

 必死に説明しようとする玲司に、ミリエルはギリッと奥歯を鳴らすとカツカツと近づき、

「このケダモノ!」

 と、渾身のビンタをバチーン! とおみまいした。

 あひぃ!

 玲司は吹き飛ばされ、クルクル回りながらソファーまで行ってひっくり返る。

「ミリエル、これは事故なんだゾ」

 シアンはフォローをするが、ミリエルはフゥーフゥーと鼻息荒く、まるでおぞましいものを見るような目で玲司を見下ろしていた。

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