第43話 三十五年前の

文字数 3,262文字

「あ、来た。ちょっと修二出てよ」
「うん」
 エントランスでぼそぼそと話し声が聞こえてすぐ、修二は二十センチほどの箱を一つ抱えて戻って来た。
「やっぱりヒロ姉ちゃんからだったよ。けっこう重いな、これ」
 箱を左右に揺すると中からガサゴソ音がした。
「何だろうね。開けてみて修二」
 けっこう頑丈に梱包してある箱を、修二は力任せにバリバリっと破った。
「あ!」
「何だこりゃ」
二人が顔を見合わせる。出て来たものは、大中小三種類のバイブレーター。一番小さいやつはローターと呼ばれるものだ。それも試作段階のもの。先月わたしの担当している企画会議で通ったばかりの商品だ。おいおい!
「何を送って来るかと思えば、ほんとにヒロ姉さんたら。こんなとこでもテストしろってこと?」
「豪華ホテルのジュニアスイートでバイブレーターのチェックってかい。あはは、ヒロ姉ちゃんらしいや」
「あ、待って、まだ梱包材の下に何か入ってる」
「何だろう。薄いな」
 プチプチに包まれた、それは……。
「タブレット?」
「みたいだね。あ、ヒロ姉ちゃんのメモが付いてる」
「ビデオ再生して、だって」
 わたしたちは早速タブレットを起動させ、ビデオアプリをタップした。
「あ、ヒロ姉ちゃん」
 
 マンションのベッドルームが映し出された。ヒロ姉さんが、一人こちらを向いてベッドに腰かけている。その表情はどこか事務的で、いいえ、事務的というより、よそよそしくて、わたしには少し緊張しているように見えた。
 やがて音声が流れ出した。いつもの少し低く、落ち着いた声だ。わたしと修二はその様子をじっと見守る。
「はぁい、二人とも、楽しんでいますか? 邪魔してごめんなさいね。そこ、とってもいい部屋でしょう? さてさて、修坊は一週間わたしの言いつけ守ったかな? 守ったならば優子ちゃん、今夜の修坊は辛抱が足りないはずだから。すぐイっちゃうわよ。優子ちゃん楽しめないといけないから、楽しいおもちゃを送ります。きっとこれが役に立つと思うわ。先週できたばっかりの新作よ。使ってみてね……」
 その後、時間にして約五秒ぐらいだろうか、物言わないヒロ姉さんがじっとわたしたちを見ていた。そしてその目元に少しの陰りが差し、再びゆっくりと口元が動き出した。
「えっと、うん。それとね、タブレットのストレージにビデオ動画が一本入っています。良かったら見てください。そして、できたら、見終わったら消去……してほしいな……。では、君たち、健闘を祈る。がんばってね。特に修坊。気合入れるのよ。わかった? ではまた会いましょう。おやすみなさい」
「ヒロ姉さん……」
「何で俺がすぐイクってわかったのかな? どっかから見ているんじゃないか?」
「んなわけないでしょ。あんたが一週間してないの知ってるからよ」
「え、何か怒ってる? 優ちゃん」
「ううん、怒ってない。ねえ修二、動画ファイル開いてみてよ」
〝見終わったら消去してほしいな〟の何か言い含めたようなヒロ姉さんのメッセージがわたしの心に波紋を投げ掛けた。本当はバイブなんておまけで入れてあったのだろう。彼女が一番わたしたちに送りたかったものは、きっとその動画だ。わたしにはすぐにわかった。なのに修二は……。
「ええ、優ちゃん、これはぁ?」
 長く太いシリコン製のおもちゃを握りしめて使わせろと駄々をこねている。まるで子供だ。
「バカっ。それは後でいいの。さっさと動画見せて」
 こいつにはデリカシーと言うものはないのか。さっきのヒロ姉さんを見てなぜわからない?
「ちぇ。そんなに見たいなら自分でやれば?」
「ほんとバカ。やり方わかんないからあんたに頼んでいるんでしょうが」
「はいはい。わかりました。後でひぃひぃ言わせてやる」
 そして修二はまだそんな軽口を叩きながら、あっさりその動画再生に成功した。

