第3話 後輩の両親にご挨拶?

文字数 6,146文字


僕は今、猛烈に緊張し、焦っていた。
今日はリノの両親にご挨拶に行く日。
別に交際や結婚の申し込みでは無いが、女の子、しかも密かに想いを寄せている相手の両親に会うなんて、僕には壁が高すぎる!
そして目下の悩みは、僕の服装だ。

「服装はどうすれば……! スーツなんて持ってないし……いや待てよ」

少し冷静になって、僕が持っている服を数えてみる。

「……っていうか僕は騎士の制服以外の服を持ってないじゃないか」

悩みはすぐに解決した。
騎士団の制服五着、その中で一番汚れていない物を選んで着る。
悩む必要なんて無かった。
……これでいいのだろうか。

「脚は、どうしようかな」

ズボンを膝までまくろうか?
ズボンをまくった方が断然動きやすい。
でも、そうすると義足だという事を不用意に周囲に知らせてしまうことになる。
無駄なトラブルを避けるために、ズボンはまくらないことにした。
ちなみに、この結論を出したのは今で4回目だ。
部屋の中をしばらくウロウロする。
すると、コンコンとアパートのドアがノックされ、外からは「先輩? 起きてますか?」と聞き慣れた声が聞こえてくる。
つい先ほど、正午を告げる鐘が鳴ったばかりなのに、リノは僕を相当な寝坊助ねぼすけだと思っているのだろうか?

「先輩? まさか本当に寝てるんですか? 鍵開けちゃいますよ?」

「流石に起きてるよ」

リノが合鍵を使おうとしていたので、その前にドアを開ける。
リノの服装は流石に騎士団の制服では無く、動きやすそうな服の上に、魔術師が良く好んで着るローブを羽織っていた。

「え? ゼロ先輩、何で制服を着てるんですか? も、もしかして実は騎士をクビになっていなかったんですか?! どうしよう、私もう昨日のうちに辞表置いてきちゃったんです! 今からなら返して貰えるかな……」

「ああ! 心配しないで!持ってる服が制服これしかなかったんだよ、大丈夫、僕はちゃんと騎士をクビになってるから! だから、ね? 泣かないで」

ちゃんとクビになってるって、自分で言うのもなんだけど変な言い方だな。
でも、どうやらリノに対する答えとしては間違っていなかったらしい。

「な、泣きませんよ?! いったい私を何歳いくつだと思ってるんですか、というか、制服しか服を持ってないのがおかしいんですよ! この前い、一緒に買い物に行った時も制服だったのはそういう事だったんですね!」

リノの顔色が青から薄っすらとした赤色に変わった。
そういえば、1ヶ月前くらいに新しい剣杖けんじょうが欲しいから選ぶのを手伝ってくれないかとリノに、買い物に誘われたことがあったな。
騎士である以上、リノのような支援魔術師でも剣を持っていなければならないため、多くの、魔術師を兼ねている騎士は剣杖と呼ばれる武器を身につけることが多かった。
あの時のリノは普段と違うお洒落をしてたっけ、リノのワンピース姿は凄く可愛かったなあ。
それで、リノが怒っているということは、買い物の時の服装も、騎士の制服ではダメだったということだろう。

「ああもう、先輩の服については今度一緒に買いに行きましょう。冒険者には冒険者に相応しい服装があるでしょうから……正直、先輩に任せていたら不安です」

と、いうことになった。
心機一転するという意味でも、服を買いに行くのは賛成だ。
リノが何を不安に感じているのかは分からないけど、まあ、また一緒に買い物に行けるなら結果オーライだろう。

「もう、制服でいいですから早く行きますよ。私のお父さんが待ちくたびれちゃいます」

うっ、そうか、僕は今からリノのお父さんに会うのか……
や、やっぱり途中で服を買った方がいいんじゃないか?

「やっぱり、途中でスーツでも買っていこうか」

「何の報告に行くつもりですか?! その、け、結婚の報告に行くわけでも無いですし……というか、私達、まだ付き合ってすらいないですし……と、とにかく! 先輩は今のままでいいですから!」

「そ、そうか」

スーツの必要は無かったらしい。
まあ、僕とリノは付き合ってるわけでも無いからな。
声が小さくて途中は聞こえなかったけど、リノも同じことを思ったんだろう。
そろそろ急いだ方が良さそうだ。

「じゃあ行こうか」

5年間お世話になった部屋を出て、鍵をかける。
今日は大家さんが都合によりこれなかったので、鍵はポストに入れておく。

「今までありがとうございました」

僕がアパートに向かって礼をすると、リノも隣で礼をしていた。
多分、もう二度と戻ってくることはない場所。
でも、確かに僕の騎士としての活動を支えてくれた大切な場所だった。
本当にありがとう。

◆◆◆

それで、僕達はリノの実家に来たわけだが……

「屋敷?! ちょ、ちょっと待って! リノのお父さんって、もしかしなくてもかなりお金持ちなの?!」

「えっと、デルダルク商会っていったら王国でも結構有名なはずだったんですけど……まさか、先輩が本当に知らなかったとは思ってもいませんでした」

いやいや、確かに商会なんてものに興味は無いけどさあ。
まさか、自分の後輩が大商人の令嬢? だなんて思わないでしょ普通!

