悪魔の囁き 大根役者 大誤算
文字数 2,021文字
その悪魔は人をそそのかすことを生業としていた。
人間の後ろから語り掛け、甘い言葉で破滅へと導き地獄へと落とすのが使命であった。
ある時、金に苦しむ男を見つけた。男は方々から借金を繰り返し首が回らなくなっていた。
そこで悪魔はさりげなく男の前に包丁を出現されると、彼の心の中で「銀行銀行銀行」と囁いてみせた。
男は虚ろな表情で包丁を持って銀行へ向かい強盗へとなり果てた。
ある時、恋人に振られた女を見つけた。縋りつく女を男が振り払う現場を見つけた。
そこで悪魔は女を結婚詐欺師の元へと誘導してみせた。
女はばっちり詐欺師へ入れ込んで、貯金をむしり取られて捨てられた。
しかしそれらは悪魔の仕事としては、決して大してうま味のあるものではなかった。
銀行強盗と言っても計画性のない物。大して被害も出ずに男はすぐに捕まってしまった。
詐欺師に騙されたといっても、せいぜい貯金をまるまる取られただけの事。自暴自棄になった女がしたことと言えば、せいぜいが万引きやこそ泥の類。落ちぶれた所で小悪党である。
そんな小さな成果しか上げられずにいては、仲間の悪魔たちからいい笑いものにされてしまう。
ここらで一つ大きな悪事へ人間をそそのかして、バカにする奴らを見返してやらねばなるまい。
悪魔は気合を入れて次の獲物を探しに街へと繰り出した。
ある夜、公園のベンチで一人肩を落としている青年を悪魔は見つけた。
「ああなんてことだ」
青年は下を向いてぶつぶつと一人言を言っている。
悪魔は姿を消して近づくと、青年の言葉に耳を澄ました。
「あまりに突然すぎる。まさか父さんが死んでしまうだなんて」
どうやら彼の父親が死んでしまったらしいのだが、悪魔は青年の深く落ち込む様子からそれ以上の怪しい事情があるのではないかと予想した。
悲劇はさらなる悲劇の種である。
上手くやればこの青年を大きな破滅へと導けるやも知れない。
悪魔は一計を案じることにした。
「私だ。聞こえるか、私だ」
悪魔は姿を隠したまま、青年の心の内に声をかけた。
「父さん。もしかして父さんですか」
青年は立ち上がり辺りを見渡すが、悪魔の姿を人間が見ることはできない。
「私だ。お前の父だ。私はここにいるぞ」
悪魔はばれない様になるべく声をくぐもらせて青年へと語りかけた。
「父さん!かわいそうに、幽霊となってさまよっているんですね」
青年は大きく手を広げて誰もいない虚空へと叫んだ。
「教えてください父さん!どうして突然死んでしまったのですか!」
「私の死についてはなんと聞いている」
「病気で死んだと聞いています」
「いいや、違う。お前も気づいているのだろう」
「もしかして、いいえ、やはり病気ではなく、殺されたのですね」
話の転がり様に悪魔はほくそ笑んだ。
「そうだ、私は殺されたのだ。犯人も思い当たる人物がいるのではないか?」
「もしかしてやはり叔父ですね。父の地位を欲した叔父に殺されたのですね」
青年が一人で都合のいい様に解釈を進めていることに、悪魔は口角が上がって仕方がなかった。
実際に叔父とやらが殺したかどうかは分からない。しかしそいつに恨みを向けてしまえば大きな悲劇と破滅が生まれてくれるに違いない。
「そうだ、私はお前の叔父に殺されたのだ。私は奴が憎くて憎くてたまらない。息子よ私の敵を取ってはくれないか」
「父よ分かりました。あなたの敵は私が打ってみせます。必ずやあのにっくき叔父の首を取ってみせましょう」
青年の古臭い言い回しに悪魔は必死に笑いを堪えた。つられて悪魔も仰々しいセリフ回しになってしまう。
「頼んだぞ息子よ。頼れるのはお前だけだ。必ずや奴めを殺して敵を取ってくれ」
「はい、必ずや」
青年は立ち上がり拳を天へと掲げてみせた。
もう悪魔は堪えられなかった。笑い声の漏れない内に急いで青年の元から飛び去っていった。
しめしめこれでしばらくすればきっとあの青年は叔父とやらを殺すだろう。
殺人を犯した罪は重い。その魂は必ず深い深い地獄へと落ちるだろう。
こんな大手柄は久しぶりだ。出世間違いなしである。
悪魔は大喜びで他の悪魔へと自慢をするため、急いで地獄へと帰っていった。
公園で一人拳を天に掲げる青年の元に一人の男が近づく。
「よう、いつまでそんなところでやっているんだ」
男に気が付いた青年が姿勢を正して彼に頭を下げた。
「お疲れ様です。先輩!」
「お前、何やってたんだよ一人で叫び散らして」
「シェイクスピアのハムレットですよ。今度舞台のオーディションがあるんです。その練習をしていたんですよ」
「こんな所で一人でやってたら通報されるぞ。今も公園周りの通行人から怪しい目で見られてた」
「でもどうです俺の演技、上手かったでしょう?俺自身、殺された父王の声がひとりでに聞こえてきたくらいでしたから」
男が大声を上げて笑う。