 ――動画が流れ出す。
「なんだこれ、随分画質悪いな。これはたぶん家庭用のビデオテープから落としたものだな」
 蛍光灯の灯りがぼんやりと滲む、どこかの雑居ビルの一室だろうか。中央に大きなダブルベッドが置かれていた。お世辞にもきれいな部屋とは言い難い。画面の中からカビ臭さがここまで漂って来そうだ。
「はい、じゃ始めようか。まず着衣で行くよ」
 男の声が聞こえた。その大きなベッドの上には一人の女性が寝かされている。
 女性と言うにはあまりにも若い。白いセーラー服の女の子だ。かわいそうに、その目と口をふさがれている。顔はほとんど見えなかった。そしてそのベッドの周りを数人の男が取り囲んでいる。
 これは! わたしはハッとした。
「なんだこれ、昔のAVか? しかも陵辱物か? 何でヒロ姉ちゃんこんなもん送って来たんだろ」
「ちょっと黙って!」
 大きな男四人掛かりで女の子の両手両足を抑え付けている。その子は必死で抵抗を試みるが、まったく敵わない。ただ画面から「あぁあぁ」と言う虚しい声だけが聞こえていた。
 ――めくり上げろ! 
 後ろ姿だけで顔は写っていないが、赤いシャツを着た太った男が命令する。監督だろうか。そして胸を剝き出しにされる女の子。ピンクのブラが露になった。
 ――いい下着付けてやがんなぁ。
 別のワイシャツの男が言った。
 スカートにもその手が伸びたところで、その子は「あがぁぁぁ!」とさらに大声で抵抗するが、体を抑え付けていた男が彼女の左頬を思い切り平手で殴りつけた。ピシッ! 大きな音がした。
 そこまでじっと見ていた修二がついに言葉を発した。
「おいおい、酷いことするなあ。たぶんこの子まだ高校生ぐらいだよ。これマジなら絶対犯罪じゃないか。悪趣味だよ。ヒロ姉さん、なんでこんな物送って来たんだ」
 やがてピンク色のブラが外される。蛍光灯の光の下に曝け出されたその胸は真っ白くて大きくて、華奢な体とのアンバランス差が余計に目を惹く。
――おぉぉピンクの乳首だぁ。
まわりの男たちの歓声が聞こえる。赤いシャツの男がそのやわらかそうな胸に手を掛ける。
 地獄に落ちろ! わたしは怒りで打ち震えていた。
「優ちゃん泣いてるの?」
 わたしは何も答えず、ただ食い入るように画面を見つめていた。
 ――でけえ。たまんねえなあ。ほんとに十五かよっ。この先どうなっちまうんだ。
「え、この子、十五なの? まだ中学生じゃん。ひでーなぁ。これマジだろう」
 なおも激しい責めがえんえんと繰り広げられている。その手は休むことはない。
 ――ほら、何してる? パンツだ、そのピンクのパンツ引き摺り下ろせ、さっさとやれ。
 じたばたと身をよじって暴れているがあっという間に彼女は全裸だ。
 手入れも何もしていない濃いアンダーヘアーが目に飛び込む。
 ――おえがいひまふぅぅやぇてぇふあぁふぁいぃぃ
 女の子の悲痛な叫びが薄暗い部屋に響き渡る。その時、修二が停止ボタンを押そうとした。
「優ちゃん、俺もう見ていられない。この子泣いて頼んでいるじゃないか。もうダメだ。これはあんまりだ」
「ダメ! 止めないで。これは見なきゃいけないの。目を伏せるわけにはいかないのよ」
「何でだよ」
――ああ、わしもたくさん裏物を撮って来たが、こんな体は今までお目にかかったことがない。いやぁ、いい娘を紹介してくれたねえ、イヒヒヒっ、金原さん。
 ――見ているだけでこっちのここが硬くなりますねぇ先生!
 ――見てみなさい、あのヘアー。黒々と生い茂ってまあいやらしい。十五才と言うとまだ中学生三年。それがこんなにも美味そうに出来上がっている。
「うわ、やっぱり中学生だよ。これ犯罪の証拠だよ。俺たちにどうしろって言うのかな」
「あんた、まだわからないの?」
「え? 何が?」
「この女の子」
「この中学生がどうしたの? 目と口を覆われていて顔がよく見えないよ」
「三十五年前のヒロ姉さんよ」
「え?」
 それっきり修二は大人しくなった。わたしはちらりと彼の方を見遣る。
 修二は、ただ黙って画面をじっと見ていた。震えている。その頬を涙が伝っていた。
                                 続く    
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