「す、凄いんだね」

「凄いのはうちのお父さんとお母さんです。私じゃありません。それに、デルダルク商会会長の娘ってだけで声をかけられることが多かったですから」

うん、身近にお金持ちの、しかも性格も良くて可愛い女の子がいたら誰だって声をかけるよ。

「……先輩は違いましたけど……」

「ん? なんか言った?」

「何でも無いです。先輩は耳もおかしくなっちゃったんですか? 耳を良くする商品があったらお父さんに融通してもらいましょう」

おおう、身内の特権っていうか、公私混同しまくりの発言だな。
耳は悪く無いはずなんだけどな。

「それじゃあ、いつまでも外から眺めるのも何なので、中に入りましょうか」

「ま、待ってくれリノ、僕の心の準備が……!」

「泣き言は聞きません。もう、先輩はこんな時だけ頼りにならないんですから」

ぐっ! 後輩にそこまで言われてしまってはしょうがない、ここは覚悟を決めるとしよう。
僕は玄関のドアノブに手をかけた!

「ごめんください! 私は元一等騎士のゼロ・ディヴァインと申します! 本日はリノアリアさんのお父様とお母様にお話があって参りました!」

僕が玄関から入りそう言った瞬間、メイドさんや執事の方が一斉に僕の方を向いた。
リノが僕の袖をちょいちょいと引っ張っている。

「固すぎですよ! 何の話をしに来たと思ってるんですか!」

「一応これが正しいと思ったから、昨日の夜からずっと練習したんだけど」

練習の成果もあってなんとか噛まずに、ハキハキと言うことが出来たが、これも違ったみたいだ。
さっきまで驚いて固まっていたメイドさんや執事さんの表情が優しくなっている気がする。
耳を澄ませば「ようやくお嬢様も心に決めた方が」とか、「なかなか良さそうじゃない」という声が聞こえる。
何か勘違いされてる気がするな。

「大事な娘さんを他国に連れてって、冒険者なんていう職業になろうとしてるんだ。これくらいは普通だと思う」

「それにしてもタイミングというものがありますよ! わざわざ大勢の前で言う必要も無いじゃないですか!」

そこは、昨日の時点でこんな大きい屋敷だとは思っていなかったから、とっさの変化が出来なかったというのが大きい。
反省しないとな。
クールさが崩れたリノの抗議を聞きながら待っていると、屋敷の奥からゆっくりと美男美女が歩いて来た。

「やあ、ゼロ君。私はリノの父、ヨハン・デルダルクだ。君のことは娘からよく話を聞いているよ」

「初めましてゼロ君。私はリノの母、アマリア・デルダルクです。普段あまり人と関わらない娘が、楽しそうに話をしてくれた方ですもの、お会いできるのを楽しみにしておりました」

「ちょっと! 何言ってるんですか! 先輩、勘違いしないで下さいね?!」

うんうん、大丈夫だって。
リノは、よく一人で巡回を命じられる僕を見かねて一緒に来てくれることがあった。
何か仕事があったりしても途中から来てくれるから嬉しかったなあ。
それで、僕も彼女の任務の手伝いなんかをしていたから一緒にいる時間が多い僕の話をしただけだろう。

「……なんか微妙です」

「なんでさ?!」

「いえ、理由はわからないんですけど……」

「ははっ! 仲が良いようで何よりだよ! それじゃあ立ち話もなんだから中にいこうか」

そういって僕は応接室へと案内された。
広過ぎず狭過ぎず、余計な装飾品を置かないことで品位が感じられる落ち着いた部屋だった。
その部屋の下座のソファーにリノと並んで座る。
先に喋り始めたのはヨハンさんだった。

「一昨日のことかな? 休みでも無いのに娘が急に家に帰って来てね、そのことを執事から聞いた私は、何かあったのかと仕事を放り出して会いに来たんだが、その時のリノアリアの顔はあまりにも暗くてね、何かあったのかと聞いても泣くばかりでまともに話せる状態じゃ無かったんだ」

「ちょっと、お父さん! そのことは……「リノ、今はお父さんに話をさせてあげなさい」

リノがヨハンさんの話を止めようとするが、アマリアさんに制された。
そのリノの状態というのは僕がアパートで会った彼女のことだろう。
そうか、やはり僕はそれほどまでに彼女の心に傷を負わせてしまったのか。
今の彼女が普段通りに見えるのはただ強がっているからなのかもしれないな。
ふと、僕がリノの方を向くと彼女は僕から目をそらした。

「それで、よく娘の話に出てくる君のことを思い出して、彼に何かあったのかと聞いたら急に謝らなくちゃ、謝らなくちゃ、と言い出してね。何を謝るのかと聞いても先輩の脚が、ということしかわからなくてね、その後すぐに飛び出していって昨日帰って来たんだよ。……それで、今の両脚はどんな感じなんだい?」

