狐につままれる 鍵っ子 プロ意識

文字数 2,015文字

 両親は共働きで2人とも夜まで帰ってこない。
 学校から帰った僕とミツキはソファに並んで座って、いつも通りテレビをユーネクストに繋ぎ、ウルトラマンジードのページを開く。
「昨日どこまで見たっけ?」
 とミツキが聞くので、
「8話目までだったはず」
 と僕は答える。
 ミツキがリモコンを操作して、カーソルを第9話の見出しに当てた所で、

 ピンポーーーーン。

 とチャイムが鳴らされる。
 僕は構わずテレビを眺める。
 ミツキもリモコンの操作を止めない。
 決定ボタンを押して第9話を流し始める。
 オープニングが流れウルトラマンキングが全身から光を放った所でまた、
 
 ピンポーーーーン。
 
 と音が鳴る。
 再生を止めて、
「出る?」
 とミツキが聞くが、
「いいよ。どうせまた変なのだよ」
 と立ち上がりかけたミツキの腕を取って止める。
 すると、

 ガガガガガガ!

 と玄関の引き戸が揺さぶられる音がする。

 ガガガガガガッガガ!

 それが止んだかと思えば、

 ザザザザザザザザザ。

 と蛇が這いずる様な音が家の周りで鳴り始める。それは窓の外で大きくなったかと思うと離れていき、また近づいてくる。
 まるで中に入りこむ隙間を探しているみたいにグルグルと家の外を回っている。
「兄ちゃん」
 とミツキが僕の手を取る。まだ1年生のミツキには慣れないのもしょうがない。
 でも僕はもう4年生でお兄ちゃんなのだ。留守番のプロとしての道をミツキに示してやらねばならない。
 僕はミツキの手からリモコンを取って再生ボタンを押す。
 画面が動き出して、『ウルトラマンジード』とタイトルロゴがでっかく現れる。
「ミツキ。ウチの山には怖い妖怪とか神様とかがわんさかいるんだから、留守番中は何があっても外に出ちゃダメだぞ」
「でもチャイムが」
「普通の人だったらあんな家の周りでガサガサ様子を見たりしないだろ?いいから続き見よう?」
 
 ザザザザザザザザ。
 
 這いずる音は家の外で鳴り続けたが、オープニングが終わる頃にはどこかへ消えていってくれた。
 ミツキも僕の手を放してテレビへと集中している。
 時折外から「ケタケタケタ」笑う声だったり、「ドーーーン」と壁にぶつかる音なんかが聞こえてくるけれどすべて無視する。ミツキももうそれらには構わずテレビへ集中している。
 第10話を見終わったところで、
「トイレ」
 と言ってミツキがソファから立つ。
 ついて行こうか、とも考えるけれどそれはやり過ぎだ。家の中なら安全なのだからトイレにまでついて行くことはない。
「いっといれ」
 見送った後で僕も席を立ってキッチンに行く。コップを2つ取り出して麦茶を注いでいく。
 
 ピンポーーーーン。
 
 とまたチャイムが鳴らされる。
 またか、今日は何時にもましてしつこい。
 当然僕は無視をして麦茶をリビングへと運ぶ。
 
 ピンポーーーーン。
 
 とまた鳴らされ、

 「おーーーい開けてくれーー」
 
 と玄関から声がする。

 「おーーーい」
 
 クシャクシャに丸めた紙をこすり合わせたみたいにガサガサのその声は父さんの物だ。

 「おーーい鍵忘れちまったんだよ。開けてーーー」
 
 バンバン。
 
 扉を叩く音がする。
 そう言われてリビングから玄関への扉を開けようと手をかけた所で、僕は動きを止める。
 まてまてまて。
 まだ4時過ぎだ。良い子は帰りましょうの放送すら流れていない。
 父さんが帰ってくるにはあまりに早すぎる。

 「おーーーい。開けてーーー」
 
 バンバンバン。
 
 扉がさらに乱暴に叩かれる。
 
 バンバンバンバンバン!
 
 どんどん勢いが増していく。
 開けてはいけない。
 騙されてはいけない。
 そうだ僕は留守番のプロ。どんなことがあっても玄関は開けない。それがこの家の留守番のルール。それを守ってこそのプロだ。

 バンバンバンバンバンバン!

 「ただいまー。開けてー」
 
 外の『何か』は今度は母さんの声まで真似を始めるがもう僕は決して騙されない。
 ソファに戻って麦茶を飲もう。落ち着いていれば何のことは無い。

 「きゃあーーーーーーー!」
 
 と悲鳴がしてソファへ向かっていた体を急転させる。

 「兄ちゃん!兄ちゃーーーん!」

 ミツキの悲鳴が響く。
 ミツキ!
 いけない!
 『何か』の声真似にミツキが騙されてしまったのだ。
 玄関を開けてしまったのだ!
「ミツキーーー!」
 リビングを飛び出て鍵を開け引き戸を思い切り開ける。
 うん?
 鍵を開けて?
 引き戸を開けてから僕は疑問に思う。
 ミツキが玄関を開けてしまったのなら何で鍵がしまってるんだ?
 開けた引き戸の先には子供がいる。

 「兄ちゃーーん!兄ちゃーーーーん!」
 
 とミツキの声で叫ぶ顔はしかしミツキの物ではなく、人間の物ですらない。
 だってツルンとした坊主の頭には目も鼻も無くて「兄ちゃーーーん!」と叫ぶ声はするのに口すら無いのだから。

「兄ちゃん馬鹿だなあ」

 とのっぺらぼうの子供が言って僕の腕を引っ張って僕は外へと連れ出される。
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