タグチの羽振りが良い理由
文字数 2,897文字
半額シール 自慢話 ダイエット
最近同僚のタグチの様子が何やらおかしい。
以前は何をするにもまず財布の中身を確認するような、けち臭い男だったのに、いったいどうしたってんだ。
昼食の弁当が明らかに豪華になっている。羽振りよく後輩に奢ったりなんかもしているらしい。クロムハーツのアクセサリーをつけ、新車に乗り回し、なんなら以前より恰幅が良くなっている。
まるでテンプレートな成金野郎だ。
別に出世したわけではない。俺と同じに安月給のままのはずだ。
宝くじにでも当選したのだろうか。
それとも何か儲かる副業でも見つけたのだろうか。
俺はどうにか秘密を探ってやろうと仕事上がりのタイミングを見計らってタグチを呑みへと誘った。
「いーよー」
二つ返事でタグチはオーケーした。
※
お気に入りの店があるから、とタグチに連れていかれた先は、俺一人では決して入ることがないであろう料亭だった。
敷居が高い、とはこういう店の事を言うのだろう。質素ながらも整えられた佇まいに俺は思わず背筋が伸びる。少なくとも仕事帰りにふらっと立ち寄るような店ではない。
平気な顔してタグチは店に入ると綺麗な琥珀色の着物を着た女将が出迎えた。そのまま俺たちは個室へと通される。
「おい、今日そんなに持ち合わせないぞ」
と言う俺の心配をよそに、
「いつもの2つ、あと信州亀齢を冷酒で」
タグチは慣れた風に女将に注文をした。
上等な酒と料理に手をつけながら、プロジェクトの進捗はどうだの、贔屓の球団の調子はどうだのと何気ない世間話をした。
その間俺は意識して酒をタグチに勧めていった。
俺が注ぐ酒をタグチも上機嫌であおっていった。
「なあ、タグチどんな副業なんだ?俺にも教えてくれよ」
ひとしきり料理を味わい尽くし、酔いも回ってきたところでいよいよ俺は切り出した。
「副業?何のことだ?」
タグチは下唇をつき出して珍妙な顔でとぼけてみせる。
「隠すことないだろ、最近やけに羽振りがいいじゃないか。儲かる副業でも見つけたんだろ?」
「ああ~~~、まあ、もう話しちゃってもいいか」
タグチは逡巡した後、席を移って俺の横に来る。
個室で誰にも聞かれないだろうに、きょろきょろと辺りを見渡した後で俺の耳に顔を寄せる。
「シールさ」
酒臭くて生暖かい息がぬるりと耳をなでで気持ち悪いが、話を遮ってタグチが話を止めてしまっては元も子もないので、俺はぐっと我慢した。
タグチがカバンから財布から取り出し、中から何やらシートを取り出して見せる。シートには2つ赤い丸がある。それぞれに大きく『50%OFF』の文字が描かれている。
「なんだこれ?」
「見ての通り50%OFFシールさ、でもただのシールじゃないぜ」
何やらタグチはしたり顔だ。
「これがなんだっていうんだ」
「これを貼ったものはなんでも半額になるんだ。食べ物も雑貨も車だって半額だ。この前思い切って俺はマンションも買っちまったよ」
まったく呆れてしまう。いくら酒に酔っているからってそんな与太話を信じるバカはいない。
俺はタグチの首に腕を回してがっちり押さえてロックする。
「バカ話で煙に巻こうたってそうはいかねえぞ。ホントの事を言わねえか」
「いてててて、ホントだって。見てろよ」
タグチは俺の腕を振りほどくと襖をあけて廊下を歩く女将を呼び止める。
「お勘定お願い」
ほどなくして女将は折り畳みの伝票を持ってきてタグチに渡す。
タグチが開いて俺に見せる。
そこに書かれた金額を見て俺は一気に酔いがさめる。
「おいおい、料亭ってこんなにするのかよ。してもせいぜいこの半額位だと思ってたぞ」
「そりゃ丁度良かった。半額の2人で割り勘だからこの4分の1だけ払ってくれりゃあいいよ」
とタグチは訳の分からない事を言う。
ただ、割り勘分そのまま払え、と言われても困るので俺は奴の言葉に従って伝票の4分の1の金額を財布から取り出しタグチに渡す。
するとタグチは俺が渡した金額と同じだけお札を出して2人分まとめて伝票の上に乗っける。
「おいおいそれじゃあ足りないだろう」
と言う俺の言葉を無視してタグチは伝票を2つ折りにしてお札を挟み込んでしまう。
そうして閉じた伝票の上に例の50%OFFシールをはる。
再び女将を呼び止めてそれを渡す。
女将はそれを受け取り、そして何事も無いように会計を済ませてしまった。
「な?本当だろう?」
本当に会計が半額で済んでしまった。
まさかホントに?
