(十二・一)トンネル

文字数 1,072文字

 アスファルトの路地に、わたしの足音だけが響いていた。いつか馬車道も通過し、桜木町駅へと続く道を歩いていた。また少しずつ海の音が聴こえ出した。そう思ったら突如目の前に、大観覧車が姿を現した。いつのまにか、大観覧車の足元に来ていたらしい。思わず足を止めた。そして目の前はもう海だった。大観覧車は丸で海の上に聳え立っているかのように見えた。
 けれど大観覧車のあの眩しいイルミネーションは、既にもう消えていた。辺りは暗く、海の面も暗かった。大観覧車の時計の文字だけが、僅かに灯っているばかり。わたしは顔を上げ、その時刻を確かめた。
 午前2時29分。
 夜明けまで、まだあと数時間は有る。わたしは大観覧車に別れを告げると、歩き出した。そのまま海岸に沿って歩き続けた。左手に桜木町駅、右手には船が見えた。日本丸。船といっても観光名所として今はもう動かない、いつまで経っても船出しない船だった。日本丸の横を通り抜けると、小さな遊園地があった。『コスモワールド』という遊園地だった。営業時間はとっくに過ぎて入口は閉ざされ、照明も消えてまっ暗だった。そこも通過した。人影は全くなく、誰とも擦れ違わなかった。
 眠気はなかった。寒いだけだった。兎に角寒い。行く宛てもなく、ただ海に沿って、何処までも何処までも歩いてゆこう。そんな気持ちで歩いていた。見上げると星空の下に、MM21の摩天楼が建ち並んでいた。それからパシフィコ横浜の姿も見えた。よし、あそこまで行ってみよう。そう思ったけれど、目の前にはトンネルがあった。
 トンネル。もしかして風がしのげるかも知れない。海に近付けば近付く程、潮風も荒くなる。その冷たさは身を切られるかと思う程。それが避けられるとしたら、こんなに有り難いことはない。わたしは藁をも掴む思いで中に入った。あとは、中に人がいなければ良いのだが。
 トンネルの中はまっ暗だった。けれど直ぐに目は慣れ、トンネルの中の様子も分かった。人は誰もいなかったし、ダンボールや荷物も何ひとつなかった。ふう、良かった。それに思ったように、風もしのげる。しばらく、ここにいよう。ほっと一安心して緊張が解けたのか、どっと疲れが襲って来た。わたしはしゃがみ込み、壁に凭れた。そのまま地べたに尻を付けた。冷たかったけれど、疲れには敵わず我慢した。目を瞑った。
 ふわぁ、と欠伸が出た。睡魔に襲われた。もう眠くてたまらない。何だかんだでとうとうここまで、一睡もしていなかったのだから。駄目だ、寝たら、夢、夢を見てしまう……。けれど抵抗も空しく、わたしは眠りへと落ちていった。
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