「ははははは、バカを言え。あんなわざとらしい大根演技。赤ん坊だって騙せやしねえよ」
人間の後ろから語り掛け、甘い言葉で破滅へと導き地獄へと落とすのが使命であった。
ある時、金に苦しむ男を見つけた。男は方々から借金を繰り返し首が回らなくなっていた。
そこで悪魔はさりげなく男の前に包丁を出現されると、彼の心の中で「銀行銀行銀行」と囁いてみせた。
男は虚ろな表情で包丁を持って銀行へ向かい強盗へとなり果てた。
ある時、恋人に振られた女を見つけた。縋りつく女を男が振り払う現場を見つけた。
そこで悪魔は女を結婚詐欺師の元へと誘導してみせた。
女はばっちり詐欺師へ入れ込んで、貯金をむしり取られて捨てられた。
しかしそれらは悪魔の仕事としては、決して大してうま味のあるものではなかった。
銀行強盗と言っても計画性のない物。大して被害も出ずに男はすぐに捕まってしまった。
詐欺師に騙されたといっても、せいぜい貯金をまるまる取られただけの事。自暴自棄になった女がしたことと言えば、せいぜいが万引きやこそ泥の類。落ちぶれた所で小悪党である。
そんな小さな成果しか上げられずにいては、仲間の悪魔たちからいい笑いものにされてしまう。
ここらで一つ大きな悪事へ人間をそそのかして、バカにする奴らを見返してやらねばなるまい。
悪魔は気合を入れて次の獲物を探しに街へと繰り出した。
ある夜、公園のベンチで一人肩を落としている青年を悪魔は見つけた。
「ああなんてことだ」
青年は下を向いてぶつぶつと一人言を言っている。
悪魔は姿を消して近づくと、青年の言葉に耳を澄ました。
「あまりに突然すぎる。まさか父さんが死んでしまうだなんて」
どうやら彼の父親が死んでしまったらしいのだが、悪魔は青年の深く落ち込む様子からそれ以上の怪しい事情があるのではないかと予想した。
悲劇はさらなる悲劇の種である。
上手くやればこの青年を大きな破滅へと導けるやも知れない。
悪魔は一計を案じることにした。
「私だ。聞こえるか、私だ」
悪魔は姿を隠したまま、青年の心の内に声をかけた。
「父さん。もしかして父さんですか」
青年は立ち上がり辺りを見渡すが、悪魔の姿を人間が見ることはできない。
「私だ。お前の父だ。私はここにいるぞ」
悪魔はばれない様になるべく声をくぐもらせて青年へと語りかけた。
「父さん!かわいそうに、幽霊となってさまよっているんですね」
青年は大きく手を広げて誰もいない虚空へと叫んだ。
「教えてください父さん!どうして突然死んでしまったのですか!」
「私の死についてはなんと聞いている」
「病気で死んだと聞いています」
「いいや、違う。お前も気づいているのだろう」
「もしかして、いいえ、やはり病気ではなく、殺されたのですね」
話の転がり様に悪魔はほくそ笑んだ。
「そうだ、私は殺されたのだ。犯人も思い当たる人物がいるのではないか?」
「もしかしてやはり叔父ですね。父の地位を欲した叔父に殺されたのですね」
青年が一人で都合のいい様に解釈を進めていることに、悪魔は口角が上がって仕方がなかった。
実際に叔父とやらが殺したかどうかは分からない。しかしそいつに恨みを向けてしまえば大きな悲劇と破滅が生まれてくれるに違いない。
「そうだ、私はお前の叔父に殺されたのだ。私は奴が憎くて憎くてたまらない。息子よ私の敵を取ってはくれないか」
「父よ分かりました。あなたの敵は私が打ってみせます。必ずやあのにっくき叔父の首を取ってみせましょう」
青年の古臭い言い回しに悪魔は必死に笑いを堪えた。つられて悪魔も仰々しいセリフ回しになってしまう。
「頼んだぞ息子よ。頼れるのはお前だけだ。必ずや奴めを殺して敵を取ってくれ」
「はい、必ずや」
青年は立ち上がり拳を天へと掲げてみせた。
もう悪魔は堪えられなかった。笑い声の漏れない内に急いで青年の元から飛び去っていった。
しめしめこれでしばらくすればきっとあの青年は叔父とやらを殺すだろう。
殺人を犯した罪は重い。その魂は必ず深い深い地獄へと落ちるだろう。
こんな大手柄は久しぶりだ。出世間違いなしである。
悪魔は大喜びで他の悪魔へと自慢をするため、急いで地獄へと帰っていった。
公園で一人拳を天に掲げる青年の元に一人の男が近づく。
「よう、いつまでそんなところでやっているんだ」
男に気が付いた青年が姿勢を正して彼に頭を下げた。
「お疲れ様です。先輩!」
「お前、何やってたんだよ一人で叫び散らして」
「シェイクスピアのハムレットですよ。今度舞台のオーディションがあるんです。その練習をしていたんですよ」
「こんな所で一人でやってたら通報されるぞ。今も公園周りの通行人から怪しい目で見られてた」
「でもどうです俺の演技、上手かったでしょう?俺自身、殺された父王の声がひとりでに聞こえてきたくらいでしたから」
男が大声を上げて笑う。
「ははははは、バカを言え。あんなわざとらしい大根演技。赤ん坊だって騙せやしねえよ」