六車輪(ろくしゃりん)の由来

文字数 5,983文字

 今は昔のことでございます。

 武蔵国(むさしのくに)西方(さいほう)に、奥原(おくはら)という村があって、ここはちょうど、甲斐国(かいのくに)とは山一つで(へだ)てられておりました。

 初夏としては(すず)しい昼下がりのこと。
 西国(さいごく)で起こった(いくさ)のどさくさに(まぎ)れて、お宝をしこたま奪い取った、源蔵(げんぞう)という盗賊一味の頭目(とうもく)が、金銀財宝をたっぷり積み込んだ荷車(にぐるま)と、二十あまりの手下を引き連れて、奥原村へいたるこの山を、すこぶるご機嫌(きげん)な様子で闊歩(かっぽ)しておりました。

 この荷車は、源蔵が奪った宝をいくらでも積めるようにと、特別に作らせたもので、なにせとても大きくしてしまったものですから、車輪(しゃりん)一組(ひとくみ)の二つでは足りず、なんと三組(さんくみ)の六つという、とても奇妙な見てくれをしておりました。

 六車輪(ろくしゃりん)の荷車には、金銀だけではなく、戦で死んだ兵の(むくろ)から引っ()がした甲冑(かっちゅう)だの、家屋敷(いえやしき)に突き刺さった弓矢だの、ほか、刀だの(やり)だの、その辺の兵糧(ひょうろう)だの……とにかく強欲(ごうよく)な源蔵は、金目(かねめ)のものはあますところなく強奪(ごうだつ)して、この車の中に放り込んだのでございます。

 これが(ひど)く重いものですから、車は二頭(にとう)大牛(おおうし)に引かせ、それでも足りないと、手下たちが囲むようにくっついて、やっとのことで前へと進ませているのです。

 源蔵はといえば、お宝の中から、(みやび)細工(さいく)(おうぎ)を取り出して、その下劣(げれつ)熊面(くまづら)(あお)ぎながら、先導を取って、一人だけ身軽(みがる)に歩いていました。

「おい、彦佐(ひこざ)

 源蔵が名を呼ぶと、後ろのほうから、背丈(せたけ)の高い、凛々(りり)しい顔立ちの若者が、(ふところ)の守り(ぶくろ)を揺らしながら、急ぎ足で()()ってきました。

「お(かしら)、ご用でしょうか?」

 その青年は、()れた旅装束(たびしょうぞく)から手拭(てぬぐい)を取り出し、(ひたい)の汗をぬぐいながら、源蔵に足並みを(そろ)えます。

 彼は彦佐衛門(ひこざえもん)と申しまして、赤子の時分に『間引(まび)き』のため、山に捨てられていたところを、一味の頭数(あたまかず)を増やすため、源蔵が拾い上げて、ここまで育てたのです。

 首から()げた守り袋は、捨てられていた赤子の彦佐の、やはり首から提げられていたもので、彼はこれを形見(かたみ)として、いつも大切に持ち歩いていたのです。

「奥原まではあと、どれくらいだ?」

 源蔵は、アザミの葉のようなギザギザの口ひげをもぞもぞと(いじ)りながら、丈夫(じょうぶ)な歯をカチカチいわせて、彦佐にたずねました。

「この歩みなら、日が暮れるまでには着けるかと思います」

 彦佐はとても頭が良く、知恵(ちえ)が働き、機転も()くものですから、源蔵は彼を一味の参謀(さんぼう)()えて、たいそう頼りにしていたのです。

「ふむ、わしは腹が減った。早いところ奥原に宿を取って、うまいご馳走(ちそう)にありつきたい。(みな)に言って、足を急がせよ」
「そのような、お頭。この荷での山歩きで、皆はすっかり参っております。せめて少し休ませてからでは……」
「うるさいぞ、彦佐。お前を拾ってやった(おん)を忘れたのか? 言うとおりにせんと、許さんぞ?」
「そのように申されましても……」

 (いや)しい源蔵はいつもこのような調子なので、彦佐はその仲裁(ちゅうさい)に、ほとほと苦労させられているのでした。
 そのとき――

「おや、あれは……?」
「あーん?」

 向こうから一人の老人が、こちらへやってくるのに気づいた彦佐に、源蔵は首を(ひね)って、その大きな目をひん()きました。

 その老人は、しわくちゃの面長(おもなが)に、長い白ひげをたくわえて、ぼろぼろの(ころも)をだらしなく着込んでいます。

 ごつごつした(こぶ)のような(かし)(つえ)をつきながら、藤蔓(ふじづる)を乱暴に編んだ草鞋(わらじ)をぴしゃぴしゃ鳴らして、()うような姿勢で、源蔵のところまで近づいてきました。

