えこひいき 半袖短パン 三途の川
文字数 2,284文字
「まったくお前らまだそんな薄布一枚でいるのか、だせえ連中だな」
ある日赤鬼たちの持ち場である賽の河原に青鬼たちがやって来て、おもむろに彼らに話しかけた。
「どうだ見ろよ、俺たちのこの服。最高に洒落た最高の服だ。やっぱり鬼はこうでなくちゃな」
青鬼たちは皆様々な服を着ている。派手な色をした物や、細かな装飾の付いたもの、またそれらを重ねて着ている者もいる。
鬼は本来服を着ない。寅の毛皮を腰に纏うのみである。赤鬼のそれはずいぶん長い間着続けて
もうずいぶんボロボロに薄汚れてしまっていた。
赤鬼たちは自分たちの格好が急にみすぼらしく恥ずかしく思えてしまう。
自慢げにポーズを決めて見せつけてくる青鬼たちが輝いて見えた。
「その服、どうしたんだい。いったいどこで手に入れた?」
赤鬼の一人が問いかけた。
「へへん。知りたいなら教えてやるぜ。川を渡る人間達の服だ」
青鬼は三途の川の船守である。死者を彼岸へと渡し舟で運ぶのが仕事だ。
「人間の服を奪ったのか。その発想は無かったな」
「奪ったなんて人聞きの悪い。これは人間達から譲ってもらったんだ」
「嘘つくな。人間が自分の服をくれるものかい」
「嘘じゃないぜ。気に入った奴に『服をくれたら優先して川を渡らせてやる』、って言えばいい。そうすりゃ奴ら簡単に服を脱ぐぜ」
青鬼はニヤニヤと嫌らしく笑っている。
「悔しかったらお前らもそこにいる人間どもから貰ったらどうだ?」
赤鬼は辺りを見渡す。賽の河原は親より早死にした子供が親不孝を償う場である。もちろんここには子供しかいない。体の大きな鬼たちに合う服などあるはずもなかった。
「せいぜい着られる服が見つかるといいな」
そう言って大笑いしながら青鬼たちは自分たちの持ち場へと帰っていった。
「だれか、俺たちに着られる服を持ってないか?譲ってくれたら石積を免除してやるぞ」
赤鬼は大声で周りへ問いかけるが、子供たちは皆下を向いて一様に口をつぐんでしまっている。
「よせよせ。子供の服を俺たちが着られるわけがない」
子供へ詰め寄る赤鬼を別の赤鬼が押さえて宥める。
「お前は悔しくないのかよ。青鬼の奴ら嫌らしく自慢だけしていきやがって」
「そんな事言ったってガキどもの服は小さすぎる。着ようとしたって頭に突っかかるのがいいとこだ」
「なるほどそれだ」
また別の赤鬼が呟いた。赤鬼は一人の子供に声をかけ、着ている物をすべて脱がせてしまう。子供は石を積むのを止め、どこかへと嬉しそうに走り去って消えた。
赤鬼は小さな服を手に持って、言い争いを続ける二人の赤鬼に割って入る。
「みんな聞け。あの嫌味な青鬼どもに赤っ恥をかかせてみないか?」
二人はすぐに言い争いを止める。他の赤鬼たちも集まってくる。皆が彼の話に聞き入った。
翌日、青鬼たちが再び賽の河原にやって来た。それぞれが昨日とはまた別の服を着て、肩で風を切って赤鬼たちに歩み寄る。
「ようよう赤鬼ども、着られる服は見つかったかい?」
一人の青鬼が赤鬼に話しかけ、周りの青鬼たちが一斉に笑った。
しかし話しかけられた赤鬼は平気な顔で、青鬼に返す。
「やあ、青鬼。今日もお洒落でカッコイイね」
青鬼は訝しんだ。赤鬼の余裕な態度に、ではない。彼の珍妙な格好に、だ。
赤鬼は頭に布を被っていた。その小さな被り物には二つの穴が開いていて、赤鬼の左右の角がそこから出ていた。
「おいなんだ、その被り物は」
青鬼が赤鬼に詰め寄った。
「君たちに倣って僕たちもお洒落をすることにしたんだ」
赤鬼が胸を張って頭を青鬼に見せつけてみせる。それに続いて他の赤鬼たちも集まってくる。彼らは一様に頭に被り物をしていた。
