第5話 天使と賭け事(後編)

文字数 8,840文字

 エレベーターで2階へ降りると、先ほどとは別の7級天使が待ち構えていた。
「VIPルームまで私が案内を務めさせていただきます。」
 くどいほど深々とお辞儀をすると、ゆっくりとフロアの片隅へとベリルとドロウズを招いていく。着いた先には美麗な装飾が施された扉があり、7級天使は優雅な動作で扉を開けた。
「どうぞお食事をお楽しみください。」
 言われれるがままに部屋に入ると、どう見ても過剰なほど豪勢な料理と、ベリルの見知った相手が待ち構えていた。
「どうもどうもドロウズ様!俺はここのデザインプロデューサーを担当しているオブシディオと言います!まま、どうぞこちらへお掛けください。」
 バキバキに筋肉の付いた長身かつ厳つい顔つきという容貌と、子供のような姿のドロウズにへこへこと下手に出て接待する姿は滑稽なほどミスマッチだった。
「ずいぶん仕事熱心なこったな。ご苦労さん。」
 ベリルはドロウズから少し離れた椅子に腰掛けながらオブシディオを茶化す。
「うっせ!黙ってろ!」
 オブシディオはそう吐き捨てると、ドロウズの接待へと戻る。ベリルはその様子をおもしろおかしく眺めながら、手近にあったピザを1ピースつまんで勝手に食べ始めた。1ピース食べ終わろうかというところで一通り話が終わったのか、オブシディオがのしのしとベリルの側まで寄ってきた。
「てめぇ何考えてんだよ!あんな大物連れてきやがって!」
「仕方ねぇだろ、ついていきたいって言われたら断れねぇよ、あたしだって。」
 残りのピザを飲み込んでからベリルは飄々と答える。内心オブシディオがここまで慌てふためく様を見れただけでも十分なリターンだとほくそ笑んでいた。
「たくよぉ、接待の用意だけでも大急ぎだったってのにパチンコでも暴れてくれてよぉ…参るぜ。」
 オブシディオはベリルの隣の席に疲労感丸出しでどっかりと腰かけ、ベリルの前からピザを1ピースつまんで食べ始める。
「あれはあたしもびっくりさせられたわ…。」
 ベリルも追加でピザを1ピースつまみ、もぐもぐとかじる。2人は豪勢な料理に囲まれたドロウズに視線を向ける。ドロウズは全く意に介すことなくサラダを黙々と食べていた。

「で?本当の用事はなんだ?」
 ベリルはピザをかじりながら、オブシディオに向き直った。
「へへ、察しがよくて助かるぜ。お前に頼みたいことがあってな。」
「だったら最初からそう言え。」
「素直に言ってたら来たか?」
 ベリルはピザを飲み込んで一息入れる。
「来なかっただろうな。」
「だろ?」
 オブシディオもピザを食べきると身体を乗り出してベリルに詰め寄った。
「率直に言う。パンクラチオンに出てくれねぇか?」
 ベリルは無言でパンクラチオンについて調べる。ここのパンクラチオンは素手での格闘戦(ステゴロ)とのことだった。元来のルールからの変更点は2つ、衣服は着用OKなことと、肉体強化魔法のみ使用が許可されていることだった。
「やだよ。お前が自分で出ればいいだろ。」
「そうはいかねぇ事情があるんだよ。頭数が要るんだわ、2人。」
 オブシディオはそう言うと自身の天輪(ヘイロー)の端をタップする。そこが黄色く光ると同時に、ベリルの天輪(ヘイロー)の端も黄色く光った。何か送ってきたらしい。ベリルが送られていたデータを開いてみると、2体の人形の画像が表示された。
「これ…ゴーレムか?」
「そうだ。神様謹製のバトルマシン。左のチビが『ドラゴニス』、右のデカブツが『スクトゥム』って名前だ。こいつらが今パンクラチオンのダブルス部門のトップに居座ってな。」
 オブシディオは手近にあった皿から果物をつまむと、つるりと飲み込みながら話を続けた。
「強すぎて誰も勝負にならないから、ダブルス部門は賭けが成立しなくて開店休業状態な訳よ。そこで、お前と俺とのタッグでこいつらを負けさせて追い出そう、ってな話よ。OK?」
「OKな訳あるか。」
 ベリルも果物を1つつまむと、食べながらもごもごとオブシディオに顔を突き合わせる。
「なんであたしがそんな手伝いをしなきゃならない?そんなに厄介な相手ならもっと上の、それこそドロウズ様にでも頼んでみればいいじゃねぇか。」
 名を呼ばれたと思ったのかドロウズが2人を見てきた。オブシディオはオーバーなほど慌てふためいた様子で無関係ですよ、とアピールをする。ドロウズはしばらく見つめてきたが、やがて食事に戻った。
「厄介な事情があるんだよ。このゴーレムを造って寄越してきたのが階級で言えば中の上くらいの偉い神様でな。しかも性格はガキっぽいとまぁ扱いづらいお方な訳よ。そのせいで上からも下からも口出ししにくいと来たもんだ。」
 オブシディオは呆れたといった表情で椅子にぐったりともたれかかる。
「だがまぁ不幸中の幸いに、このカジノエリアを管轄する俺の上司の神様も中の上くらい階級でな。そこで発案されたのが、俺たち下っ端天使をぶつけて正面突破で負かして撤退してもらおう、ってプランな訳だ。」
「…なるほどな。あんまり上位の天使をぶつけると大人げないってごねられるから、下っ端をぶつけざるを得ない。そんなところか?」
 オブシディオはにんまりと笑って指でOKマークを作る。

