第3話 自分が分からない

文字数 1,371文字

 皮肉なことに、私のモチベーションが高まるにつれて、プロジェクトの雲行きはどんどん怪しくなっていた。

目標やスケジュールの変更。
主要人物の異動。
次々と変わり続ける要求仕様。

 太陽が東から上るのと同じくらい、ITコンサルティングのプロジェクトでは、悲しいほどよくある出来事ばかりだ。

 加えての「あるある」で、クライアントとの関係だけでなく、社内でも不和や緊張感が高まり、体調不良による脱落者が続出した。

 しかし、プロジェクトに暗雲が立ち込め、環境が過酷になればなるほど、脱落者が増えるほど、残されたメンバーのうち、特に気が合う一部の面々の結束は固くなった。

 自宅には、着替えと入浴、そして、仮眠のために、帰るだけだった。

 社内恋愛中の彼氏が、長期出張で不在なのを、寂しがるどころか、「丁度良かった」と思うようになっていた。数か月、会ってないどころか、電話で声も聴いていない。

 私は、仕事に夢中になると、用事がある時以外は、彼氏に連絡しなくなる。

 学生時代からの女友達は、同情を通り越して、憐みの目で私を見る。

 「ナオのそういうとこ、私の元カレみたい。私の気持ちに共感して欲しいだけなのに。優しく髪を撫でて甘い声で“うんうん”って囁いて、キスして欲しいのに。勝手に、私の話を纏めて、結論とか解決策を出そうとするの。上司と話してるみたいで、ホントうんざりする。私、ナオの彼氏の気持ち、なんか分かる気がする」

 彼女は、艶々の髪としっとりした肌を持ち、企業戦士(今時の言い方だと「社畜」か?)の元カレに早々に見切りをつけ、今は、もっと人間的な生活をしている優しい彼氏と、甘い恋愛をしていた。

 女友達が言うことも、理解できる。

 でも、脳味噌を絞りに絞って、関係者の賛同や協力を得、1人ではとても成し遂げられないものが形になる快感を知ってしまうと、途中の重労働は「イタ気持ちいい」前戯でしかない。

 この快感を理解してくれる人とでないと、私の心は真の満足を得られないような気がしている。

 会社の同僚である今カレと付き合いだして、3年続いているのは、同業者なのが大きいと思っていた。「忙しい」と私が言う時、食事も睡眠もろくに摂れてなくて、クライアントからの無茶振りにどれだけ神経をすり減らしているか、決して浮気なんかできる状況じゃない、ということを、説明しなくても、分かってくれるから。

 数か月に渡る「デス・マーチ」生活を経て、肌どころか、爪や髪の毛までボロボロになってきた。将来に対してぼんやり不安を覚えながら過ごしていたある日、コンビニで昼食の買い物をしていると、穂村さんから、私の携帯に電話が掛かってきた。

 リーダーから直接、しかも、わざわざ休憩時間の携帯電話への連絡。
嫌な予感しかしない。
一旦コンビニを出て応答することにした。

 「はい、羽多です」

 「あ〜羽多さん。昼休みにごめんね?今、話せる?」

 穂村さんが、下手に出ている。普段なら、前置きなく、ぶっきらぼうに用件を一方的に話すこともあるのに。頭の中に大きな警報音が鳴り響く。

 「・・・はい、大丈夫です」

 私は、一度深く息を吐き出し、意識的に肩の力を抜き、彼から告げられるだろう悪いニュースを聞く準備をした。
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