一発屋 ハイテンション 厄払い
文字数 2,259文字
「ダボジェイは神様に何をお願いしたん?」
神社からの帰り道、初詣を終えた私たちは立ち寄ったコンビニで缶コーヒーと肉まんを買い、店先で暖を取っていた。
「ミサキさんは何をお願いしたんですか?」
アメリカ人ならイエスかノーで答えろよ。質問を質問で返すんじゃねえ。
町で芸能人にあった、なんて東京に住んでいればよく聞く話で、たいていそれはテレビでよく見る芸能人に実際にあったらずいぶんと印象が違った、と語られる。私はといえばそんな奴らを、人間なんだもの仕事中とそれ以外では気分もそりゃ変わるさ、なんだよ皆そんなに鼻息荒く興奮しちゃって、なんて小ばかにしていた。
そんなもんだからダボジェイに出会って私はひどく驚いた。
テレビで見るダボジェイはバカみたいに元気で、スタジオでもロケでも大声で跳ね回る。小学生男子もかくあるや、何かに取り憑かれたみたいにハイテンションなキャラなのだ。まさかそんなダボジェイがテレビの外ではこんなに陰鬱でネガティブでボソボソと衣擦れみたいに喋る日陰もんだとはまさか誰も思うまい。むしろ何かに取り憑かれているのはこっちのダボジェイか?
「私は普通だよ普通、世界平和。あと五千兆円欲しいって」
「じゃあ僕もそれです」
ダボジェイは木枯らしに負けそうなくらい小さな声で答え、アンマンをこれまた小さくかじる。
「なんだよ僕もそれです、って適当こきやがってギークボーイが。ホントはなんてお願いしたんだよ」
「秘密です。ミサキさんには秘密です」
「なんだよミサキさんにはって。大丈夫だよ誰にも言わねえから。お姉さんに教えてみろって」
「僕の方が年上ですよ」
「あれ?そうだったっけ。なんか話してるとそんな感じしねえからなあ。ダボジェイっていくつだっけ?」
「26です」
「26?26にもなってそんな不幸のズンドコです、みたいな性格してやがんのかよ」
「性格に年は関係ありません。あとズンドコじゃなくてどん底です」
肉まんを食べきったがしかしダボジェイは地面を見つめて私の方を見ようとしない。彼は決して私の目を見て話さない。私はテレビの中のぎらついた彼の目しか知らない。
「細かい奴だなあ。細かいことばっか気にしてると幸せが逃げていくって母ちゃんに教わらなかったか?」
「僕の家は母ちゃんの方が幸せから逃げていきましたから」
ははっ、と乾いた笑いを吐いてダボジェイがまた下を向く。
ははっ、じゃねえ!気まずいだろうが!変に突っ込みづらい家庭の事情を持ち出すんじゃねえ!
「よしっ!」
私は肉まんを口に放りこんでコーヒーで流し込む。
「厄除けだ厄除け!ダボジェイ26なんだろ?厄年なんじゃね?」
私は無理やり話題を変える。多少強引でもこの気まずさがなくなるならそれでいい。
「男の厄年は25ですよ。26は後厄です」
「うるせえ!アメリカ人の癖に私より詳しくあるんじゃねえ!」
ダボジェイの腕を引っ張り上げる。細身のダボジェイはすんなり持ち上がる。
「いいから行くぞ!」
私たちは来た道を引き返し再び神社へと向かう。
「厄除けの1つでもすれば、その暗さも少しはましになるだろ!」
神社につくとさっさと受付を済ませダボジェイを境内へと押しやった。
私は辺りを見回して、駐車場の横に空いているベンチを見つけ出す。