「大正解だ。そういう訳だから協力頼むぜ。前金もたんまり渡したんだ、まさか断ったりしねぇよな?」
一方のベリルは渋い顔をして腕組みをしていた。
「質問が2つある。まず1つ目。成功報酬は何ポイントもらう手筈なんだ?」
 オブシディオの笑顔が崩れ、分かりやすくテンパり始める。
「あー?な、なんのことだ?」
「嘘つくの下手くそなんだからやめとけ。神様から任された仕事なんだ、当然ポイントが出るんだろ?」
「…あぁ、出るよ。」
 オブシディオは早々に諦めて白状する。だがベリルは追求を休めない。
「4割だ、4割あたしに寄越せ。そしたら出てやる。」
 ベリルの提案にオブシディオは目を大きく見開いて驚く。
「4割ぃ!?ふざけんなよぉ!セッティングは全部俺がやったんだし前金だってたんまりやったんだ、それは暴利だぜ!3割が妥当だろ!」
「あいにくだがあたしはそうは思わないな。嫌ならドロウズ様にでも頼んでみな。」
 チョコレートを食べていたドロウズがまたベリル達の方を見てくる。オブシディオはすっかり困り顔だった。
「そうはいかねぇって話なのは分かるだろぉ?頼むよおい、せめて3割5分で引き受けてくれよ。」
「やだね。4割だ。」
「頼む!3割5分!」
 オブシディオは両手を合わせて必死にベリルを拝む。ベリルはしばらく黙ってその姿を見たのち、口を開いた。
「…まぁ、3割5分にしてやってもいい。ただし条件が1つある。」
「おぉ!なんだ?言ってくれ!」
 オブシディオが身を乗り出してベリルの肩をがっしりと掴む。ベリルはそれを
払いのけながら条件を言った。
「あたしだけマッサージチェアを永久無料にしろ。それが条件だ。」
 オブシディオは呆気にとられてポカンとしていた。
「そんなんでいいのか?」
「あたしは優しい天使様だからな。どうだ、乗るか?」
 オブシディオは乗り出した身体を少し戻して、右手を差し出してきた。
「乗るぜ。交渉成立だ。」
「ふん。」
 ベリルも右手を差し出し、握手を交わす。
「んで、2つ目の質問ってのは?」
 握手を解くとオブシディオが聞いてきたので、ベリルは2つ目の質問を口にした。
「あたし以外の選択肢は無かったのか?同僚に同じ等級で格闘戦(ステゴロ)が出来るやつくらい居るだろ。なんであたしみたいなめんどくさいのを選んだ?」
 オブシディオは少々驚いたという顔をしていた。
「なんでって、格闘戦(ステゴロ)でお前より信頼できる知り合いなんていねぇからだけど?」
「…へっ。そりゃどうも。」
 率直な褒め言葉にベリルは意外なほど嬉しさを感じたが、気恥ずかしいのでなんとか顔に出ないよう取り繕った。
「僕はどうしたらいいの」
「「ぎゃっ!」」
 いつの間にかすぐ側まで来ていたドロウズにいきなり声をかけられ、 ベリルもオブシディオも飛び上がらんばかりに驚く。
「あー大丈夫ッすよ!VIP席をご用意いたしますんで、そっちで俺らがガツンと勝ちをもぎ取るのを眺めててくだせぇ!」
 オブシディオは巨体を全力で縮こめ、ごますりをする。ドロウズは無言だったが頷きはしてくれたので、オブシディオは傍目から見ていても分かるほどの大きな安堵の吐息を漏らした。
「よっしゃスタッフ達よ!パンクラチオン、ダブルス部門再開の告知を急いで出せ!んで、VIP席を準備してドロウズ様をご案内しろ!」
 了解です!とスタッフ達は声を揃えて返答し、カジノ内外で告知を打ちに行く者、VIP席の準備をする者、ドロウズを接待しながら観客席へとエスコートする者、と散り散りになってVIPルームを飛び出していく。部屋にはベリルとオブシディオだけが残された。
「俺らも行くぞ。1階バックヤードに更衣室あるから、そこで着替えとストレッチ済ませとけ。」
「あいよ。」
 2人は並び立って1階へと向かう。久々の旧友との共闘に、ベリルは多少なれど沸き立つ気持ちを感じていた。