 能面のように動かないその顔に、(となり)(ひか)えていた彦佐はぞっとしたのです。

「これこれ、お前さん。ちょっとすまんが、わしの話を聞いてくれんかの?」

 老人は(ひど)くしゃがれた声で、源蔵にそう問いかけました。

「なんじゃ、貴様は? 汚いジジイだな」

 源蔵は怪訝(けげん)眼差(まなざ)しで見下ろしながら、そう聞き返したのです。

「わしはこの山に住む、槐翁(かいおう)という者じゃが、奥原の南は万宝寺(ばんぽうじ)の、八面上人(はちめんしょうにん)という知り合いが亡くなって、このことを奥原の北は打鞍(うちくら)の、鬼熊童子(おにくまどうじ)という別の知り合いへ、伝えに行くところなんじゃ」
「だからなんだ、ジジイ」

 奇妙なことを言うものだと、彦佐は気味が悪くなりました。
 しかし源蔵は、そんなことなど、どうでもいいという風に、答えたのです。

「旅に出る前に、腹ごしらえでもと思ったのじゃが、お前さん、何か食うものをくださらんかの?」
「はあ? 何を言ってやがる。貴様のような死に(ぞこ)ないに、くれてやる飯など、一粒たりともないわ。とっとと失せろ、老いぼれが」
「そんなことを言わんと、ほんの少しでいいんじゃよ」
「しつこいぞ、ジジイ。わしを怒らすのなら、(たた)きのめしてしまうぞ」

 腹を満たしたいらしい老人を、源蔵は邪険(じゃけん)(あつか)いました。
 しかし、性根(しょうね)の良い彦佐は、急にこの老人がかわいそうになってきたのです。

「まあ、お頭。このご老体は、お困りの様子です。(にぎ)(めし)の一つくらい、よいのでは……」
(だま)っておれ、彦佐。やいジジイ。何か金目(かねめ)のものは持っておるか? 食い物をよこせと言うからには、金を(はら)ってもらうぞ?」
「金か。そんなものわしは、持ってなどおらんぞい」
「けっ、しけてやがる。なら、とっとと失せろ。わしは金にならんものになど、興味はないわ」

 すると老人は、にわかにへらへらと、薄気味(うすきみ)の悪い笑顔を浮かべ、こう言いました。

「ほう、なら、こういうのはどうじゃ?」
「なんだ、いったい?」

 老人は山道の北側にある、草の()(しげ)った、杉並木(すぎなみき)の間をのそりと指差します。

「ほれ、そこに小さな獣道(けものみち)があるじゃろ? そこをしばらく進むと、だだっ(ぴろ)い原に出る。そこに古いエンジの大木(たいぼく)があるんじゃが、なんでもその昔、何とかという大盗賊が、大名(だいみょう)のお屋敷から盗み出したとかいう宝物を、その木の辺りに()めたそうな。お前さんに、それをやろう。その代わりとして、わしに飯を――どうじゃ?」

 源蔵は口をすぼめて、しばらく考え込んでいました。

「それはまことの話なのだろうな?」
「さあ、わしは話に聞いただけじゃでのう」
「ふん、信じられんな。だが、確かめる値打ちはある。ジジイ、そこへ案内しろ。その宝物とやらが、本当に見つかれば、貴様に好きなだけ、飯を食わしてやろう」
「おお、それは確かかいの?」
「くどいぞ。俺は金にかかわることだけは、()心得(こころえ)ている。(ちか)いは決して(たが)わん。さあ、案内しろ」
「わかった。さあさあ、こちらへ」

 老人はゆっくりと先に立って、その小道(こみち)に源蔵を誘ったのです。

「お頭、この荷はどうしますか? ここへ置いたままでは、誰かに見つかって、盗まれてしまうのでは?」
「なーに。こんな山道、そうそう人は通らんさ。それより、彦佐よ……」
「はい、なんでございますか?」
「宝があるのを確かめたら、あのジジイはすぐに打ち殺せ」
「なんと……しかしそれでは、話が……」
「あんな老いぼれに、(ほどこ)しなどもったいない。それに、宝のことをよそに言いふらされては困る」
「ですが……」
「わしの言いつけが聞けんのか?」
「め、滅相(めっそう)もございません! わかりました、そのようにいたします……」

 欲深(よくぶか)い源蔵は、にたにたと笑いながら、手下たちを連れ、ほくほくと老人のあとに続きます。
 仕方なく彦佐も(したが)って、一番後ろからついていきました。
 しかし彼は、なにやら胸騒(むなさわ)ぎがしたのです。
 それは、ひょこひょこと先頭を歩く老人の後姿(うしろすがた)が、なんだか笑っているように見えたからなのでした――

   *

 しばらくと言われながら、けっこうな長い時間、源蔵たちは歩かされました。
 深く暗い杉林が突然(ひら)けて、そこには確かに広い原っぱがあり、その中心には、小山(こやま)ほどもある巨大なエンジの古木(こぼく)が、釣鐘(つりがね)のような実を()らして、どっしりと生えているではありませんか。

