第8話 転機
文字数 1,221文字
プロジェクト終了が近づいた頃、私の彼氏・忠司(ただし)も、長期出張していた案件に片が付き、帰国した。
久しぶりの日本だから和食が食べたい、と言うので、ちょっと奮発して、いいお寿司屋さんを予約して、二人でディナーに出かけた。
久しぶりに会った彼は、海外の食事や水が微妙に合わなかったのか、「少し痩せちゃったんだよ」と、苦笑した。
「でも、顔も身体の線も、以前よりシュッとして、カッコいいよ」と、私がウインクして微笑むと、珍しく、彼は、少し頬を赤らめた。
・・・三年も付き合ってる彼女でも、容姿を褒められると、男の人って、嬉しいものなのかしら。ちょっと意外に思いながら、シャンパンを舌の上で味わい、彼の横顔を眺めていた。
自我や自己顕示欲が強くて、「俺が俺が」という性格の人が多い業界だが、忠司は、頭の回転は早いけれど、性格が穏やかで、派手なことを好まない。精神状態が安定していて、堅実なところが、私の過去の彼氏とは全然違っている。私の話に、いつも、注意深く耳を傾けてくれるところも、好きだ。
「ナオも、もうすぐ今のプロジェクト、一息つくんだよね?」
労わるように、優しい笑顔を向けられ、一瞬、ほんの一瞬だけど、罪悪感でツキンと私の胸は痛んだ。
もう、『何もなかった状態』には戻せないのだから、上手に嘘を隠し通して、彼をこれまで以上に優しく愛してあげるのが、私にできる最大級の愛情だと、覚悟を固めたつもりだったのに。
私は、更に一口シャンパンを含み、ニッコリと微笑み返した。
急にちょっとソワソワし始めた彼が、内ポケットから小さい黒い箱を取り出した。
・・・それって、もしかして。
「ナオ。年単位の出張になっちゃったけど、俺を待っててくれてありがとう。遅くなってごめんな。今更って感じもするけど、改めて。
俺と結婚して。」
そう言えば、彼が、海外に行く前、私は、「何年待たなきゃいけないの?」「忠司が帰ってきた時には、私、他の人と結婚してるかもしれないよ?いいの?!」等と、駄々をこねて拗ねたんだった。
穂村さんに、心を、ほんの一部ではあるけど、ほんの一瞬ではあるけど、奪われていた間、忠司との結婚について、忘れていた自分に、プロポーズされた今、気が付いた。
走馬灯のように、忠司が不在だった間の出来事が脳裏を駆け巡った。
「・・・帰国して、まだ間もないのに。こんな立派なもの、用意してくれてたんだ・・・。やだ、私、なんか、感激しちゃって・・・。すぐに、言葉が出て来なくてごめんね・・・。嬉しい・・・。」
私の目は自然と潤み、シャンパンのお蔭もあって頬や瞼は紅潮していた。
忠司は、目尻に細かい皺を寄せて、嬉しそうに微笑み、私の左手薬指に、ダイヤの指輪をはめてくれ、肩を優しく抱いてくれた。
私のいるべき場所に、帰るべきタイミングが来たんだ。ただ、それだけのことだ。
久しぶりの日本だから和食が食べたい、と言うので、ちょっと奮発して、いいお寿司屋さんを予約して、二人でディナーに出かけた。
久しぶりに会った彼は、海外の食事や水が微妙に合わなかったのか、「少し痩せちゃったんだよ」と、苦笑した。
「でも、顔も身体の線も、以前よりシュッとして、カッコいいよ」と、私がウインクして微笑むと、珍しく、彼は、少し頬を赤らめた。
・・・三年も付き合ってる彼女でも、容姿を褒められると、男の人って、嬉しいものなのかしら。ちょっと意外に思いながら、シャンパンを舌の上で味わい、彼の横顔を眺めていた。
自我や自己顕示欲が強くて、「俺が俺が」という性格の人が多い業界だが、忠司は、頭の回転は早いけれど、性格が穏やかで、派手なことを好まない。精神状態が安定していて、堅実なところが、私の過去の彼氏とは全然違っている。私の話に、いつも、注意深く耳を傾けてくれるところも、好きだ。
「ナオも、もうすぐ今のプロジェクト、一息つくんだよね?」
労わるように、優しい笑顔を向けられ、一瞬、ほんの一瞬だけど、罪悪感でツキンと私の胸は痛んだ。
もう、『何もなかった状態』には戻せないのだから、上手に嘘を隠し通して、彼をこれまで以上に優しく愛してあげるのが、私にできる最大級の愛情だと、覚悟を固めたつもりだったのに。
私は、更に一口シャンパンを含み、ニッコリと微笑み返した。
急にちょっとソワソワし始めた彼が、内ポケットから小さい黒い箱を取り出した。
・・・それって、もしかして。
「ナオ。年単位の出張になっちゃったけど、俺を待っててくれてありがとう。遅くなってごめんな。今更って感じもするけど、改めて。
俺と結婚して。」
そう言えば、彼が、海外に行く前、私は、「何年待たなきゃいけないの?」「忠司が帰ってきた時には、私、他の人と結婚してるかもしれないよ?いいの?!」等と、駄々をこねて拗ねたんだった。
穂村さんに、心を、ほんの一部ではあるけど、ほんの一瞬ではあるけど、奪われていた間、忠司との結婚について、忘れていた自分に、プロポーズされた今、気が付いた。
走馬灯のように、忠司が不在だった間の出来事が脳裏を駆け巡った。
「・・・帰国して、まだ間もないのに。こんな立派なもの、用意してくれてたんだ・・・。やだ、私、なんか、感激しちゃって・・・。すぐに、言葉が出て来なくてごめんね・・・。嬉しい・・・。」
私の目は自然と潤み、シャンパンのお蔭もあって頬や瞼は紅潮していた。
忠司は、目尻に細かい皺を寄せて、嬉しそうに微笑み、私の左手薬指に、ダイヤの指輪をはめてくれ、肩を優しく抱いてくれた。
私のいるべき場所に、帰るべきタイミングが来たんだ。ただ、それだけのことだ。