 30分後。貸し出しのジャージに着替えたベリルはストレッチを済ませると、入場口へと向かう。少し長い通路の先から、煌々とした証明の明かりと、ざわざわとした観客達の談笑が聞こえてくる。相当な客が入っているようだ。そんなことを考えていると、やや遅れてオブシディオがやって来た。
「うっかり聞き忘れてたけど、作戦ぐらい立ててるんだろうな?」
「あたぼうよ。」
 訝しむベリルに対し、オブシディオは腕組みするとゆったりと壁にもたれかかる。
「あいつらのコアパーツは2体とも頭に内蔵されてんだ。んで、装甲はデカブツの“スクトゥム”よりチビのゴーレム“ドラゴニス”の方が薄い。だから俺がスクトゥムを食い止めてる間にドラゴニスの頭をお前がささっと破壊して、あとは2人がかりで残ったスクトゥムを叩き潰す。どうだ?」
「…作戦と呼ぶには雑すぎねぇか?まぁ、代案も無いしそれでいくしかないか。」
 ベリルはすたすたと競技場へと入っていく。オブシディオも壁にもたれた体勢から跳ね上がると、ベリルの横に並んで共に入場した。
 2人が競技場に入場すると共に、割れんばかりの歓声が上がった。天使の耳でも少し痛みを感じるような、熱狂的な大歓声だった。
『皆様!お待たせいたしましたぁぁぁぁぁぁ!!ついにあの絶対王者、ゴーレムペアへの挑戦者が登場ですっ!!並び立つは天使のタッグチーム、ベリルとオブシディオだぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっっっ!!!』
 大歓声に負けない熱量と音量の実況がさらに場を煽る。ベリルがサービスとして適当に手を振ると、さらに歓声が上がる。
『ついに王者が倒れるか!?はたまた王者の伝説は続くのか!?オッズは1:3で天使チームがビハインド!!さぁ、下馬評をひっくり返す大逆転を魅せてくれーーーーーーーっっ!!!』
 実況が大盛り上がりしている中、ついに反対側の入場口からゴーレムペアが現れる。まず姿を現したのはドラゴニス。身長は1m40センチ程度と小柄ながら、龍の頭を模した頭部と騎士の甲冑のような体装甲の出で立ちは、不思議なほどの威圧感があった。
 続いて姿を現したのがもう1体のゴーレム、スクトゥム。4mほどの巨躯に加え、それを支える太い脚、そしてそれよりさらに太い両腕。ドラゴニスがある種の芸術性を帯びた造形なのに対し、こちらは機能性のみを追求したような重厚な出で立ちだった。
 2体の登場に観客達は一斉にブーイングやヤジを飛ばす。一方、ベリルとオブシディオは冷静に相手だけを見ている。完全な臨戦態勢に入っていた。
「チビの方の装甲は頭と手足以外は柔そうだが、デカブツの方は全身ガチガチだな…。特に胴はダメージが通ることは無いだろうな。」
 ベリルの分析に、オブシディオも相槌を打つ。
「あぁ。強化魔法を最初から使って脚をまず潰して動けなくする。その間チビの方はお前に任せるぜ。柔い代わりに動きは相当早ぇぞ…。頼めるな?」
「任せな。」
 ベリルはそう返すと共に近接戦(インファイト)の構えをとる。オブシディオもスクトゥムを見据えて構えをとった。
『両者準備が整いました!今から5カウントののち、試合を開始します!いざ!!5、4、3、2、1……ファイトォォォォォォォっ!!!』
 実況の熱のこもったコールを合図に、決戦の火蓋が切って落とされた。