副業を隠したいがためにタグチが女将と共謀して俺をだましてる、なんてことはあるだろうか。
今日の呑みは以前から予定していたものではない。終業後、帰ろうとするタブチを呼び止めて唐突に誘ったのだ。事前に女将とはかりごとを進める暇はないだろう。
それにそんな事をするメリットがタグチにはあっても女将にはない。
なにがなんだか分からんがあの50%OFFシールの効力は本当の物らしい。信じる他無かった。
「ただなあ、問題があるんだ」
コートを羽織り、帰り支度を進めながらタグチが言う。
「シールが残り1枚なんだ」
「なんだよ。もうないのか。あわよくば分けてもらおうと思ったのに」
「はははだろうな。でももう分けられない状況でもなきゃ人には話さんよ」
それもそうか。俺だって宝くじが当たったら使い切るまで人には言わない。
「最後の一枚は何に使うんだ?」
「そうなんだよな。なんかいいのはないかな」
「羨ましいぜ。それがありゃあなんでも50%OFFなんだろ?なんでもできるじゃねえか」
「そうだな、悪い事と言えば、美味いもんを食えるからどんどん太っちまう、ってこと位だな」
タグチが笑って太鼓腹を叩く。
「だったら最後の一枚はその腹に貼ったらどうだ、脂肪も半分に減らしてくれるんじゃねえの」
ポカンとアホみたいに口を開けて静止したタグチだったが
「はっはっは!そりゃあいい!そうしようそうしよう!」
勢いよく笑って最後のシールを腹へと貼り付けた。
※
一か月、二か月経ち、50%OFFを貼ったタグチの太鼓腹はとんと変わらず丸いままだった。
なんだ50%OFFシール云々は嘘だったか。
そりゃそうだ。ドラえもんでもなきゃあんな面白便利道具を持っているはずがない。少しでも信じてしまった俺がバカだったぜ。奴め他に金の出どころを隠してやがるな、と俺が疑い始めた3か月目に、異変が現れた。
タグチの腹が見るからに体積を小さくさせていったのだ。
おいおいまじかよ。
あのシールはそれともやっぱり本物だったの?
「よう、タグチ良かったな。50%OFFうまくいったじゃないか。すっかり痩せて。何なら以前より細くなったんじゃないか?」
真相を確かめるべく俺はタグチに話しかけた。
「ああ、はは、そう見えるか」
というタグチは痩せているというよりかは頬はこけ目に影を落としゲッソリしてしまっている。
「おいおいどうしたんだよ」
「最近ろくなものを食べれてないんだ」
「どうしてだよ。何かあったのか?」
「実は給料が半分になっちまって…」
最近同僚のタグチの様子が何やらおかしい。
以前は何をするにもまず財布の中身を確認するような、けち臭い男だったのに、いったいどうしたってんだ。
昼食の弁当が明らかに豪華になっている。羽振りよく後輩に奢ったりなんかもしているらしい。クロムハーツのアクセサリーをつけ、新車に乗り回し、なんなら以前より恰幅が良くなっている。
まるでテンプレートな成金野郎だ。
別に出世したわけではない。俺と同じに安月給のままのはずだ。
宝くじにでも当選したのだろうか。
それとも何か儲かる副業でも見つけたのだろうか。
俺はどうにか秘密を探ってやろうと仕事上がりのタイミングを見計らってタグチを呑みへと誘った。
「いーよー」
二つ返事でタグチはオーケーした。
※
お気に入りの店があるから、とタグチに連れていかれた先は、俺一人では決して入ることがないであろう料亭だった。
敷居が高い、とはこういう店の事を言うのだろう。質素ながらも整えられた佇まいに俺は思わず背筋が伸びる。少なくとも仕事帰りにふらっと立ち寄るような店ではない。
平気な顔してタグチは店に入ると綺麗な琥珀色の着物を着た女将が出迎えた。そのまま俺たちは個室へと通される。
「おい、今日そんなに持ち合わせないぞ」
と言う俺の心配をよそに、
「いつもの2つ、あと信州亀齢を冷酒で」
タグチは慣れた風に女将に注文をした。
上等な酒と料理に手をつけながら、プロジェクトの進捗はどうだの、贔屓の球団の調子はどうだのと何気ない世間話をした。
その間俺は意識して酒をタグチに勧めていった。
俺が注ぐ酒をタグチも上機嫌であおっていった。
「なあ、タグチどんな副業なんだ?俺にも教えてくれよ」
ひとしきり料理を味わい尽くし、酔いも回ってきたところでいよいよ俺は切り出した。
「副業?何のことだ?」
タグチは下唇をつき出して珍妙な顔でとぼけてみせる。
「隠すことないだろ、最近やけに羽振りがいいじゃないか。儲かる副業でも見つけたんだろ?」
「ああ~~~、まあ、もう話しちゃってもいいか」
タグチは逡巡した後、席を移って俺の横に来る。
個室で誰にも聞かれないだろうに、きょろきょろと辺りを見渡した後で俺の耳に顔を寄せる。
