第9話 美術展

文字数 1,443文字

 「ごめんなさい」

 わたしはそう言うと、逃げるようにしてその場をあとにした。

心臓が飛び出しそうなぐらい高鳴った。その直後、猛烈な後悔が押し寄せて来た。

他人の家のタブーに、土足で上がり込んでしまった感じになってしまった。

 それから数日後。わたしは、隣町にある市立美術館の前にいた。

かりんから、「アマチュア新鋭作家追憶展1900-2000」に行かないかと誘われたからだ。

もしかしたら、「岩波伊佐武」の作品もあるかもしれない。

「驚いた! この人の数の多さはなんなんですか? 」

 かりんが、会場の前にできた長蛇の列を見るや驚きの声を上げた。

「こっち、こっち」

 会場内に入るや否や、わたしは、

目移りしているかりんを「1900年代コーナー」に誘導した。

「1900年コーナー」には、近代アートのオブジェ、彫刻、絵画が展示されていたが、

1900年代の彫刻スペースには、彼の作品らしきものは見当たらなかった。

「オブジェも彫刻も違うとすると、ないんですかね」

「もう、帰ろうか」

 あきらめて、帰ろうとしたその時だった。
 
「なんだ、来てたんだ」

という聞き覚えのある声に、横を向くと、

久遠君が、腕組みをしながら前にある作品を眺めていた。

「あった! これじゃないですか? 」

 次の瞬間、かりんが、わたしたちの間に割り込むと隣の絵画を指さした。

たしかに、作品の下にあるネームプレートには、「I・IWANAMI」とあるが、

その作品は、彫刻ではなく、白花町の風景を現代アート風のタッチで描いたものだ。

「うちの学校の校舎裏にある銅像の作者について調べていたら、

卒業生の岩波伊佐武さんの作品だとわかって、

もしかしたら、この展覧会にも、彼の作品があるかと思って来てみたんです」

 と、わたしが必死に説明すると、

「校舎裏にある銅像なんて調べてどうするんだ? 

あれが、オヤジの作品なはずがねぇだろうが! 」

 と、久遠君が強い口調で言い返して来た。

「そうかもしれません。だけど、岩波伊佐武さんという方がいたことは確かです」
 
 わたしがそう言うと、久遠君がプイっと横を向いてしまった。
 
「図書館司書の岩波寿彦さんとは、いとこ同士なんですか? 」

 間の悪いことに、かりんが、タブーをやぶってしまった。

「苗字が同じだけで、決めつけんなよ! 」

 久遠君は、捨てセリフを吐くと会場の外へ向かって歩いて行った。

「なんなんですか? いきなり、怒り出して。意味が分かりません。

だいたい、自分だって、岩波さんの作品を鑑賞していたじゃないですか! 」

 そして、かりんまでもが、肩を怒らせて先に帰ってしまった。

その後、家に向かって歩いていると、久遠君が公園の中から出て来た。

「さっきは悪かったな。だけど、他人のプライバシーを記事にするのはどうかと思うぜ」

 久遠君が、わたしに向かって缶コーヒーを投げてよこすと言った。

「実は、光彦先輩からの提案なんです。

最初は、白花神社について記事にするつもりでした」

 わたしが必死にそう言うと、久遠君がふしぎそうな顔で見てきた。

「おまえって、おもしれえ。何、ムキになってんだ? 」

「わかりました。匿名にします。

それなら、どこの誰なのかわからないから、プライバシーは守られますよね? 」

「オレにも参加させろ。オヤジは昔のことを全く、しゃべらねぇし、

どうして、岩波って苗字を名乗っていたのかも知らない」

校舎裏の銅像の作者について調べていたつもりが、

どういうわけか、白花神社をめぐるお家騒動を取材するはめになってしまった!

 










 
 
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