 まず動いたのはドラゴニスだった。勢いよくダッシュを決めながら、まっすぐベリルに向かってくる。ベリルも素早く応対し、突き出された拳を受け流してカウンターで肘を当てようとするが、スッと躱される。続けてドラゴニスが膝蹴りを繰り出してくるが、ベリルも蹴りを繰り出して相殺する。
 激しいやりとりの間にオブシディオがスクトゥムに飛びかかっていくのを横目で見ながら、今度はベリルが仕掛ける。右ストレート、左アッパー、クルリと回って右裏拳。ドラゴニスは両腕の装甲を使って全て受けきった。そして今度はドラゴニスから右ハイキック、跳躍からの左膝蹴り、着地しての右ストレート。ベリルも全て受けきる。2人の繰り広げる高速戦闘に、観客は大盛り上がりだった。
 一方ベリルは心の中で静かに考える。攻撃と防御をめまぐるしく切り替えながら、ドラゴニスの挙動の思考ルーチンを分析していく。
(最短効率…。最も早くてダメージの大きい行動オンリーか。防御も最短の手を常にとってくる。だけどそういうタイプなら、)
 ベリルは素早く左右のストレートを放つ。そうして両腕を防御に使わせ、そこに掴みかかって横投げしてスタジアムに叩きつけた。ドラゴニスが倒される姿に、一際大きな歓声が上がった。
(こういう搦め手には弱い!)
 流れを掴んだとみて、ベリルはさらに攻勢をかける。ドラゴニスの立ち上がりに合わせて全力の跳び蹴り。見事な直撃だったがドラゴニスは一切怯まず攻撃に転じ、逆に蹴りを入れたベリルがバックステップして防御に徹する。
(ちくしょう、めちゃくちゃ硬い!どう潰せってんだ!)
 ドラゴニスの頭部の装甲は、感触から考えて他の装甲の5倍は硬いと考えられた。ベリルの使えうる肉体強化魔法を全て注いだ、文字通り全力の右ストレートでようやく破れるかというところだ。しかし、そんな大振りの攻撃を俊敏なドラゴニスに叩き込むのはとても可能とは思えない。ハイスピードで迫り来るドラゴニスの攻撃をなんとか防ぎながらベリルは打開策を考える。そこに急に天輪(ヘイロー)から大音量の通話が流れ込んできた。
(左に跳べぇぇーーーーーーーーーーっ!!)
 驚きながらも咄嗟に左方向に飛び跳ねると、ベリルがいた位置を轟音と共にスクトゥムの巨大な拳が薙ぎ払っていた。
「オブシディオてめぇ!なんでそいつがこっちまで来てるんだよ!」
 オブシディオとスクトゥムが戦っていた場所は、ベリルのいる場所からおおよそスタジアムの端端の位置取りのはずだった。それが今ではスクトゥムがスタジアム中央付近まで迫り、先ほどのようにベリルに攻撃を仕掛けてきていた。
「しゃーねぇだろ!こいつ脚もどこもアホほど硬くて全然止められねぇんだよ!!」
 ベリル達が怒鳴り合っている間にもドラゴニスがベリルに攻撃を仕掛けてくる。挟み撃ちされる形になったベリルは仕方なく回避に徹し、なんとか挟み撃ちから逃れた。その後は2人がかりで入れ替わり立ち替わり攻勢を仕掛けるが、スクトゥムの重装甲を盾にした広範囲への大振りな一撃とその隙間を縫うドラゴニスの素早い連撃のコンビネーションに、ベリル達は守勢に徹せざるを得なくなった。

