第18話 魔法真名

文字数 4,179文字

最初のゴーレムを斬った後、俺はあることに気づいてしまった。
 俺は戦闘が始まる前まで、ゴーレムはこの橋を素材にして作られているから零の効果はほとんどないと思っていた。しかし実際に斬ってみると、その感覚はまるで砂の中に剣を入れたみたいだった。
 『刃の極地』で斬ったという理由もあるかもしれないので、僕は残る四体のもとへゆっくりと近づいていく。幸い、ゴーレムはパワーがあっても速くは無いから攻撃を躱すのは容易い。時折撃ち込まれてくるセシルの魔術を斬り落としながら、俺はゴーレムを切り刻んでいった。

「な、何故だ!?」

 既にセシルの顔に余裕はない。あの不気味な笑顔も鳴りを潜め、今はただ驚愕の色に染まっている。

「何故だ?! どうして、この橋を素材にしたゴーレムを切り裂ける?!」

「術式で構築したっていうのが肝だな、あと、錬金術と言えど魔力を使ったこと」

 それ以上は説明してやらない。なんでわざわざ敵にこちらの手の内を明かさなきゃいけないんだ。今言ったことだけでも大サービスしてるんだぞ。

「ふざけやがって! これだから英雄という存在は嫌いなのだ! 私が一から積み重ねてきたことでも、一瞬にして粉々に砕いてしまう!」

 先ほどまでの落ち着いた執事というイメージは完全に消え失せ、今はただ焦りだした少しダンディなおじさんだ。

「だ、だが! 私にはお前から奪った大量の魔力がある! 自分の魔力で死ね!」

 俺の足下にゴーレムの腕が現れ、俺を空高くに投げ飛ばした。

「錬金術『鉄の弾丸』! 集中砲火!」

 あれは、魔法陣か。それも数えきれないくらい大量の……

「ぐっ! がはっ!」

 何……だ? 一つの魔法陣から物体が飛び出してきた筈だが、速過ぎて見えなかった。左の脇腹が熱い。
 まさか……この魔法陣全てがそうなのか?

「ぐっ……う、うぉおおおおおおおおお!!!!」

 空中で足場が安定しない中、俺は無我夢中で剣を振った。特に、脳と心臓を守るように。
 最も効率がいいように、無駄な抵抗を省くように、気づけばこれは……あれに似ているかもしれない。
 体のいたるところが熱を持ち、痛みに変わっていく感覚を味わいながら、僕は重力に従って落ちる。
 グシャッという音を立てて、俺はその場に大量の血を撒き散らした。








「ふ、ふは、ふはははははは!! 見たか?! そこで情けなく震えている人間どもよ! 英雄の息子は、この私の手によって死んだ! もう貴様らを救う存在はいない!」

 セシルは勝利を確信した雄たけびを上げた。野次馬も、すでに雰囲気にのまれているみたいだ。武器を持っている人が何人かいるが、戦意を感じない。
 今この場で感じる戦意は、二つ。

「『紅炎プロミネンス』!」

「支援します! 『熱遮断』!」

 マリファさんが禁呪である恒星魔術で攻撃し、リノがそのフォローに回る。

「な、なんだこの熱は?! くっ! 熱い! 熱い! 熱い! 熱い! 熱い! 熱い! 熱い!」

「うむ、よかった。三年前と違って効いてるみたいだ」

「マリファさんの魔術が効かない相手何て、そうそういませんよ」

 セシルはマリファさんが誇る圧倒的熱量の魔術によって焼かれていた。言い忘れてたけど、その人500年近く生きてるらしいからかなり強いぞ?

「ディヴァイン! さっさとおきんか! この馬鹿者が!!!」

「はいはいっと……」

 血の海に沈んだ体を二本の腕で支えて起き上がる。そこかしこが痛いし、ぶっちゃけやせ我慢だが、セシルはまるで亡霊でも見たかのような顔をしていた。

「な、なぜ生きている!? あれだけの高さ、あれだけの鉄の塊を食らっておいて、なぜ生きているんだ!」

「ちっ! 『紅炎』を魔力放出で吹き飛ばしおった」

 俺から奪った魔力でマリファさんの紅炎を吹き飛ばし、俺を指さしながら吠えるセシル。その表情には、もう余裕のかけらもない……が、油断はしないようにしよう。僕は足下に零を突き刺し、ゴーレムの生成を未然に防ぐ。
 セシルが苦悶の表情を浮かべるが、そのまま大量の魔法陣を空中に展開した。

「貴様の甘ちゃんぶりはよ~く知っているぞ! 騎士時代はどんなクズでも守ろうとしたらしいではないか! そんな貴様なら、貴様を罵倒した奴らとはいえ見捨てられまい!!」

 標的は野次馬か……奴の中の筋書きでは、俺が彼らを庇い、もう一度集中砲火を浴びせて殺す。という、安くて単純なストーリーが出来上がっているんだろう。
 だが、これだけは言っておく。

「人は変わる。それは俺だって例外じゃない。すべてを救おうなんて思っちゃいないよ」

 俺がそう言った瞬間、野次馬たちの顔が青ざめた気がした。

「ふ、ふはははははは! 面白い! ついに貴様が人を見捨てたか! まぁ、自業自得よなぁ! 彼奴らの顔を見よ! 私が誘導したとはいえ、貴様にあのような態度、あのような罵倒を投げつけてなお助けを求めようとしている! 本当に救いようのない愚かな奴らよ!」

 セシルの態度は一転してこちら側、なぜか俺に肩入れしている。こいつ……何が狙いだ?