「今はこの通り金属製の義足です。昨日つけ始めたばかりなのでまだ慣れませんが、軽く走るくらいならできると思います。」

ズボンをまくって義足を見せる。
ヨハンさんとアマリアさんは目を細め、リノは悲しそうな顔をしていた。
少しの沈黙。
僕がもう良いですか?と聞くとヨハンさんは黙って頷いた。

「そうか……君は剣士でもあるんだろう? それなのに脚を失うなんて、諦めようとは思わなかったのかい?」

「そうですね、正直絶望的ではありました。騎士団もクビになって、ずっと剣を振ってきた私に、人生を諦めさせるくらいには十分だったと思います」

場の雰囲気が重く、暗くなる。
でも、違うんだ。
少なくとも、今の僕は何も諦めてなんかいない。

「でも、僕の頼りになる後輩が僕に手を差し伸べ、道を示してくれたんです。僕のような欠陥剣士でも、誰かのために剣を振るうことができる冒険者という道を」

「その後輩というのは……」

「ええ、リノアリアさんです。彼女は僕と一緒に帝国に行って冒険者になってくれると言いました。僕には勿体無いくらい素晴らしい女性です。ですから、正直今も悩んでいるんです。彼女が僕なんかと一緒にいて良いのか……と」

「そんなことないです! 私は、先輩が言うほど大した女じゃないです。先輩こそ自分を低く見ないでください!」

リノは今まで顔を抑えて下を向いていたが、急に顔を上げ大声を出した。
顔は耳まで赤く、かなり怒っている。

「お父さん、お母さん、私は先輩……ゼロさんと一緒に帝国で冒険者になります。お願いです。許して下さい」

リノはそう言って押し切った。
彼女をここまでさせるほどに、僕は彼女に重荷を背負わせてしまったのか。

「……リノアリア、少し落ち着きなさい。ゼロ君、娘がすまなかったね」

「いえ、謝られるほどのことじゃないです」

「ありがたい、そこでだ、ゼロ君に一つ頼みがあるんだが……聞いてもらえるだろうか?」

頼み? デルダルク商会の会長が僕に何を頼むんだろう?
それに、話の流れ的にも少し強引だった気がするけど。

「はい、僕にできることなら」

「おお! それはありがたい、それで頼みというのはね……」

少し間が置かれる。

「娘を冒険者として一緒に連れて行って欲しいんだ」

「お父さん!」

リノがソファーから飛ぶように立ち上がってヨハンさんに抱きついた。
それを見たアマリアさんも優しく温かい目で二人を見ていた。

「お父さん! ありがとう! 本当にありがとう!」

「私も悩んだんだけどね。騎士とは違って冒険者は常に命の危険がある。でも、リノアリアにはもっと広い世界を見てきて欲しいんだよ。私やアマリアのようにね」

「ヨハンさんとアマリアさんも冒険者だったんですか?!」

「ああ、アマリアが支援魔術師で私が剣士。今の君達と同じようなコンビだったよ。私は君みたいに魔術は使えないけど、剣の腕はなんとなくわかる。君は凄腕の剣士だ、脚を失ったのが王国の損失とさえ思えるほどのね」

親子そろって頷いている。
この親子はかなり僕を買い被り過ぎではないだろうか?

「そんな君を見込んでの頼みだ。リノアリアに広い世界を見せてあげてくれ、どうかこの通り」

ヨハンさんがそういって頭を下げると、アマリアさんまで頭を下げていた。
こんなの、どうやっても断れる気がしない。

「……それとも、リノアリアは君にとって邪魔かな? はっきり言ってくれ、そうしてくれれば娘も納得出来るだろう」

「そんなわけがないです! リノは僕にとっていなくてはならない存在です。だからリノ、そんなに不安そうな顔をしないでくれ」

リノがいたから僕は、冒険者という新しい可能性を見つけることが出来たし、つらいことも乗り越えてこれた。
何より、リノといるのは楽しいんだ。
彼女さえ良ければ、一生隣にいて欲しいと思うほどに。

「それじゃあ決まりだね、ゼロ君、娘を頼むよ」

「はい、僕の命に代えても必ず彼女を守り抜きます」

「命にまで代えちゃダメよ? でも、それほどまで想われているのねリノは」

「お、お母さん?! 先輩もからかわないで下さい!」

「からかってなんかいないよ、これは僕の決意だから」

「あ、あぅ……せ、先輩……」

この先何があったとしても、リノだけは絶対に守り抜いてみせる。

「カッコいいわねー! それじゃあ、ゼロ君! うちのリノを末永くよろしくね」

「お、あ母さん、何を」

「任せてください! 末永くリノを守り続けます!」

ん? 末永く? 少し意味が違う気がしたけど、まあ、彼女を守り続けるという言葉に嘘は無いから間違いでは無いだろう。
……リノが顔を真っ赤にして、固まってしまったのが気がかりだけど。

今日の今、この瞬間に、僕はリノと共に冒険者になり、彼女を守り抜くことを誓った。
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