『これは苦しい展開です!天使ペアは防戦一方!これは詰み待ったなしかーーっ!?』
 実況に煽られ、観客から嘆きたっぷりのどよめきが漏れる。ベリルも焦り始めていた。天使の身体はまだ疲労で潰れることは無いが、集中力はそうはいかない。嵐のような連続攻撃を今はなんとかいなしているが、一瞬でも集中力が途切れれば一発KOだろう。その前に逆転の一手を打たなければならない。しかし分厚い装甲を突き破れる一手とはなんだろうか?それを考えながら防戦するのは、実況の言うとおり苦しい展開だった。
(おいベリル聞け!作戦を考えた!)
 次々に繰り出されるドラゴニスの高速攻撃の連続をなんとか凌ぐベリルに、天輪(ヘイロー)での通話を通してオブシディオが話しかけてきた。
(またくだらねぇ作戦だったらお前からぶっ飛ばすぞ。)
 余裕が無いベリルは苛立った調子で返答する。
(今度は確実だ。というかこれしかねぇ。)
 どうやらきちんと聞くべき話のようだと判断し、ベリルは大きく跳躍してドラゴニスと距離をとりながらオブシディオに隣接する。
「乗ってやる。手短に説明しな。」
「…あいつらの装甲は俺らじゃぶち抜くのは無理だ。だから、

。あとは分かるな?」
 ベリルは無言で頷く。2体のゴーレムが再び2人に襲いかかってくる。それに対応すべく、2人も前進する。
「上手く合わせろよ?俺の全魔力を使い切るからチャンスは一度きりだ!」
「お前こそしくじるなよ!」
 オブシディオの発破にベリルも怒鳴り返しながら、ドラゴニスと再度組み合う。拳と蹴りをぶつけ合いながら、ベリルは好機を待つ。そしてついにそのタイミングが訪れた。ドラゴニスの両手を使った殴打。ベリルは叩き込まれるよりも早く両手をドラゴニスの腕の内側へと滑り込ませると、渾身の力で外側へと弾き出した。ドラゴニスはすぐさま鋭い蹴りをベリルの横腹へと叩き込んだ。
『これはっ!!鋭い蹴りが炸裂した…が!?』
 誰もがベリルは蹴り飛ばされると予想したが、ベリルは顔を痛みでしかめながらも踏みとどまっていた。ドラゴニスの最短で効率的な攻撃を繰り出し続けるという思考ルーチンを鑑みて、繰り出してくるのは空いた横腹と考えて肉体強化魔法でガードを固めておいた成果だった。
 腕でのガードができない、無防備状態のドラゴニスに向けてベリルは掌底を繰り出す。ダメージは大したことは無くても、体勢は崩れる。後ろ倒しになったドラゴニスの両足をすかさず掴んで、ジャイアントスイングの形で振り回す。
「おぉぉぉぉぉぉっっしゃぁ!!」
 それを見てオブシディオも動く。鈍重なスクトゥムの脇をかすめて後ろに回ると、肉体強化魔法をかけた渾身のドロップキックを背後から叩き込む。ダメージこそ僅かだが、スクトゥムはバランスを崩して前倒しになった。
「見とけぇぇぇぇぇ!!俺の全力だぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」
 オブシディオは残った全魔力を使った全力の肉体強化魔法を放つ。身体中の筋肉が盛り上がり、怪物じみた様相になる。そしてスクトゥムの両足を掴むと、力任せに頭上へと振り上げた。
『これは凄まじい!あの巨体を誇るスクトゥムが持ち上げられています!!何という天使の底力ーーーーーーーーーーっっ!!!』
 熱い実況に煽られ、観客も一気にヒートアップする。クライマックスは目前だった。
「いくぞベリルーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「任せろっ!!」
 オブシディオは振り上げた両腕を前に振り、スクトゥムの身体は勢いよく落下していく。ベリルもそれに合わせ、前に踏み込みながら下からすくい上げるような軌道でドラゴニスをスイングする。そして2体のゴーレムの頭部が勢いを付けて空中でぶつかり合った。
 
 



