第5話 故郷への旅路

文字数 5,690文字

 王都を出発して2時間くらいが経過した。
 冬を越した小麦が青々と茂る畑地帯に馬車を走らせる。
 朝の太陽がぽかぽかとして暖かい……
 急ぐ旅でもないので僕は馬たちが走るスピードに任せ、ただ手綱を握っているだけ。
 これが何を意味するか分かるだろうか?
 うん、正直言って結構暇だ。
 リノはさっきからずっと地図ばっかり見てるし……この先はずっと一本道ですよ~?
 何を調べているのかはわからないけど、真剣な顔をしているのだから邪魔は出来ない。
 思わず欠伸が出る。
 居眠り御者必至だ。

「ふふっ、眠くなっちゃったんですか? 御者変わりますよ、居眠り御者は王都でもナンバーワンの事故原因ですからね」

 僕の欠伸に気づいたリノがそう申し出る。
 本当に優しくて、気の利く後輩だ。でも欠伸はしたけど眠いわけじゃないんだよなあ。

「大丈夫だよ、まだ眠くは無いから、ただずっと同じ風景で会話も無かったからちょっと飽きちゃったんだよね」

「そうでしたか、でも無理はしないでくださいね。……あ! もしかして私が地図をずっと見てたから、先輩寂しかったんですか?」

 リノが僕をからかう時の顔をしている。
 僕の反応を楽しみたいという悪戯っ子のような顔。
 だけど……その通りなんだよなあ。

「うん、少し寂しかったかな? 折角の二人旅なんだし、リノといろんなこと話しながら行きたいなあ……なんて」

 ん? 反応が返ってこない……もしかして引かれたかな?
 横を見ると、リノは固まっていて、目が合うと視線を下に落とした。

「先輩は素直過ぎです……」

「リ、リノ? 耳赤いけど大丈夫?」

「なんでもありません! さあ、話しましょう。寂しがり屋な先輩のために、私が話し相手になってあげます!」

 おっ、いつものリノに戻ったな。
 最近、リノが何かを呟いてることが多くなった気がする。
 本人は頑なに認めようとしないから、僕の気のせいかもしれないけどね。
 さて、話すことか……普段だったら自然に出てくるはずなのに、いざ話そうとすると出てこないもんだよなぁ。

「そういえばさ、ずっと地図を見てたけど、何か気になることでもあったの?」

「いえ、帝国までのルート確認と旅程の計算をしていました。このままの速さで順調に進んでいくと最寄りの村までは丸一日かかる計算です、今日は野宿ですね。そのあとは二日ほどかけて友好の橋にたどりつきますが、橋を渡り切るのに七日はかかると言われているので、帝国までは丁度十日かかります」

「へえ、結構短いかも?」

「そうですね、馬車があるのが大きいです。荷物も多く持てたので野宿をするのも余裕があると思います。あとはこの子たちの頑張りにかかってますね」

 リノは二頭の馬を見る。
 赤毛でスマートな馬のリステラと、黒毛で結構体格のいい……

「あれ?そういや、黒い馬の名前聞いてないや」

 ぶるるる、と黒馬が抗議するように鳴く。

「あ、この子ですか? 名前はティランですよ。なんでも、乗った騎手を全員振り落とす暴れ馬だからって、育て主がそう名付けたらしいです」

「暴君ティランか、かっこいい名前だな!」

 ぶるるる! と今度は機嫌よさそうに鳴いた。
 なんだ? 僕の言ってることがわかるのか? 気が合うなこいつ。

「ふふっ、先輩とティランは相性が良さそうですね」

「ああ、僕もそんな気がするよ」

 ティランとリステラのおかげでたった十日で帝国に着くんだったら、二頭にはしっかり感謝してねぎらってあげないとな。
 まずは僕の故郷の村でお腹いっぱい野菜を食べさせてあげよう。
 人参とかキャベツとか、ティラン喜ぶかなあ?

「先輩の目が楽しそうです。早速ティランのことを考えていましたね?」

「おっ、よくわかったね」

「そりゃわかりますよ、だって目をキラキラさせながらティランを見てるんですから、寂しいって言ってたのは先輩なのに……」

 あ、あれ? もしかして拗ねてるのか?
 何も拗ねられるようなことは……

「呼びかけてもティランばっかり見て、私のことを無視した先輩何てもう知りません。いいですよ、私もずっと地図見てますから、先輩もどうぞティランをずっと見ててください」

 えっ! 僕、リノを無視してたのか?!
 気づかなかった、もしかしてリノの言う通り難聴なのかな?
 とりあえず反省は後でするとして、今は地図で顔を隠してるリノの機嫌を取り戻さなきゃ……