「なら私が貴様に代わって、彼奴等を裁いてくれよう。人の面影も残さず、ただの肉塊になりはてるまでなぁ!!!」

 ああ、僕が無理に庇って傷を負うことを期待したのか。

「お前は勘違いをしている」

 女剣士に向けられた一発を、俺は鉄剣で弾きとばした。うん、修行の成果が出ている。

「確かに、俺は全ての人を『平等』には救わない。俺の中での優先順位があって、多くの見知らぬ人か、俺が守るべき人のどちらかしか選べない状況があったとしたら、俺は守るべき人を優先する。これは、人数が千だろうが万だろうが関係ない。俺はその娘を何よりも優先する」

 俺は右手を前に出すと、脳内には錠前のイメージが浮かぶ。虚空を握ると、しっかりとした鍵のイメージが沸き、手首をひねって鍵を開けた。

「でも、だからと言って彼らを見捨てるわけじゃない。俺の力が及ぶなら、俺は彼らを守る剣となり盾となろう」

 剣となり盾となるというのは、王によって騎士に任命され時の宣誓の言葉だ。この言葉が自然に出てきてしまうあたり、まだ騎士だった頃の習慣は抜けていないらしい。

「だからどうしたというのだ! 貴様の魔力の半分以上は私が奪ったはずだ! 今の貴様にこの量の魔法陣を防ぐ術などない!」

「それが、あるんだよ。僕が少しづつため込んできた、切り札が……」

「死ねええええええええええ!!!!!!!」

「魔法真名トゥルースペル『五大魔の武器庫』……解錠」

 これは俺の今ある魔力を使っていない。これは別次元にある魔力武器の貯蔵庫から引き出している……らしい。
 因みにこの魔法、父さんとの共有ということになっている。つまり、これから僕が繰り出す属性武器魔法は、英雄とうさんと同じ威力というわけだ。

「貴様らの王を討った英雄の強さを知れ」

 色とりどりの属性武器が弾幕となりセシルへと降り注いだ。セシルが展開した魔法陣ごと撃ち抜いて使えなくしている。

「ぐあああああああああああああああ!!! ぐっ! あ、あああ、ああああああ……」

 弾幕でもはや見えなくなっていたが、悲鳴が聞こえなくなったあたりで撃ち止めすることにした。死んではいないだろうが……別に命まで奪う気はない。
 煙が晴れると、セシルは俺以上にボロボロの状態でうつぶせになって倒れていた。

「ぐっ、な、なぜ殺さん……」

「殺す理由が無いからだ。お前はもう戦えない、少なくとも俺を殺すことはできない。それなら今殺す理由もない」

 俺はただ野次馬を守っただけ、その過程で少し傷を負ったが、別にこいつを殺したいほど憎んでいるわけじゃない。

「……すまない、恩に着る」

 そういって、セシルが立ち上がったその時だった。

「だが、お前の心だけは殺させてもらうぞ!」

 どこにそんな力が残っていたのか、背を向けた奴の背中には魔法陣が描かれていて、そこから発射された鉄の弾丸がリノに……!

「させるわけないでしょうが『解呪ディスペル』」

 目を閉じたリノの前にマリファさんが立ちふさがり、高速で撃ち込まれた鉄の弾丸を解呪で打ち消した。

「ちいっ! クソ! 今度こそは……!」

「今度? ふっ、おかしなことを言う。貴様、デルダルクに手を出しておいて無事で済むと思っているのか?」

「はっ! マリファ・フレッチャーだな。貴様の魔術をしのぎ切れないほど弱ってはいない!」

「馬鹿め、だがもう遅い。貴様は龍殺しの逆鱗に触れたのだからな」


 剣はどこでもいい、構える。初動は脱力して、常に無駄を省く。今はまだ、気持ちを抑えるんだ。


「久遠の剣―——四の剣、『剣嵐』!」

「なに! があああああああああああ!」

 あふれ出る気持ちをのせる。怒りの感情が剣の重みになる。だが、剣筋に無駄があってはいけない、最も効率的で速く鋭い剣の舞。
 剣の舞によって発生したかまいたちがさらに相手を刻み、止まることのない剣の嵐となる。

 こいつは、俺が一番守りたいものを奪おうとした。正真正銘、俺の敵だ。
 ……まだ刻もう。喋らなくなってもまだ斬ろう。いつかぐちゃぐちゃのドロドロになっても、まだ、まだ、まだ……

 ポスっと、腰に誰かが抱き着いてきた。その温かさは憶えのあるもので……

「戻ってきてください! 先輩!」

 なんだか久しぶりに、彼女の声を聴いた気がした。

「ああ、ごめん。遅くなった……ただいま」

「おかえりなさい。今は、ゆっくりと休んでください」

 そう言うと、彼女は僕を正面から抱きしめた。

「おい、汚れちゃうぞ……」

「良いんです。先輩は頑張ってくれましたから……今日だけは特別です」

「そ、うか……」

 冷たくなりかけていた僕の心に、じんわりとだが熱が戻っていく気がした。
 なんだか安心する感覚に、どんどん瞼が重さを増していき。
 デジャヴのようなものを若干感じながら、僕はリノの腕の中で意識を手放した。
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