 スタジアムを震わすほどの凄まじい破砕音を響かせながら、2体のゴーレムは崩れ落ちた。2体とも頭部が無残に抉れへこみ、ピクリとも動かなくなった。
『き、決まったー――――――――――っっ!!チャンピオンが、鋼鉄の王者が!今!敗れ去りましたーーーーーーーーっ!天使ペアの勝利!堂々の勝利です!!』
 大音量の実況をかき消さんばかりに、観客席から熱狂的な大歓声が上がる。ベリルはうるささに耳を覆いながら、ぺたんとスタジアムに座り込んだ。
「はぁ、はぁ、なんとか勝った、な…。」
 オブシディオを見てみると、大の字になってスタジアムの地面に寝転んでいた。全魔力を使い切った疲労で精根尽き果てたようだ。
「あー…はぁ、はぁ、や、った、な……。」
 それでもオブシディオはサムズアップをベリルに向けてくる。ベリルも親愛なる相棒に向けてサムズアップを返した。

 更衣室で着替えて外に出ると、オブシディオと、そしてドロウズも待ち構えていた。
「おめでとう」
 本心なのか世辞なのか、ドロウズはソフトクリームを舐めながらベリルをねぎらってくれた。
「どうも。」
 疲れで語彙力の下がったベリルは思わず雑な返事をしてしまうが、ドロウズは気にしないようだった。
「いやぁ助かったぜ。ほれ、ポイントの山分けするぞ。」
 疲れ切った顔のオブシディオの言葉で、ベリルは山分けの約束を思い出した。天輪(ヘイロー)を通してポイントを受け取ると、達成感から一段と疲れが強く感じられた。
「一応聞くけどよ、パンクラチオンのチャンピオン枠になってくれって話も出てるが…どうするよ?」
「やだよ。」
 オブシディオの誘いにベリルは即答した。オブシディオも承知の上の事だったので特に引き留めはしなかった。
「んじゃ、今日はお疲れさん。くどいかもしれねぇけどよ、マジに助かったぜ。ありがとな。」
 オブシディオが手を上げてくる。ベリルも同じように手を上げ、ハイタッチを交した。
「じゃ、帰るわ。また車を…。」
 ベリルが途中で口を止めた。オブシディオとドロウズは不思議そうに話の続きを待つ。
「すいませんドロウズ様。30分だけ待って貰っていいですか?」
「いいよ なにをするの」
 ベリルはしたり顔でオブシディオに向き合って言った。
「マッサージチェアで休んできます。もちろん無料で、ね。」
 オブシディオは呆れたと言った顔で、無料券を手渡す。ベリルは意気揚々と憩いのマッサージチェアへと向かって歩き出した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ベリル


元人間の6級天使。人間に戻るために仕事を請け負っている。情に流されやすい。

赤みがかったボサボサのロングヘアーの女の子で、服装もテキトーに選んでいる。

オルトル


ベリルの上司にあたる4級天使。純正天使なので人間味がほとんど無く、いつも事務的。

薄金色の白髪で、天使のイメージだいたいそのままの姿をしている。

ルマリ


元人間の特務6級天使。ベリルが人間であった頃から仲の良い友人。

薄灰色のショートヘアに青い瞳の、小柄な女の子。気弱な性格で、表情が顔に出やすい。

服装は仕事用の黒いローブを纏っている。

オブシディオ


元人間の特務6級天使。ベリルの最も古い顔馴染み。

身長2m近くのマッチョな男で、厳つい顔つきのため威圧感があり天使っぽくはない。

お洒落のセンスは高い。

ゼヘキエル


天使消失事件の調査チームを率いる、2級天使。

その強さゆえに自信家で、ちょっと高圧的。

アイオラ


天使消失事件の調査チームの1人で、情報操作や認知改竄を得意とする4級天使。

小柄で温和な話しやすいタイプ。

ドロウズ


天使消失事件の調査チームとしてベリルと同行していた、3級特務天使。様々な剣に変身したり出したりする能力がある。

後日、たまたまカジノに行くベリルと再会して同行する。

非常に情緒に乏しい割に、突飛な行動をしてベリルを悩ませる。

エグネヴィア


ベリルがばったり出くわしてしまった”眷属級”の悪魔。

所属は羊。

とある理由からベリルと対話をすることになる。

ダイア


ベリルが人間だった頃の、1番の友人。

ベリルの罪の原点。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み