それぞれに色とりどりな布を被って自信ありげに青鬼たちに見せつけた。
「どうだい似合ってるかな?人間達の最新ファッションらしいんだ」
青鬼たちは自分たちの頭を見合った。
彼らはそれぞれ思い思いに服を着てはいるが、頭に被り物をしている者はいない。なにせ人間の帽子を被るには、彼らの頭の2本角がどうにも邪魔になってしまうのだ。
青鬼たちは自分たちの頭を寂しく感じた。
「そんなものどこで手に入れたんだ」
「どうやら子供たちの間では帽子は穴が空いている物が流行っているらしいよ。運よく僕たちの角にぴったりだ」
青鬼たちは悔しかった。バカにしていた赤鬼たちが自分たちより洒落た格好をしていることが信じられなかった。
「なあ、その被り物余ってないか?俺たちに譲ってくれないか?」
青鬼は赤鬼に懇願した。
「う~ん、どうしようしようかな。余っているのはあるけど、とっておきのお洒落なやつだからな。大事に取っておきたいんだ」
赤鬼は大量の白い布を岩の陰から取り出して、青鬼に見せてきた。
「バカが!貰った!」
赤鬼が手一杯に持ったそれを、青鬼はひったくって奪う。青鬼たちはそのまま一斉に走り去る。
「こら、待てー!」
と言う赤鬼たちの言葉をよそに、青鬼たちは脱兎のごとく駆けていった。
青鬼たちが逃げ帰ったのを見て、赤鬼たちは頭へ手をやる。被っていた子供用の半袖服や短パンを脱ぎ捨てる。
こっそり青鬼の持ち場である渡し舟の船場に行き、岩の陰から彼らの姿を覗き見た。
そこでは船を待ち列をなす人間たちに、
「どうだ、カッコイイだろう?」
と頭に子供用の白いブリーフを被った青鬼たちが自慢げに話しかけていた。
青鬼たちは皆自信満々にブリーフ頭を見せつけ合っている。
人間たちは苦笑いをしたり、目を逸らしたり、顔を歪ませて笑いを堪えている者もいた。
そんな様子を覗き見て、赤鬼たちはいつまでもいつまでも笑い転げた。
ある日赤鬼たちの持ち場である賽の河原に青鬼たちがやって来て、おもむろに彼らに話しかけた。
「どうだ見ろよ、俺たちのこの服。最高に洒落た最高の服だ。やっぱり鬼はこうでなくちゃな」
青鬼たちは皆様々な服を着ている。派手な色をした物や、細かな装飾の付いたもの、またそれらを重ねて着ている者もいる。
鬼は本来服を着ない。寅の毛皮を腰に纏うのみである。赤鬼のそれはずいぶん長い間着続けて
もうずいぶんボロボロに薄汚れてしまっていた。
赤鬼たちは自分たちの格好が急にみすぼらしく恥ずかしく思えてしまう。
自慢げにポーズを決めて見せつけてくる青鬼たちが輝いて見えた。
「その服、どうしたんだい。いったいどこで手に入れた?」
赤鬼の一人が問いかけた。
「へへん。知りたいなら教えてやるぜ。川を渡る人間達の服だ」
青鬼は三途の川の船守である。死者を彼岸へと渡し舟で運ぶのが仕事だ。
「人間の服を奪ったのか。その発想は無かったな」
「奪ったなんて人聞きの悪い。これは人間達から譲ってもらったんだ」
「嘘つくな。人間が自分の服をくれるものかい」
「嘘じゃないぜ。気に入った奴に『服をくれたら優先して川を渡らせてやる』、って言えばいい。そうすりゃ奴ら簡単に服を脱ぐぜ」
青鬼はニヤニヤと嫌らしく笑っている。
「悔しかったらお前らもそこにいる人間どもから貰ったらどうだ?」
赤鬼は辺りを見渡す。賽の河原は親より早死にした子供が親不孝を償う場である。もちろんここには子供しかいない。体の大きな鬼たちに合う服などあるはずもなかった。
「せいぜい着られる服が見つかるといいな」
そう言って大笑いしながら青鬼たちは自分たちの持ち場へと帰っていった。
「だれか、俺たちに着られる服を持ってないか?譲ってくれたら石積を免除してやるぞ」