「えっと、あー、リノ。無視しちゃったのはごめん、次からは気を付けるよ。だからさ、もう一回僕とお話ししてくれないか? やっぱり会話が無いのは寂しいからさ……」

 リノからの返答は無い。 
 ガラガラと馬車を引く音だけが聞こえる。
 あー、これは本当に怒らせてしまったかな。
 そう思ってちらっとリノの方を見ると、彼女は小刻みに肩を震わせていた。
 リノが地図の上からチョンっと笑顔をのぞかせた。

「えへへ、冗談ですよ。確かに、私の呼びかけには答えてくれませんでしたが、先輩は何かに集中したりすると周りが見えなくなったりすることがよくあったので、そのことはあんまり気にしてません。それよりも、眠気は覚めましたか?」

「それでか、うん、ばっちりだよ。むしろ覚めすぎたくらいだ」

 出発してたった二時間くらいでリノを怒らせてしまったのかと思った緊張感は、たとえ三日徹夜した後の眠気だって吹き飛んでしまうだろう。
 あと、地図から顔出した時のリノが可愛すぎた。

「計画をしっかり立てる旅もいいですけど、今みたいに先輩とおしゃべりしながらのんびりと気ままに行くのも悪くないですね」

 リノが少し距離を詰めてくる。
 それから僕たちの会話が途切れることは無かった。
 他愛もない話ばかりだったけど、リノと話せばどんな話も楽しいと感じられる。
 それから馬車は小麦畑地帯を越え、平原に出た。
 そこで僕はリノと御者を交代した。
 相変わらずの一本道だったが、平原に出ると流石に風景にも変化が出てきた。
 平原には緑色でゼリー状の平原スライムや、足が何故か三本しかない三本鹿の群れなど、比較的温厚な魔物が生息している。
 リステラがスライムを踏んで「ぶひゅる!?」と鳴いたときが一番面白かった。
 その他にも三つ目カラスや三腕猿みつうでさる、三つの角を持った三角ウサギなど、見かけた魔物をリノに紹介しながら道を進んでいった。
 リノに「何で3がつく魔物が多いんですか?」と聞かれたけど、わからん、僕が知りたい。
 カラスとウサギはわかるけど、鹿と猿に何があったんだよ……
 猿は背中から腕が生えてるし、鹿は前足が一本だけだからだいぶ転んでるしさ……
 途中からはリノによる魔物の生態の考察になった。
 なぜ、この平原には3の魔物が多いのだろうか。
 結局結論は出なかったし、半分くらい僕は理解できてないけど、リノが活き活きとしてたからその話を聞くのは別に嫌いじゃなかった。
 でもまあ、先輩はどう思いますか?と聞くのは出来ればやめて欲しいんだ、本当にわからないからさ……
 それからも順調に馬車を進めた。
 そして、リノのおかげもあってか時間の経過も感じず、あっという間に夕方になってしまった。

「リノ、あそこに大きい木があるだろ? あそこの下に馬車をとめよう」

「わかりました、今日はそこで野宿ですね」

 少しリノの声色が楽しそうだった。
 野宿は初めてらしいから楽しみだったのかもしれないな。
 これからは嫌でも野宿することが多くなるだろうけどね。
 今は水を差さないようにしよう。

「では先輩、まずはご飯を食べましょうか、薪は……この枝を切ってもいいですかね?」

「待って待って、枝は切ってすぐだと燃えにくいんだ、よく生木はダメって聞かない?」

 剣杖を握りしめているリノを止める。
 リノが樹を剣で切ろうとしたら剣がぼろぼろになっちゃうぞ。

「そうなんですか? 初めて知りました……私、全然何も知りませんね」

「これから覚えていけばいいさ、薪は落ちた枝を拾ってくれ」

「わかりました……なるほど、乾燥しているから燃えやすいんですね」

 流石リノだ、なんで薪には落ちた枝を使うのかを一瞬で理解したらしい。
 木こりは一本の樹を切って薪を作るけど、その時は丸太の状態で一回、そして斧でさらに小さく割った後も乾燥させている。
 樹には水分が結構含まれてるから、山火事とかもそうそう起きないんだよな。
 でも、冬から春先にかけては気を付けないといけない、その季節は空気が乾燥するから生木でも燃えやすくなってるんだ。
 ……今、春じゃん……
 ま、まあ、落ちた枝を拾った方が良いのは本当だし、僕は間違ったことは教えてない。