一人ベンチに腰掛けると急に冷静になり、様々な考えが浮かんでくる。
流石に強引すぎただろうか。彼に嫌な思いをさせてしまっただろうか。
本当の私はもっと落ち着いていて、もっと丁寧で、もっと優しい人間のはずなのだ。けれどもなぜだが彼の前に立つと落ち着いていられなくなる。そわそわとうずうずが私の胸と頭の中でグルグルと渦を巻く。
これも人間の2面性という奴だろうか。テレビに出ている彼もこんなふうにそわそわして落ち着かないから、それを発散させるために無理にハイテンションでいるのだろうか。
だとしたら私たちは同類だ。プラスとマイナスの現れる場面がそれぞれ食い違っているだけで本質的には同類なのだ。
「あの」
声をかけられて顔を上げるとダボジェイがいた。考え込むうちにかなり時間がたっていたらしい。
「ミサキさん大丈夫ですか?」
いつの間にか私は目が潤み、頬が濡れていた。ダボジェイがハンカチを差し出し、私は慌てて涙を拭う。
「大丈夫だ。なんでもねえよ」
私が話さないでいると、ダボジェイも何も言わない。隣にそっと座って私が落ち着くのを待ってくれる。彼はそういう気遣いがうまい。
「ミサキさん」
私が息を落ち着けたころ、ダボジェイが口を開いた。横を向くと彼がこちらを見ている。驚いた私は思わず目を見開く。
「私、初めて厄除けを受けました。とってもいいものです。すっきりしました。憑き物が落ちたような、とはきっとこういうことを言うんですね」
「へへ。アメリカ人が難しい言い回ししてんじゃねよ」
彼の目はまっすぐで、テレビで見るそれ以上に力強かった。
「ミサキさん。憑き物落ちた私にしてくれたのミサキさんです。とっても感謝しています。ありがとうございます」
先ほどまでの暗い雰囲気が嘘のようだ。誠実に真剣に私の事を見つめる。
「本当の私テレビで出てるような人間じゃないです。ネガティブで暗いギークです。でもミサキさんそんな私と一緒にいてくれる。本当の私でいられるのミサキさんの前でだけです。私、ミサキさんの事好きです。愛しています。結婚しましょう」
それを聞いて私の肩からすうっと力が抜ける。
「ふふ、結婚より先にお付き合いだろ。日本人なら」
きっと今私からも何か憑き物が落ちていったのだ。
神社からの帰り道、初詣を終えた私たちは立ち寄ったコンビニで缶コーヒーと肉まんを買い、店先で暖を取っていた。
「ミサキさんは何をお願いしたんですか?」
アメリカ人ならイエスかノーで答えろよ。質問を質問で返すんじゃねえ。
町で芸能人にあった、なんて東京に住んでいればよく聞く話で、たいていそれはテレビでよく見る芸能人に実際にあったらずいぶんと印象が違った、と語られる。私はといえばそんな奴らを、人間なんだもの仕事中とそれ以外では気分もそりゃ変わるさ、なんだよ皆そんなに鼻息荒く興奮しちゃって、なんて小ばかにしていた。
そんなもんだからダボジェイに出会って私はひどく驚いた。
テレビで見るダボジェイはバカみたいに元気で、スタジオでもロケでも大声で跳ね回る。小学生男子もかくあるや、何かに取り憑かれたみたいにハイテンションなキャラなのだ。まさかそんなダボジェイがテレビの外ではこんなに陰鬱でネガティブでボソボソと衣擦れみたいに喋る日陰もんだとはまさか誰も思うまい。むしろ何かに取り憑かれているのはこっちのダボジェイか?
