アーティスティック(芸術家になろうとした理由の話)

文字数 884文字

 奇をてらい過ぎ。

 それが美大受験のために画塾に通い始めた私に下された評価だった。

 私は大いに不服だった。他人と違うものを目指して何が悪い? 私には突出した個性があるはずだ。それを表現しようとしているだけじゃないか。

 夕食の席で愚痴ったら母は面倒臭そうに溜息を吐いた。

「何でもいいけどちゃんと合格しなさいよ。あんたみたいな変人、普通の会社に入れるわけがないんだから」

「わかってるよ」

 おかしな子の私は普通の子たちと同じようには生きられない。誰も私を理解できない。誰も私に共感できない。ならば圧倒的な作品で私という存在を認めさせるしかない。



 何枚描いても褒められない。私よりデッサンが上手くて、私より奇抜な発想ができて、私より破天荒に生きている人が塾にはいくらでもいる。焦れば焦るほど、何をどう描けばいいのかわからなくなった。

 学校でも苛立っている私を同級生は遠巻きにしていた。芸術家肌だから、感受性が豊かだから、わけのわからないことで心を乱しているのだと、そんな風に言われているのが断片的に聞こえた。

 別に構わない。今までだって、天然だと苦笑いされたり、珍獣だと面白がられたりして、うっすらと線を引かれてきたのだ。

 私はお前らとは違う。独自の才能がある。今に証明してみせる。



 石膏像が私を嘲笑っているように見えて画塾を飛び出した。

 建物を出たところで縁石に座り、空を眺める。

 あの雲は何に見える? イマジネーションを働かせろ。

 別に何にも見えない。不定形な蒸気の塊だ。

 建物から塾の先輩が出てきて、私の隣に座った。私のことなんか見えていなくて、たまたま腰を下ろした場所に私がいただけみたいに。

「なんか、馬鹿みたいですよね。人間って全員狂ってる。現実無視して、夢の中に生きてる」

 家で言ったら狂人扱いされるようなことを、先輩になら聞かれてもいいような気がして、私は半ば独り言として毒づいた。

「わかる」

 適当に相槌を打ったのでもなく、気を遣って話を合わせたのでもなく、さらりと先輩は言った。

 わかる。

 その一言が、絵を描くことから、特別な人間であることから、私を解放した。
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