最終話 ひとつの恋が終わる瞬間

文字数 978文字

 プロジェクトが終わり、一人ずつ面談してもらった時に、穂村さんに結婚を報告した。

 「私事ですが、一つご報告があります。来年の六月に、結婚することになりました。お相手は、〇〇サービス部の酒井忠司さんです。結婚後も、仕事は続けるつもりなので、引き続きよろしくお願いします。」

 あえてビジネスライクに、一気に言い切った。

 穂村さんは、自分の手帳に、面談のメモをとっていたが、私の報告に、ぴたりとペンを止め、物言いたげに、目線を私へと向けた。

 数秒間、彼は無言だった。

 「・・・そうか。それは、おめでとう。」

 妹から結婚の報告を受けた兄のような、ちょっと切なそうな笑顔を浮かべ、穂村さんは続けた。

 「なんだろ。俺、今、カノジョに、『他の人と結婚するから』って言われたような気がしちゃった。切ないなぁ。ははは。」

 「・・・そもそも、穂村さん、結婚してるじゃないですか。それも、マユミさんみたいな素敵な奥様と。ずっと切なかったのは、こっちですからね」

 私は、口元に笑みを浮かべながら、彼を、軽く横目で睨んだ。

 「・・・そうだな。・・・これまで、色々、ありがとう。俺が言うのも変かもしれないけど、
 ナオちゃん、幸せになれよ」

  ***

 梅雨時なのに、幸運にも、晴天に恵まれた六月。

 社内恋愛で三年間付き合った彼氏と、今日、私は、結婚式を挙げている。

 余興は、新郎新婦友人で臨時結成したバンドの演奏だった。

 キーボードの前に座っているのは、穂村さんだ。

 「酒井くん、ナオちゃん。改めて、ご結婚おめでとうございます。こんな綺麗な花嫁姿が見られて、僕も感激しました。末永くお幸せに。僕らからのお祝いは、次が最後の曲です。Official髭男ism『ビンテージ』」

 キレイとは傷跡がないことじゃない
 傷さえ愛しいというキセキだ

 歌いながら、初めて会ったあの日と変わらない優しい眼差しで、彼は私に微笑み掛けた。目尻に下向きに笑い皺が入って、三日月みたいな目になる。彼のくしゃくしゃの笑い顔が、私は好きだった。

 恋が始まる瞬間を見るのが難しいように、恋が終わる瞬間を見るのは、難しい。

 でも、この日、ウェディングドレスを纏った私は、好きだった人が歌う姿に、ひとつの恋が終わった瞬間を見た、と思った。
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