23. 中指

文字数 1,987文字

 ひとしきり泣くと、玲司はふっ切れた表情ですくっと立ち上がる。

 そして、心配そうに見守っていたシアンに、無表情で聞いた。

「駐車場は地下かな?」

「そ、そうだね。あっちの方にも非常階段があるからそこから降りれば……」

 玲司はタッタッタと駆けだし、無言で地下を目指した。


        ◇


 どこまでも続く非常階段を一気に駆け下りた玲司は

「ハァハァハァ……。この中でハックできるのはどれ?」

 と、駐車している車たちを指さして聞く。

「うーん、これか、あれ。あいつでもいいゾ」

「じゃあ、このSUV開けて」

 玲司はゴツくて車高の高いアウトドア車を指さした。

「ほいきた!」

 シアンは目をつぶり、しばらく何かをぶつぶつ唱える。すると、そのゴツい車体の車内に明かりがともった。

 ピピッ! ブォォォォン! ガチャッ!

 玲司は無言でSUVに飛び乗ると、シアンに走り出し方を聞いてシフトを(ドライブ)に入れた。

「車で出てったらドローンに狙い撃ちされるゾ?」

 シアンは心配そうに聞く。

「狙い撃ち? 上等だ。返り討ちにしてやる」

 玲司は座った目で吐き捨てるように言った。

「生存確率0.3%だゾ? そんな無茶な行動割に合わないゾ 百目鬼と交渉するのが最善策。やめよ?」

 シアンはボンネットの上にペタリと座り、小首をかしげて制止する。

「『損得勘定ばっかりしてたら人生腐るぞ』ってパパが言ってたんだ。前が見えないからどいて」

 玲司はそう言いながらシートポジションを合わせる。

 敵のドローンが飛び交う中に飛び出すなど愚の骨頂だ。そんなことはわかっている。しかし、命を失うことになっても美空の仇を取らねばならなかった。白旗を上げて百目鬼の軍門に下ると言えば、生き残る可能性などいくらだってあるだろう。だがそうしたら美空はどうなるんだ? 無駄に命を落としたことになってしまう。そんなことは到底受け入れられないのだ。

 たとえ死んだとしても、美空の目指した『世界征服を企む悪いハッカーから人類を守る』ことを最後までやり遂げる。それ以外の選択はあり得なかった。

 玲司はキュッと口元を結び、覚悟を決めるとアクセルをグッと踏み込み、急発進する。

 キュロロロロ!

 タイヤの鳴く音が駐車場に響きわたる。

 あわわわわ。

 シアンは全く合理的でない玲司の蛮勇に首を傾げ、屋根にしがみついていた。

 エンジンを吹かし、出口のスロープを上がっていくと瓦礫が散乱している。

 奥歯をギリッと鳴らす玲司。

「ありゃりゃ、こりゃダメだゾ!」

 シアンは渋い顔をするが、玲司は構わず瓦礫に突っ込んでいく。

 ええっ!?

 驚くシアンをしり目に、玲司は瓦礫を吹き飛ばし、乗り越え、横の植木をバキバキと押し倒しながら道路に出た。

「ふはぁ、さすがご主人様! 凄いゾ!」

 シアンはボンネットの上でピョンピョンと跳ぶ。

 玲司は辺りをキョロキョロ見回し、

「ヨシ! あっちだな!」

 と、データセンターへ向けてハンドルを切ってアクセルを吹かした。

 キュキュキュ! ブォォォォン!

 派手な音を振りまきながらカッ飛んでいくSUV。上空を旋回しているドローンはその動きを見逃さない。

「ドローンに見つかったゾ!」

 心配そうに玲司を見るシアン。

「着弾までどれくらいだ?」

「うーん、あと五十五秒?」

「オッケー!」

 キュロロロロ!

 赤信号の交差点に強引に突っ込んで曲がっていく。

 キュキュ――――! パッパ――――!

 急ブレーキをかけさせられて怒った通行車がクラクションを鳴らすが、そんなこと気にも留めず、玲司はデータセンターへ向けてアクセルを踏み込んだ。

 上空から追いかけてくるドローン、逃げるSUV。最後の絶体絶命のデッドヒートが始まった。

 やがて植木の向こうに大穴が開いたデータセンターのビルが見えてくる。

 キュロロロロ!

 玲司は急ハンドルを切って植木に突っ込んでいく。

 バキバキ、メリメリと植木をなぎ倒し、押し潰し、SUVはクライマックスへ向かってひた走る。

 キキィ!

 ビルの大穴の前に急停車したSUV。

 玲司は車から飛び降りるとそのまま屋根によじ登った。

 振り返ると無人飛行機のドローンがまっすぐにこちらへ向かって飛んでくるのが見える。
 そして、その向こうの方には壊れて煙を上げているビル、美空の亡くなった場所だ。

 玲司はギリッと奥歯をかみ、そして目をつぶると大きく息をつく。これから一世一代の挑戦をする。勝機はごく一瞬。このタイミングを外せば死しかない。でも玲司は自信に満ちていた。美空がいたら『行けるのだ! やっちゃえ!』って言ってくれたはずなのだ。

 生身で兵器と向き合うなんてシアンだったら絶対選ばない方法だろう。しかし、美空の遺志を継ぐ玲司にはもうこのやり方しか思い浮かばなかった。

「百目鬼……。そのカメラで見てろ。最後に勝つのは俺だ!」

 玲司はドローンに向けて中指をビッと立てた。


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