赤鬼は大声で周りへ問いかけるが、子供たちは皆下を向いて一様に口をつぐんでしまっている。
「よせよせ。子供の服を俺たちが着られるわけがない」
子供へ詰め寄る赤鬼を別の赤鬼が押さえて宥める。
「お前は悔しくないのかよ。青鬼の奴ら嫌らしく自慢だけしていきやがって」
「そんな事言ったってガキどもの服は小さすぎる。着ようとしたって頭に突っかかるのがいいとこだ」
「なるほどそれだ」
また別の赤鬼が呟いた。赤鬼は一人の子供に声をかけ、着ている物をすべて脱がせてしまう。子供は石を積むのを止め、どこかへと嬉しそうに走り去って消えた。
赤鬼は小さな服を手に持って、言い争いを続ける二人の赤鬼に割って入る。
「みんな聞け。あの嫌味な青鬼どもに赤っ恥をかかせてみないか?」
二人はすぐに言い争いを止める。他の赤鬼たちも集まってくる。皆が彼の話に聞き入った。
翌日、青鬼たちが再び賽の河原にやって来た。それぞれが昨日とはまた別の服を着て、肩で風を切って赤鬼たちに歩み寄る。
「ようよう赤鬼ども、着られる服は見つかったかい?」
一人の青鬼が赤鬼に話しかけ、周りの青鬼たちが一斉に笑った。
しかし話しかけられた赤鬼は平気な顔で、青鬼に返す。
「やあ、青鬼。今日もお洒落でカッコイイね」
青鬼は訝しんだ。赤鬼の余裕な態度に、ではない。彼の珍妙な格好に、だ。
赤鬼は頭に布を被っていた。その小さな被り物には二つの穴が開いていて、赤鬼の左右の角がそこから出ていた。
「おいなんだ、その被り物は」
青鬼が赤鬼に詰め寄った。
「君たちに倣って僕たちもお洒落をすることにしたんだ」
赤鬼が胸を張って頭を青鬼に見せつけてみせる。それに続いて他の赤鬼たちも集まってくる。彼らは一様に頭に被り物をしていた。
それぞれに色とりどりな布を被って自信ありげに青鬼たちに見せつけた。
「どうだい似合ってるかな?人間達の最新ファッションらしいんだ」
青鬼たちは自分たちの頭を見合った。
彼らはそれぞれ思い思いに服を着てはいるが、頭に被り物をしている者はいない。なにせ人間の帽子を被るには、彼らの頭の2本角がどうにも邪魔になってしまうのだ。
青鬼たちは自分たちの頭を寂しく感じた。
「そんなものどこで手に入れたんだ」
「どうやら子供たちの間では帽子は穴が空いている物が流行っているらしいよ。運よく僕たちの角にぴったりだ」
青鬼たちは悔しかった。バカにしていた赤鬼たちが自分たちより洒落た格好をしていることが信じられなかった。
「なあ、その被り物余ってないか?俺たちに譲ってくれないか?」
青鬼は赤鬼に懇願した。
「う~ん、どうしようしようかな。余っているのはあるけど、とっておきのお洒落なやつだからな。大事に取っておきたいんだ」
赤鬼は大量の白い布を岩の陰から取り出して、青鬼に見せてきた。
「バカが!貰った!」
赤鬼が手一杯に持ったそれを、青鬼はひったくって奪う。青鬼たちはそのまま一斉に走り去る。
「こら、待てー!」
と言う赤鬼たちの言葉をよそに、青鬼たちは脱兎のごとく駆けていった。
青鬼たちが逃げ帰ったのを見て、赤鬼たちは頭へ手をやる。被っていた子供用の半袖服や短パンを脱ぎ捨てる。
こっそり青鬼の持ち場である渡し舟の船場に行き、岩の陰から彼らの姿を覗き見た。
そこでは船を待ち列をなす人間たちに、
「どうだ、カッコイイだろう?」
と頭に子供用の白いブリーフを被った青鬼たちが自慢げに話しかけていた。
青鬼たちは皆自信満々にブリーフ頭を見せつけ合っている。
人間たちは苦笑いをしたり、目を逸らしたり、顔を歪ませて笑いを堪えている者もいた。
そんな様子を覗き見て、赤鬼たちはいつまでもいつまでも笑い転げた。