第35話 肌と肌の触れ合いは体の融合であり、粘膜と粘膜の触れ合いは心の融合である

文字数 2,647文字

 とうとう言ってしまった。言いながらわたしは泣いていた。どれほど切ない想いであったか。それはもうすぐ十六になるわたしが、何年もずっと我慢してきた言葉だ。おそらく今日の出来事が引っ込み思案なわたしを強引に後押ししたに違いない。
 でも言った後で少しだけ後悔した。ああ、言わなきゃよかった。わたしみたいな子供が修一郎さんみたいな立派な大人の男性に愛されるはずがない。きっと迷惑なやつだと思っているに違いない。嫌われる。
 そう思った時、修一郎さんはわたしの顔を両手で掴み、そしてゆっくりとその唇をわたしの唇に重ねた。心臓が破裂しそうなほどドキドキした。それは生まれて初めてのキスだった……。
 修一郎さんがわたしの唇からゆっくりと口を離したその瞬間、鳩尾(みぞおち)の辺りから、まるで胃がひっくり返ったのではないかと思えるほど急激な勢いでそいつは湧き起こった。
 今のわたしならそれは私の中に眠っていた強い情欲の炎だとわかる。でも無垢なわたしにはわかる筈もない。そこからのわたしは完全にそいつ乗っ取られてしまった。もう自分を抑えることは敵わなかった。
 その魔物は、食いちぎらんばかりの勢いで今離した修一郎さんの唇を求めた。そして彼の中の情欲にもすぐにそれは燃え移ったのだろう。お互いが二度、その唇の存在を確かめ合い、三度目に合わさった時、どちらともなく強く求め合った。
 キスにはきっとそのやり方などもあるのだろうが、その時のわたしにはただ体の奥底から湧き上がる衝動に操られるがまま、その唇も舌も無意識のうちに強く吸い、強く絡ませていた。
「ふぅ……」
 吐息がわたしの口からこぼれる。
 彼はわたしの背中に腕を回し、ブラのホックにその右手の指を掛ける。わたしは、え? と思った瞬間に、それはすでに外されていた。冷静ならきっと彼の所作はわたしの心を傷付けたはずだが、その時のわたしはもう完全に情欲の虜になっていた。
 修一郎さんがわざわざ丸高屋で買ってくれた高級なブラだ。当の本人がそれを外した。ころんとこぼれ出る白い乳房。その上でちょこんとその存在感をアピールするピンクの乳首。恥ずかしい。でもわたしは嬉しかった。下着も、このおっぱいも、これら全部が修一郎さんのものになる。まるで持ち主の下に返される宝物のような実感があった。
 この時から、わたしのすべては修一郎さんのものになった。おそらくどんなことを命令されてもわたしはだまって従うだろう。  
 仮にもし死ねと言われても、それで彼が喜ぶのならわたしは従うだろう。
 わたしはわたしの中に巣食う強大な魔物に身も心も完全に支配されてしまったのだ。でもたぶん、程度の差こそあれ、人はそれを恋と呼ぶに違いない。
 赤ん坊のようにわたしの乳首を一心に吸う修一郎さんは可愛かった。わたしは今までこれほど充実した多幸感を味わったことがなかった。
「修一郎さん」
 わたしは彼の名前を呼んだ。彼はゆっくりとわたしの胸から顔を上げる。「ん?」と言う表情だ。
「愛してもいいですか?」
「え?」
「こんな幼いわたしだけど、かまいませんか?」
 たぶんその言葉の意味を彼はきっとわかっていたはずだ。だからこそ彼は本気でわたしを抱いた。襲い掛かるようにやさしく抱いた。彼も真剣にわたしを愛していたのだろう。迷いはなかった。そう、全世界を敵に回してもきっと躊躇いはなかったと思う。

 十五才の少女だったわたしにはそれが何なのかまだよくわかっていなかった。でも今ならはっきりと感じる。 
 ――肌と肌の触れ合いは体の融合であり、粘膜と粘膜の触れ合いは心の融合であると。
 そうしてわたしは修一郎さんを受け入れ、一つになった。その刹那、遠ざかる意識の中で、わたしははっきりと自分の子宮を感じていた。そこから湧き起こった波があっという間に全身に広がり、やがてそれは数回の震えを伴って再び子宮へと戻った。そしてわたしは、もう一人の修一郎が、わたしの一番深いところに到達したことも知った。そう、わたしは彼の遺伝子を受け取ったことを漠然と感じ取っていたのだ。
 それは信じられないほどの満足感だ。もう力が入らない。ああ、わたしはこのために生まれて来た。こうやって一つになる。人はたぶん、この世界に生まれた時には、男も女も一つだったに違いない。それを神様が二つに分けたのだ。それ以来男と女はいつも元に戻ろうと相手を探し続けている。たぶん二つに分けられた時、その片割れを探しやすいように、愛と快楽も生まれたに違いない。 
 わたしがもう随分と長く彼の胸に甘えていた時、彼は静かに言った。
「ねえヒロ子。よく聞いて。これから俺たちの前にはたくさんの障害が立ちはだかるだろう。それがどんなに茨の道であったとしても、それでもヒロ子は俺に付いて来てくれるかい?」
「ほんとにわたしなんかでいいの?」
「もちろんだ」
「ありがとう。わたし、絶対にどんなことがあってもあなたといっしょにいたい。わたしには修一郎さんしかいないの」
「ありがとう。いつか時が来たら必ず結婚しような」
「うん。ありがとう」
 
 その後、わたしは修一郎といっしょにお風呂に入った。お風呂は森の匂いがする。大きな木の湯船だ。修一郎は檜だと言った。やわらかい匂いでとても落ち着く。
 そして彼はしゃがんで、わたしの傷ついたところに弱いシャワーのお湯を当てて「痛かったね。ごめんね」と言い、やさしくわたしのヘアーにキスをした。
 わたしはそっと指で確かめる。
「どう?」
「うん。思ったほど痛くないわ。ちょっとぴりぴりしてる。でも大丈夫よ」
「そう。よかった。ヒロ子は性の神に選ばれし者だね」
「なあに? それ」
「いや、独り言。気にしないで。君は素晴らしいってことさ」
「あなたもよ」
 わたしは修一郎の分身を恐る恐る触ってみた。するとまた硬くなり始めた。
「あ、またおっきくなった!」
「君のことが好きだからね」
 ----これは、わたしのもの……。
 その時のわたしの内なる思いを言い表すならこの言葉以外にはなかっただろう。わたしの中の怪物が目覚めた瞬間だったに違いない。でも幼いわたしは、その時には不安と恥ずかしさでいっぱいだったので、何が起こっていたのかもわからないでいた。彼を受け入れた途端に、わたしの中から溢れ出す所有欲求。この気持ちには年なんて関係ないのだろう。心は捧げたつもりだったけれど、体は女のほうが圧倒的に男を蹂躙できる。
                                続く     
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