第44話 わたし帰るわ

文字数 1,646文字

 ―しゃーねーなあ。じゃあお前ら、その閉じた股、さっさと割らせろや。
 ―おう、そのでかいケツの下にクッションか何か敷いてケツ上げさせるんだ。
 ―へい、これでどうだ。
 ―そうだ、いいねえ、何もかも丸見えだぁ。
 ―あ、先生、こいつ。
 ―どうした?
 ―濡れてますよ
 ―おお、本当だ。なんて淫乱な体なんだ。
 
 わたしはそこまで怒りを堪えて震えながら画面を見ていたが、少し状況が変化している。
 え? 何で? ヒロ姉さん……。まさか感じているの?
 男がその濡れた陰部に指を挿入する。その瞬間、クッションに載せられた真っ白いお尻がぴくっと浮いた。
 
 ―先生! どんなですか?
 ―おぉぉ、いいよぉ。熱いよ。肉が指に喰らい付いて来るぞ。こりゃたまらんよ。
 ―あ、喘ぎましたよ。今。体、仰け反らせて。
 ―なんということだ! 興奮しておる。感じておるぞ。
 間違いない。ヒロ姉さんは恍惚とした快感の海の中にいる。こんな悲惨な状態なのに。
 ―金原さん! 大変だ!
 
 金原? 確かヒロ姉さんの話に出て来た、あの借金取りだ。修二の画面を見る目つきが一瞬鋭くなった。どうしたのだろう。急に。
 そこから目まぐるしく映像は流れ、次のシーンでは、赤いシャツの男がヒロ姉さんの上に覆い被さっていた。
 と、次の瞬間、横から金原がその赤いシャツの男を突き飛ばした。視界から男は消え、ドンと言う大きな音がして、後にはベッドの上で大きく股を開いたヒロ姉さんだけが映っていた。
 ―あぁぁぁぁぁ
 今まで聞こえなかった大きなヒロ姉さんの声。そしてその下半身はお尻を浮かせて痙攣させている。何度もだ。
 イッたんだ。わたしは瞬間的に感じ取った。ヒロ姉さんはオーガズムを感じていたのだ。
「きれい……」
 無意識にわたしの口から言葉がこぼれた。
 抗うことも虚しく、恥らうことすら許されない。何もかも剥ぎ取られ、汚らしい獣たちの慰み者にされた純白の体。最悪の状況なのに?
「ヒロ姉ちゃん……」
 ようやく修二が声を出した。
「こんな時なのに、この人はどうしてこんなに美しいの?」
「ああ、ほんとだな。極限の状況なのにな」
「わたし、やっぱり彼女にはどんなに頑張ったって勝てやしないわ……。あっ!」
「どうしたの?」
 その時わたしは気付いた。
 淋しかったんだ、ヒロ姉さん。本当はこのビデオを見せることをどれほど躊躇ったかしれない。これは間違いなく、墓に持って行くと言っていたうちの一つだろう。だからわたしたちに送るのは何度もやめようと思ったはずだ。けど彼女はどうしても見せたかった。わたしたちにではなく、わたしに、だ。今この場で修二を独占しようとしているわたしに、これを見せたかったのだ。
 体は老いと病魔に侵されてますます惨めに、そして心は貧しくなるばかり。きっともう今はどんなに頑張っても若く元気なわたしには勝てないと彼女はわかっている。口ではわたしに修二と寝るように言っておきながら、本当は悔しかったのだ。でも悔しさだけじゃない。きっとたまらなく孤独だった。まるでビデオの中の彼女が、若く美しいわたしを見て、そしてどうかわたしのことを忘れないでくださいと言っているみたいだ。今彼女はあの広い部屋で眠れもせずにずっとわたしたちのことを考えているに違いない。たった一人で孤独と戦っているに違いない。
「ねえ、修二」
「何?」
「わたし帰るわ」
「ええ? どこへ?」
「ヒロ姉さんのマンションに決まってるじゃない」
「今から?」
「ええ。今から」
「ええ? せっかくのこの部屋は? 高かったんだろ? たった六室しかないスイートだろ? 本気で言ってるの?」
「うん。あんたが嫌だって言うならわたし一人でも帰る。お金の問題じゃないよ」
「わかったよ。行くよ」
「ごめんね。今度もし、こう言う機会があったら朝まで幾らでも付き合ってあげるから。だから今夜はわたしのわがままを許して」
「ああ、いいよ。わかった、いっしょに行こう」
                                 続く    
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