「先輩。枝は集まりましたか?」

「あとちょっとかな」

「私の方もあとちょっとです。ですが、もう落ちてる枝は無さそうですね……」

 大きいとはいえ、一本の樹からはこれが限界だろう。
 夜通し火を絶やさないためには確かに物足りないな。
 ……しょうがない、斬るしかないか。

「リノ、少し下がってて」

 剣に風を纏わせる。
 風の魔術、風の剣の応用バージョンだ。切れ味がすごくよくなる。
 魔術は使用者に危害を加えることは無いから、仮に僕が炎の剣で同じことをやったとしても僕の手が燃えることは無い。

「枝を切ってごめんなさい」

 一応謝っておく。
 小脇で抱えられるくらいの量にはなったから、これで足りるだろう。
 そのあと、リノに生木を切った理由を尋ねられたが、今の季節は比較的生木も乾燥していることを伝えると。

「先輩も忘れてたんですよね?」

 と鋭い指摘を受けた。
 でもね、落ちてた枝の方が良いんだよ? ほんとだよ?


 リノが火打石で火をつけようとしてたが、一向に火が付く気配が無かった。
 しゃがんでいたリノが上目遣いで助けを求めてきたので、僕がコツを教えながら一発で火をつける。

「おお! 私も、火くらい一人で起こせるようにならないと……」

 やる気があるのはいいことだ。
 ……いや、僕、炎の魔術使えるじゃん。
 このことに気づいて、リノから呆れられるのはもう少し後の話。


 小麦粉を水で溶き、油をひいて熱したフライパンで焼く。

「卵も牛乳も無いので、なんちゃってパンケーキ? です」

 なんちゃってなうえに? マークがついている。
 火加減を確かめるために焼いた小さめのなんちゃってパンケーキ? をつまみ食いした(リノには怒られた)けど、普通においしかった。
 味はすごいシンプルだけど、ほんのり甘い気がする。
 素朴な味だ、僕が一番好きな味だ。

「これと燻製肉しかありません、偏り過ぎです……次の村で野菜とか買えますかね?」

「買えると思うよ」

 もしかしたら譲ってもらえるかもね、だって僕の故郷だもん。
 リノには伝えるタイミングを失ったから、まだ言ってないけど……
 この際、開き直ってサプライズということにした。

「そうだといいですけど……」

 騎士時代に何回かリノが料理を作ってくれたことがあったので、リノの料理の上手さは知っている。
 野菜があればどんな料理を作ってくれるのかな? 今から楽しみだ。

 
 夜は交互に馬車の中で寝て、起きてる方は火を絶やさないようにしながら周囲を警戒する。
 平原は比較的安全だけど、今から慣れておいた方が良いだろう。

「先にリノが寝てくれ、黒龍座が東の空に行った時くらいに起こすから」

「わかりました……先輩、私が寝ていて、周りに誰もいないからって変なことしないでくださいね?」

「しないよ?! 大丈夫だって、僕は何もしないから」

「即答されるのは少し、ショックですね……先輩になら……」

 う~ん、またぶつぶつが始まったぞ、僕ってそんなに信用されてないかな?
 でも今日も朝早く出たから早く寝た方が良い気がする。

「早く寝た方が良いんじゃないか?」

「そうですね……おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 リノが馬車の中に入っていった。
 ティランとリステラも隣り合って眠っていた。

「……」

 薪を調節しながら、砥石で剣を研ぐ。
 さっき枝を切ってしまったから刃が心配だったけど、そこまでひどい刃こぼれは無かった。

「よし、やるか」

 研ぎ終わった剣を上段に構えて素振りをする。
 袈裟、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、左右切り上げ、刺突。
 これらを自分が満足いくまで繰り返す。
 そして少し息が切れてきたところで、仮想実践を行う。
 自分が思い描く最強の相手との一対一の死合い。
 顔も知らないこの相手に、僕は今まで一度も勝てたことが無い。
 すべては僕のイメージだが、義足になった今、勝負になるだろうか……

「いざ」

 安全を取って馬車から少し離れたところで剣を構える。
 義足だからか、足で踏み込む感覚がいつもと違う、バネもない。
 イメージは踏み込みが足りない僕の剣をたやすく受け流し、カウンターを食らわせた。
 一本。本当の実践なら死んでいる。
 夜はまだ長い。
 故郷に行けば、きっと僕の剣の師匠が僕と戦おうとするだろう。
 その時に少しでもいい戦いが出来るように、今のうちに義足を慣らしておく。
 僕はリノを護りたい。
 でも、今の僕は弱い。
 師匠が言っていた。真の剣士は全ての経験、全ての傷を強さの糧とするという言葉を思い出せ。
 両脚が無くなってよかったとは言わない。
 でも、リノを護れたのだ、それだけで無駄じゃなかった。
 そこから僕は成長するんだ。
 時間はいくらあっても足りない。
 それなら、悲観している暇なんてないだろう?
 星は輝きながら、少しづつ流れていった。
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