第4話 著作者人格権

文字数 2,269文字

 私はものすごく心が狭くて、性格が悪い。

 見栄を張って、心優しくて性格が良くて……と言いたいところだが、この作品はノンフィクションだから捏造や改ざんをせず本当のことを書かなくてはならない。心が狭くて性格が悪くても、絶対に捏造や改ざんはしない! という潔癖さだけは持っているのだ。

 他人の著作物に許可なく勝手に手を加えると、著作権の侵害になる。過去にわたしは、著作権を侵害された経験がある。小学校6年生のときに、卒業文集を捏造、改ざんされたのである。捏造と改ざんを実行したのは、卒業文集の編集委員のうちの一人。そして、担任の教師がその行為を容認した。

 わたしが小学校5、6年生の頃の担任は、大学を卒業したばかりの若い男性教師で、発育のいい子と成績のいい子をえこひいきする、いい先生だった。発育も良くなければ成績も良くなかったわたしは、一度もひいきの恩恵には与れなかったが。

 6年生になったわたしたちは卒業文集を作ることになり、クラスごとに4,5人の編集委員を選ぶことになった。自薦か他薦かは忘れたが、わたしのクラスは、担任お気に入りの発育と成績のいい子たちが選ばれた。

 卒業文集は、自由なテーマで思い出をつづる作文のページと、各クラスの編集委員が企画するページで構成されることになり、わたしのクラスはアンケート企画をやることになった。

 後日、アンケートが実施され、いくつかの質問項目を書いた用紙が配られた。項目のなかに「尊敬する人は?」という質問があったので、わたしは同じクラスのカナヨちゃんという友達の名前を書いて提出した。数日後、編集委員の一人が私のところに来て言った。

「尊敬する人なんだから、友達なんてダメ」

 彼女の見解によると、尊敬する人というのは学校の先生や、歴史に出てくる偉い人でなければならないらしい。すぐに書き直して出せと言われたが、そんな急には思いつかないので、数日待ってほしいと頼むと、彼女は了承した。

 が、わたしが書き直しを再提出する前に、もう文集のゲラが刷り上がってきた。カナヨちゃんのまま載ったのかと思ったが、そうではなかった。企画ページを確認すると、わたしの尊敬する人の欄に「父」と書かれていた。

 よりによって父とは、冗談じゃない。わたしの父親は、わたしを育てることを放棄したクソオヤジなのだ。父親は、わたしが生後3カ月のときに妻と離婚したあと、愛人にわたしを育てさせ、自分はちゃっかり別の家庭を築いてしまった。しかも、クソオヤジはわたしの養育費を養母に一銭も払わず、それどころか養母の財布から勝手にお金を持ち出したり、わたしの学資保険を勝手に解約して自分のふところに入れたりしていた。

 当時のわたしは、大人の複雑な事情を理解しきれてはいなかったが、素行の悪い父親に嫌悪感を抱いていた。だから、尊敬する人を父と書くことなど、死んでもあり得なかったのである。

 いったいどういうことなのか編集委員に確認すると、「出すのが遅いから私が書いて出しといてあげた」と言った。わたしは「絶対にイヤだから書き直させて!」と猛抗議したが、「別にお父さんでもいいでしょ」と彼女は書き直しを拒否した。

 話にならないので、わたしは担任に直談判をしに行った。ところが担任は、発育も成績も良くないわたしなどにはまったく興味がないようで、「もう時間がないんだからムリ言うな。お父さんにしとけ」と取り合わなかった。結局、卒業文集はそのまま印刷されてしまった。

 小学校の卒業文集は、わたしの手元にはない。“尊敬する人「父」”の文字を見るのがイヤで、中学に上がるとすぐに捨ててしまったからである。

 一昨年、わたしは「知的財産管理技能士」というマイナーな資格を取得した。著作権法も知財の一つで、その著作権法の観点で言うと、わたしの卒業文集の内容を勝手に書き換えた同級生の行為は、「同一性保持権」の侵害に該当する。

 著作物を創作した者を「著作者」と言い、著作者には「著作財産権」と「著作者人格権」という権利が発生する。前段で述べた同一性保持権というのは、三つある著作者人格権のうちの一つだ。(参考までに、あとの二つは、公表権と氏名表示権)

 同一性保持権について、わたしが試験勉強のときに使っていたテキストにはこう書いてある。

<同一性保持権とは、著作物およびその題号を「著作者の意に反して」改変されない、という権利です。>(『知的財産管理技能検定2級完全マスター③著作権法・その他』アップロード知財教育総合研究所)

 該当する条文は著作権法20条で、内容は次のとおり。

<著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改編を受けないものとする。>

 卒業文集はれっきとした著作物で、著作物を創作すれば、小学生であっても著作者となる。なので、わたしの卒業文集を捏造、改ざんした編集委員の行為は、著作権の侵害にあたるというわけである。

 当時は悔しくて腹立たしくてたまらず、編集委員と担任教師を恨みもしたが、今となってはこうして教材として活用できているので、まぁ良しとしている。

 数年前、その担任教師が僧侶になっているというウワサを聞いた。僧侶? わたしが知っている僧侶というと、葬儀や法要などでお経を読んだり、人々に説法をしたりしているが、その僧侶のことだろうか。

 もしそうだったら、金持ちの檀家や美人の檀家をえこひいきしてるんじゃないのかい? と思ってしまうわたしは、やっぱり心が狭くて性格が悪いのである。


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