「なんと面妖(めんよう)な木だ……」

 彦佐は思わず、後ずさりしましたが、源蔵はといえば、ずいずいとそのエンジの木のほうへ近づいていきます。

「ジジイ、本当にここで相違(そうい)ないのだな?」
「ああ、そうじゃとも。さあ、皆の衆、どうぞゆるりと宝を探されよ」

 老人は不気味(ぶきみ)に笑って、エンジの木の横によけました。

「おい、お前ら。この辺りをくまなく探せ!」

 こうして源蔵一味のお宝探しが始まったのです。
 手下たちは(くわ)だの(すき)だのを手に、本当にあるのかすらわからない宝物とやらを、必死に掘り起こそうとしました。
 源蔵はといえば、手下たちにすべてを任せ、自分はエンジの木の、太く張った根のところにゆうゆうと腰かけ、煙管(きせる)煙草(たばこ)をふかしています。
 彦佐もしぶしぶ、大恩(だいおん)あるお頭のためならと、汗を垂れ流しながら、木の周りをつつきました。

「あっ!」
「どうした、彦佐?」
「お頭、何かに当たりました!」
「おお! きっとそこに違いない! 皆、彦佐のところを掘り起こせ!」

 しばらく皆がそこを掘り返していると、なんと、出るわ、出るわ。
 源蔵ですら、これまでに見たことのないほどの、金色(こんじき)に光り輝く金銀財宝の山が、次から次へと、顔を出すではありませんか。

 源蔵は老人のことなどすっかり忘れて、その美しい宝の山に、スケベ(づら)が止まりませんでした。
 しかし彦佐は、ふと気がつきました。
 あの老人の姿が、どこにも見当たらないのです。
 木陰(こかげ)で休んででもいるのかと、エンジの木をほうを見やると――

「ひっ!」
「どうした、彦――」

 エンジの巨木の、その大きな『(みき)』が、さきほどの老人の顔になって、こちらに向かって、にたにたと笑っているではありませんか。

「わしが食いたい飯とはな、お前さんがたのことじゃよ」

 老人の顔になったエンジの木は、その()けた口をくっぱり開けて、そう言い放ちました。
 源蔵や彦佐、そして手下たちは、恐怖のあまりすっかり腰が抜けて、その場へ尻餅(しりもち)をついてしまいました。

「いやいや、もう腹が減っての。なにせ、あの盗賊をいただいてから、百年は何も食っておらんでのう」
「な、なにっ! それでは、まさか――」

 源蔵は震える声で、そう叫びました。

「大名のお屋敷から盗んだというのは、確かじゃよ。そやつがわしに食われる間際(まぎわ)に、そう言っておったからの。まあ、

じゃがのう、ひひ」

 エンジの大きな実が、ぱかりと口を開いて、源蔵をたちどころに、食らってしまいました。

 残った手下たちは、足をもつれさせながらも、われ先にと、このあやかしから(のが)れようとします。
 しかし、エンジの枝がそちらへ伸びて、彼らは次々と、笑う怪木(かいぼく)の口の中へと、収まっていくのです。

「あとはお前さんだけじゃの、ひひ」

 最後に一人残された彦佐へ向け、その大枝(おおえだ)が迫ってきます。
 体を(から)め取られ、「もう駄目だ」、そう思ったとき――

「ぐ、ぬう……」

 エンジの妖怪が、急に苦しそうな(うめ)(ごえ)をあげたのです。

「……貴様、けったいな守りを持っておるな。心苦(こころぐる)しいが、これでは駄目じゃの。食えんものに用はない、どこかへ行ってしまえ」

 あやかしの枝はそのまま、彦佐の体をはるか彼方(かなた)へと、放り投げてしまいました。

   *

 彦佐が目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていました。

「いったいあれは、なんだったのか……恐ろしいことがあるものだ……」

 彼は最初にいた、六車輪の荷車を置いてあった場所で眠っていたようです。
 その手は確かに、あの形見の守り袋をしっかりと、握りしめていたのでございます。

  *

 その後、急いで奥原へと下った彦佐は、ことのあらましを村の衆へ話して聞かせました。

 村人の話によると、槐翁とは山奥のエンジの木が、樹齢(じゅれい)幾百年(いくひゃくねん)(かさ)ねて、あやかしへと変化(へんげ)したものだということです。
 山に迷い込んだ者をかどわかして食らう、おそろしい妖怪とのことでした。

 明くる日、彦佐は村の衆に頼んで、くだんの六車輪の荷車を運んでもらい、助けてくれたお礼にと、金銀財宝のすべてを彼らに分け与え、自分は盗賊の身分から足を洗い、その地に根を下ろしたのです。

 そしていつしか、この奥原という土地は、『六車輪(ろくしゃりん)』の名で呼ばれるようになり、彦佐の末裔(まつえい)はのちに、『六車(むくるま)』という(せい)を名乗ったということでございます。

(『六車輪(ろくしゃりん)由来(ゆらい)』終わり。次話『斑曲輪(ぶちくるわ)由来(ゆらい)』へ続く)

※作者より
 奥原、万宝寺、打鞍ならびに六車輪は、創作にかかる架空の地名です。
 同名の地名が実在していても、当該地名とは何の関係もありませんので、ご了承ください。
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