暗殺 彼女 宝くじ

文字数 2,285文字

 彼氏のユウジが電信柱の陰に身を隠してキョロキョロと辺りを窺う。普段はとんでもなくずぼらで横柄で乱暴な性格をしているくせに、今の彼はプルプル震えて獲物に狙われる小動物の様。あまりに極端な様子に笑けてくる。
「ははっ、あんた、怪しすぎるからそれ止めなさいよ」
「うっさいバカ!どこから狙われてるか分からないだろう!」
 と言って彼は、辺りに人がいないことを確認すると、両手を斜め後方に伸ばして脚だけ回して走り出す。たぶん今彼の頭の中では「シュタタタタ」と言う効果音が鳴っていることだろう。そうして次の電信柱へと移りまた身を隠す。
「はははははは。ホント止めてよそのバカらしい走り方もさ。忍者だって絶対そんな走り方してなかったって」
「そんなの分からないってばよ!」
 そうしてまた電信柱から出てこなくなる。
「じゃあ私先に行くから」
 私はもう彼を無視して歩き出してしまう。こんな遊びにいつまでも付き合っていては銀行がしまってしまう。
「く、くそ!待つってばよ!」
 ユウジが電柱から飛び出して、私の元へ駆け寄る。私の腕を掴んでキョロキョロ警戒しながら歩く。私はそんな彼を振り払って「パンッ」彼の頭を引っぱたく。
「いだっ!」
「歩きづらいわ阿呆」
「だ、だって~」
 彼の声は震えている。体もプルプル震えている。
「そんなキョロキョロしてたら怪しすぎて逆に狙われるわ」
「だって1億円だよ1億円。ミホちゃん怖くないの?」
「紙っぺら持ち歩くのに怖いも何もあるめえ」
 と私は言ってみるものの、実は内心心臓バクバクだ。どこからか誰かに見られている気がする。昨日の夜彼が当選番号を確認して大騒ぎを初めてからというものの、私も気が気でなかったりする。けれど隣でチワワみたいにユウジがビクビク怯えているので、私くらいはしっかりせねばと無理やり気を張らせているのだ。
 荷物を入れたカバンがやけに重く感じて仕方がない。ああ、早く銀行へたどり着いてしまいたい。一刻も早くこの緊張感から解放されたい。まったく宝くじなんて当たるもんじゃない。

 人通りの多い大通りにでて、ユウジのへっぴり腰を引っぱたいて伸ばさせたところで、
「Excuse me.」
 後ろから話しかける。
 私達より頭2つも背の高い彫りの深い鷲鼻の男の人が立っていた。
 うお、外人さんだ。
「I seem to be lost.」
 英語だ英語。どどど、どうしよう。
 慌てる私の腕を引っぱってユウジが、
「すいません。急いでいるので」
 と言って走りだす。
 何か言いかけた外人さんを無視して、彼の姿が見えなくなるまで走り切ってしまう。
「ちょっとユウジ。あんなのひどいんじゃない?」
 私が彼の腕を振り払って「パンッ」頭をはたく。
「はっ、はっ、はっ、はっ。だっ、だって。外人だよ。わざわざ俺たちに話しかけてくるなんて。はっ、はっ。絶対暗殺者かなんかだよ」
 やけに息を切らしてそんな事をのたまう。
「そんなわけないじゃん!きっと困ってたんだよ?さっきのあんた最悪だよ?」
「だ、だって、一億円だもん」
 膝に手をついて「ぜひゅーぜひゅー」苦しそうに呼吸をする。
 バカかこいつは被害妄想にも程があるだろ。
 そんな歩道の真ん中で息を切らしているユウジに、
「もし、大丈夫ですか?」
 とカートを押したお婆さんが声をかけてくる。
「ひいっ!」
 と短い悲鳴を上げてユウジは走り去ってしまう。
 ポカンとするお婆さんに、
「ごめんなさい。大丈夫なんで。ホントごめんなさい」
 慌てて謝って私は彼を追いかける。
「はっ、はっ、はっ。怖かった」
 街路樹の下でしゃがみ込むユウジの頭を「パンッ!」私は思い切りはたいてやる。
なんだが今日はこいつを引っぱたいてばっかりだ。このままでは銀行にたどり着くより先に私の手の平が持たないかもしれないな。
 そう思うとだんだんむかっ腹が立ってくる。いつまでもこんな男のペースに巻き込まれている私までもがとんでもなく阿呆な事をしているようにさえ思えてくる。
 私はユウジの脇に両腕を差し込んで彼の体を持ち上げる。
「うおっ、ちょっ」
 そのまま羽交い絞めにして歩き始める。
「みなさーん!この男1億円持ってますよー!」
「ちょっ!ホントに何してんのミホちゃんダメだって!」
 暴れるユウジを押さえつけたまま私は歩道のど真ん中を闊歩する。
「うるさいな、堂々としてりゃあいいんだよ。ホントだろうが嘘だろうが一億円程度たいして気にする奴はいねえよ!」
「そんな事ないよ!殺されちゃうよ!」
「殺されるかバカ!みなさーん!この男金持ちですよー!宝くじ当たりましたよー!」
 道行く人達が怪訝な目で私たちを見る。あからさまに避けていく。
 ははははは。歩きやすくて仕方ねえや。
 もちろん暗殺者も強盗もない。
 そのままズンズン歩いて私たちはすぐに銀行へとたどり着く。
 受付を済ませて待っている間もユウジはビクビク周りの警戒し続けるが、もちろん何も起きやしない。しばらくした後応接室へと通される。
 私達が椅子に掛けて早々、行員のお姉さんが口を開く。
「こちら当選番号なんですが、組数がずれている様でして…」
 申し訳なさそうな口調で宝くじと当選番号の書かれた表をこちらへ差し出す。
「ええ?」
 ほおけるユウジを放っておいて紙を手に取る。
 当選番号は43組6157662。
 くじの方は48組6157662。
 お姉さんは苦笑いだ。
「あっ、ほ、ほら、下一桁の300円なら当たってるよ」
 苦し紛れにユウジが言う。
 私は腕を思い切り振りかぶる。渾身の力で阿呆の頭をはたく。
 パーーーーンッ。
 今日一番のいい音が応接室に高く響いた。
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