第3話 パートナーシップ

文字数 2,868文字

 わたしの仕事は受け身である。

「こういう仕事がありますが、お願いできますか?」と編集プロダクションから声がかかり、わたしが“お受けします”と応じることで、初めて仕事が発生する。

 わたしは人見知りなので、営業活動を一切やらない。だから現在取り引きのあるところは、知り合いに紹介されたところばかりである。知り合いに紹介してもらうとマッチングに食い違いがないので、取り引きが何年も続く。

 ただ、一度だけわたしのほうから取り引きを断ったことがある。相手は、わたしがフリーランスになったばかりの頃から取り引きしていた編集プロダクションだ。わたしの仕事の6割は、その編プロ(編集プロダクション)からの依頼で成り立っていて、収入面でも、そこからの報酬が大半を占めていた。

 取り引きをやめたのは、今から2年前。その直後にコロナ禍の追い打ちを受けたので、かなりの痛手を負った。痛手は今も続いているけれど、わたしの選択は間違っていなかったと思っている。取り引きをやめようと思った理由は、その編プロの40代の男性社長の、仕事に対する無責任さに耐えられなくなったからだった。

 社長を仮にAさんとする。17年前に取り引きを始めた頃のAさんは、仕事の依頼は必ず電話で伝えてきた。こちらがいくら「メールで構いませんよ」と言っても、支障のない時間を選んで電話をしてきた。ところが、そんな律儀だったAさんの態度が、いつからか変化した。

 仕事の依頼はメールどころか、スマホのショートメッセージで届くようになり、こちらが予定を返信しても、ウンともスンとも言ってこない。急ぎの原稿だというから徹夜で原稿を仕上げ、朝一番にメールで納品すると、そのメールを見落として、3日後ぐらいに「原稿どうなってますか」と呑気に聞いてくる。メールをしょっちゅう見落されるので、CDに原稿データを入れて手渡ししたら、今度はそれをどこかにしまい込んだまま忘れ、クライアントから直接わたしに連絡がきて「原稿はまだですか」と督促されるという始末。

 わたしはAさんに、やんわりと苦情を言った。けれどAさんは、決して謝らない。謝ると社長の権威に傷がつくとでも思っているのか、絶対に謝らない。何度苦情を言っても、わざとAさんと同じことをして問題点に気づくよう仕向けても、イヤミなメールを送ってみても、態度はまったく変わらなかった。

 あるとき、Aさんがわたしの取材に同行した。ふと口元を見ると、歯に矯正器具を付けていたので、突然どうしたのかと思い理由を尋ねると、Aさんはこう答えた。

 つい先日、ウエディングプランナーの女性の取材をしたときに、歯並びが美しくて魅了されたので、自分もそうなりたくて矯正することにしたのだと。この少し前に、Aさんはゴルフを始めていた。社長同士の付き合いでゴルフに誘われることが多いから、始めることにしたと話していた。

 Aさんとの取り引きはもう無理だ、とわたしは思った。美しい歯並びに憧れて矯正を始めるのはAさんの自由だ。社長同士の交流のためにゴルフを始めるのもAさんの勝手だ。けれど、それよりも先にやらなければならないこと、気づかなければならないことがあるのではないのか。

 なぜわたしが、徹夜してまで期限よりも早く原稿を仕上げたのか、なぜ四苦八苦ながら直接連絡してきたクライアントに対応したのか、Aさんはまるでわかっていない。

 「やります」と言って仕事を受けたからには、どんな状況に直面しようと、そのときにできる最善策を考えてベストを尽くすことが、わたしの果たすべき責任と考えているからだ。

 そう考える理由は、わたしは取引先の看板を背負って仕事をしている、と思っているからである。わたし一人で完結することなら、いくらでも適当にダラダラとやってやる。でも、仕事はわたしだけで済むことではないから、ほかの人の仕事を妨げないよう、関わる人みんなが力を発揮できるよう、「責任」を強く意識して行動しているのだ。

 Aさんが仕事をライターに丸投げするのは、まぁ許そう。メールをしょっちゅう見落とすのも、百歩譲って大目に見よう。でも、人に頼んだ仕事の状況を気にもかけない無責任さだけは、どうしても我慢ならなかった。頼むから、ゴルフや歯の矯正に精を出す前に、時間管理や仕事管理を説く本の一冊でも読んでくれ、と思ったのである。

 Aさんに面と向かって上手く話せる自信がなかったので、取り引きをやめさせてほしいことを、シンプルにメールで伝えた。直接話を聞きたい、と言ってきたら応じようと思っていたが、Aさんからはなんの反応もなかった。だから、取り引きも連絡も、それっきりになった。

 うらやましいなぁ……と思うパートナーシップを築いている方々がいる。作家の沢木耕太郎さんと歌手の井上陽水さんだ。もちろんわたしは、おふたりとはまったく面識はない。『バーボン・ストリート』(沢木耕太郎 新潮社)というエッセイを読んで、素敵な関係性だと思ったのである。

 そのエッセイの「わからない」という話の冒頭で、ふたりが友人同士だとわかる。

<別に雨降りでもなかったが、ある晩、退屈しのぎにミステリーを読んでいると、犯人が三番目の殺人をしているところに電話がかかってきた。電話は、ミステリーとも殺人友あまり関係のなさそうな、井上陽水からだった。>

 芸能情報に疎いわたしでも、井上陽水さんなら知っている。意外な交友関係だと思ったが、この先はもっと意外な展開だった。

<そういえば、彼とはしばらく会っていなかった。多分、久し振りにどこかで落ち合ってコーヒーでも呑まないか、という誘いの電話だろうと思った。ところが、挨拶もそこそこに彼が口にしたのは、まったく意外なことだった。
「あの……雨ニモマケズ、風ニモマケズ……っていう詩があるでしょ」
 あまり思いがけない話だったので一瞬ぼんやりしてしまったが、すぐに体勢を立て直して言った。
「宮沢賢治の、あの有名な?」
「そう」
「その詩がどうかしたの」
「あれ、どういう詩だっけ」
「どういう詩っていわれても……」>

 このあと、全部を思い出せなかった沢木耕太郎さんは、この詩をベースに歌を作りたいという井上陽水さんのために、夜の10時半に自転車で隣の駅の本屋まで行き、詩集を手に入れて、折り返し電話をかけて雨ニモマケズを朗読する。

 ところどころで詩の内容に感嘆する井上陽水さんの言葉と、その言葉から気づきを得る沢木耕太郎さんのやりとりが、とてもいい。

 こういうやりとりを経て、井上陽水さんの「ワカンナイ」という歌が完成する。インターネットどころかウインドウズ95すらまだ世に出ていない時代、夜遅くに電話で協力を求めてきた友人のために、わざわざ自転車をこいで本を探しにいくとは、なんて心憎いパートナーシップだろう。仕事とも友情とも受け取れるのが、またいい。

 ここまでの関係とはいかなくても、現在わたしと取り引きを続けてくれる編集プロダクションとの信頼関係をこれからも大切にしていきたい、とあらためて思う。


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