「私は普通だよ普通、世界平和。あと五千兆円欲しいって」
「じゃあ僕もそれです」
ダボジェイは木枯らしに負けそうなくらい小さな声で答え、アンマンをこれまた小さくかじる。
「なんだよ僕もそれです、って適当こきやがってギークボーイが。ホントはなんてお願いしたんだよ」
「秘密です。ミサキさんには秘密です」
「なんだよミサキさんにはって。大丈夫だよ誰にも言わねえから。お姉さんに教えてみろって」
「僕の方が年上ですよ」
「あれ?そうだったっけ。なんか話してるとそんな感じしねえからなあ。ダボジェイっていくつだっけ?」
「26です」
「26?26にもなってそんな不幸のズンドコです、みたいな性格してやがんのかよ」
「性格に年は関係ありません。あとズンドコじゃなくてどん底です」
肉まんを食べきったがしかしダボジェイは地面を見つめて私の方を見ようとしない。彼は決して私の目を見て話さない。私はテレビの中のぎらついた彼の目しか知らない。
「細かい奴だなあ。細かいことばっか気にしてると幸せが逃げていくって母ちゃんに教わらなかったか?」
「僕の家は母ちゃんの方が幸せから逃げていきましたから」
ははっ、と乾いた笑いを吐いてダボジェイがまた下を向く。
ははっ、じゃねえ!気まずいだろうが!変に突っ込みづらい家庭の事情を持ち出すんじゃねえ!
「よしっ!」
私は肉まんを口に放りこんでコーヒーで流し込む。
「厄除けだ厄除け!ダボジェイ26なんだろ?厄年なんじゃね?」
私は無理やり話題を変える。多少強引でもこの気まずさがなくなるならそれでいい。
「男の厄年は25ですよ。26は後厄です」
「うるせえ!アメリカ人の癖に私より詳しくあるんじゃねえ!」
ダボジェイの腕を引っ張り上げる。細身のダボジェイはすんなり持ち上がる。
「いいから行くぞ!」
私たちは来た道を引き返し再び神社へと向かう。
「厄除けの1つでもすれば、その暗さも少しはましになるだろ!」
神社につくとさっさと受付を済ませダボジェイを境内へと押しやった。
私は辺りを見回して、駐車場の横に空いているベンチを見つけ出す。
一人ベンチに腰掛けると急に冷静になり、様々な考えが浮かんでくる。
流石に強引すぎただろうか。彼に嫌な思いをさせてしまっただろうか。
本当の私はもっと落ち着いていて、もっと丁寧で、もっと優しい人間のはずなのだ。けれどもなぜだが彼の前に立つと落ち着いていられなくなる。そわそわとうずうずが私の胸と頭の中でグルグルと渦を巻く。
これも人間の2面性という奴だろうか。テレビに出ている彼もこんなふうにそわそわして落ち着かないから、それを発散させるために無理にハイテンションでいるのだろうか。
だとしたら私たちは同類だ。プラスとマイナスの現れる場面がそれぞれ食い違っているだけで本質的には同類なのだ。
「あの」
声をかけられて顔を上げるとダボジェイがいた。考え込むうちにかなり時間がたっていたらしい。
「ミサキさん大丈夫ですか?」
いつの間にか私は目が潤み、頬が濡れていた。ダボジェイがハンカチを差し出し、私は慌てて涙を拭う。
「大丈夫だ。なんでもねえよ」
私が話さないでいると、ダボジェイも何も言わない。隣にそっと座って私が落ち着くのを待ってくれる。彼はそういう気遣いがうまい。
「ミサキさん」
私が息を落ち着けたころ、ダボジェイが口を開いた。横を向くと彼がこちらを見ている。驚いた私は思わず目を見開く。
「私、初めて厄除けを受けました。とってもいいものです。すっきりしました。憑き物が落ちたような、とはきっとこういうことを言うんですね」
「へへ。アメリカ人が難しい言い回ししてんじゃねよ」
彼の目はまっすぐで、テレビで見るそれ以上に力強かった。
「ミサキさん。憑き物落ちた私にしてくれたのミサキさんです。とっても感謝しています。ありがとうございます」
先ほどまでの暗い雰囲気が嘘のようだ。誠実に真剣に私の事を見つめる。
「本当の私テレビで出てるような人間じゃないです。ネガティブで暗いギークです。でもミサキさんそんな私と一緒にいてくれる。本当の私でいられるのミサキさんの前でだけです。私、ミサキさんの事好きです。愛しています。結婚しましょう」
それを聞いて私の肩からすうっと力が抜ける。
「ふふ、結婚より先にお付き合いだろ。日本人なら」
きっと今私からも何か憑き物が落ちていったのだ。