「シールさ」
酒臭くて生暖かい息がぬるりと耳をなでで気持ち悪いが、話を遮ってタグチが話を止めてしまっては元も子もないので、俺はぐっと我慢した。
タグチがカバンから財布から取り出し、中から何やらシートを取り出して見せる。シートには2つ赤い丸がある。それぞれに大きく『50%OFF』の文字が描かれている。
「なんだこれ?」
「見ての通り50%OFFシールさ、でもただのシールじゃないぜ」
何やらタグチはしたり顔だ。
「これがなんだっていうんだ」
「これを貼ったものはなんでも半額になるんだ。食べ物も雑貨も車だって半額だ。この前思い切って俺はマンションも買っちまったよ」
まったく呆れてしまう。いくら酒に酔っているからってそんな与太話を信じるバカはいない。
俺はタグチの首に腕を回してがっちり押さえてロックする。
「バカ話で煙に巻こうたってそうはいかねえぞ。ホントの事を言わねえか」
「いてててて、ホントだって。見てろよ」
タグチは俺の腕を振りほどくと襖をあけて廊下を歩く女将を呼び止める。
「お勘定お願い」
ほどなくして女将は折り畳みの伝票を持ってきてタグチに渡す。
タグチが開いて俺に見せる。
そこに書かれた金額を見て俺は一気に酔いがさめる。
「おいおい、料亭ってこんなにするのかよ。してもせいぜいこの半額位だと思ってたぞ」
「そりゃ丁度良かった。半額の2人で割り勘だからこの4分の1だけ払ってくれりゃあいいよ」
とタグチは訳の分からない事を言う。
ただ、割り勘分そのまま払え、と言われても困るので俺は奴の言葉に従って伝票の4分の1の金額を財布から取り出しタグチに渡す。
するとタグチは俺が渡した金額と同じだけお札を出して2人分まとめて伝票の上に乗っける。
「おいおいそれじゃあ足りないだろう」
と言う俺の言葉を無視してタグチは伝票を2つ折りにしてお札を挟み込んでしまう。
そうして閉じた伝票の上に例の50%OFFシールをはる。
再び女将を呼び止めてそれを渡す。
女将はそれを受け取り、そして何事も無いように会計を済ませてしまった。
「な?本当だろう?」
本当に会計が半額で済んでしまった。
まさかホントに?
副業を隠したいがためにタグチが女将と共謀して俺をだましてる、なんてことはあるだろうか。
今日の呑みは以前から予定していたものではない。終業後、帰ろうとするタブチを呼び止めて唐突に誘ったのだ。事前に女将とはかりごとを進める暇はないだろう。
それにそんな事をするメリットがタグチにはあっても女将にはない。
なにがなんだか分からんがあの50%OFFシールの効力は本当の物らしい。信じる他無かった。
「ただなあ、問題があるんだ」
コートを羽織り、帰り支度を進めながらタグチが言う。
「シールが残り1枚なんだ」
「なんだよ。もうないのか。あわよくば分けてもらおうと思ったのに」
「はははだろうな。でももう分けられない状況でもなきゃ人には話さんよ」
それもそうか。俺だって宝くじが当たったら使い切るまで人には言わない。
「最後の一枚は何に使うんだ?」
「そうなんだよな。なんかいいのはないかな」
「羨ましいぜ。それがありゃあなんでも50%OFFなんだろ?なんでもできるじゃねえか」
「そうだな、悪い事と言えば、美味いもんを食えるからどんどん太っちまう、ってこと位だな」
タグチが笑って太鼓腹を叩く。
「だったら最後の一枚はその腹に貼ったらどうだ、脂肪も半分に減らしてくれるんじゃねえの」
ポカンとアホみたいに口を開けて静止したタグチだったが
「はっはっは!そりゃあいい!そうしようそうしよう!」
勢いよく笑って最後のシールを腹へと貼り付けた。
※
一か月、二か月経ち、50%OFFを貼ったタグチの太鼓腹はとんと変わらず丸いままだった。
なんだ50%OFFシール云々は嘘だったか。
そりゃそうだ。ドラえもんでもなきゃあんな面白便利道具を持っているはずがない。少しでも信じてしまった俺がバカだったぜ。奴め他に金の出どころを隠してやがるな、と俺が疑い始めた3か月目に、異変が現れた。
タグチの腹が見るからに体積を小さくさせていったのだ。
おいおいまじかよ。
あのシールはそれともやっぱり本物だったの?
「よう、タグチ良かったな。50%OFFうまくいったじゃないか。すっかり痩せて。何なら以前より細くなったんじゃないか?」
真相を確かめるべく俺はタグチに話しかけた。
「ああ、はは、そう見えるか」
というタグチは痩せているというよりかは頬はこけ目に影を落としゲッソリしてしまっている。
「おいおいどうしたんだよ」
「最近ろくなものを食べれてないんだ」
「どうしてだよ。何かあったのか?」
「実は給料が半分になっちまって…」