第2話 新しい世界を見せてくれる人

文字数 1,517文字

 穂村さんは、数々の武勇伝が知られている社内の有名人で、私の尊敬する先輩マユミさんの旦那さんでもあったので、一緒に仕事をしたことはなかったけれど、その名前と顔だけは知っていた。

 たまに社内で見かける彼は、背こそ180センチ弱あるけど、猫背気味で、いつもサイズが合わないヨレっとしたスーツを着ていた。マユミさんには申し訳ないけど、「冴えないおじさん」という印象だった。

 だけど、彼に対する私の先入観は、彼がリーダーをつとめるプロジェクトに私がメンバーとして参加した瞬間に、良い意味で裏切られることになった。

 社運が掛かっている、と囁かれるプロジェクトの、キックオフミーティングだった。

 招集されたメンバー(光栄なことに私も含まれていた)は、みんなそれぞれ緊張を隠せず、会議室は重苦しい沈黙に包まれる中、彼は、悪びれもせず遅刻して現れた。

 「遅れてごめんね〜。赤井のオジサンの話が長くてさ〜」と、次期社長の呼び声高い役員を、オジサン呼ばわりで歯牙にも掛けない飄々とした態度だった。冗談ばかりの自己紹介で会議室を爆笑の渦に巻き込み、みんなをリラックスさせてから、1人ずつ自己紹介させ、チームの一体感を創り出した。

 所定時間のラスト15分で、見事に、プロジェクトの目標や、チームへの期待、約束事、などを簡潔かつ的確にインプットした。

 メンバーの自己紹介タイムは、穂村さんにつられて、「誰が一番笑いを取るか競争」の様相を呈した。

 笑い過ぎて痛くなりそうな腹筋を押さえながら穂村さんを見ると、手を叩き、一番大きな声をあげて笑っていた。

 目じりに下向きに笑い皺が入って、目が細い三日月のようになる。くちゃくちゃの人懐っこい表情が優しそう。可愛いな、と思った。

***

 一緒に仕事をしてみたら、彼は、一コンサルタントとしての実務能力も当然の如く高かったが、マネージャーとしても、部下の良いところを見つけ出して自信を持たせ、チャンスを与えるのが、うまかった。

 私が小難しい提案をしてクライアントと揉めそうになった時も、即座にシンプルで安価な代替案を出すだけでなく、落ち込んだ私に、「羽多さんは、賢いから、こういう難しいこと思い付いちゃうんだろうなぁ」と優しい笑顔で励ましてくれた。

 かと思えば、社内SNSの私の文章を見て、「この文才をもっと活かしたほうが良い」と、プロジェクトチームの社内外に対する広報も任せてくれた。以前、事業会社でマーケティングやプロモーションの実務を担当していた彼に、直接マンツーマンで指導してもらえるのが嬉しくて、張り切って編集作業に励んだ。

 チーム内外から良いフィードバックがあった時は、「これ、羽多さんの仕事なんだよ」と、我が事のように嬉しそうに目を細め、周りに自慢してくれているのを見て、胸が熱くなった。

 一番共鳴したのは、何かを決めなければいけない時の、彼の意思決定基準だった。

 単純に、右か左かを二者択一に、機械的に決めるのではなくて、殆どの場合、新しい選択肢を自ら創り出してしまう。

 ビジネスの意思決定は、利益や納期で判断されるものだという固定観念が染み付いてしまっていた私は、「こうした方が面白いし、みんなが喜ぶでしょ?」と常に考えている彼に、びっくりしたし、心を打たれた。

 私が彼の価値観に好意や敬意を持っていることは、自然と彼に伝わっていたのだと思う。次第に、彼が良いアイデアを思い付いた時は、私に「どう思う?」と意見を求めるようになった。私は、その度に、彼に賞賛の眼差しや言葉を送った。彼の良き理解者だと思ってもらえたのが、嬉しかった。
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