第12話 『零』

文字数 5,593文字

 ドラゴンの素材を渡すと、レミレスさんは準備をすると言って工房の奥に行ってしまった。

 さて、その間僕達はどうしているかと言うと……

「こういうことは先に言っておいて下さいって言ったばっかりじゃないですか!!」

「で、でも、人じゃなくて物だから良いかなぁ〜、な〜んて」

「せ・ん・ぱ・い?」

「あ、いや、なんでもないです」

 スミレスさんとは違った理由で震えていたリノに「どうしたの?」と声をかけてしまったのが運の尽き。
 僕は壁際まで追い詰められて、今はリノを必死に宥めている。

「それに、三年前のドラゴンって言ったら、あの……先輩が……私を……」

 リノは何事かを呟くと、顔を下に背ける。

 あれ? 宥めるのにはもう少し時間がかかると思ったけど、なんか急にしおらしくなったぞ?

 先ほどまで、怒涛の勢いで僕を店の壁際まで追い詰め、襟首を掴んで僕の頭を振り回していたとは思えないしおらしさだ。
 表情から何か読み取りたかったが、僕とリノはそこそこ身長差があるため、こう近くで且つ顔を下に向けられるとどうしようもない。

「おう! 準備出来たぞ! ……って、なんだぁ? 朝っぱらからそんなにくっつきやがって、ッカァア! 若いってのはいいな!」

「ふぇ? あっ、ご、ごめんなさい先輩、私、取り乱しちゃって……」

「いいよ気にしないで、これは元々、僕が二人を驚かせようと思って意図的に隠してたんだ。だからそのことでリノに責められても、文句を言う気はないよ」

 これは僕の自業自得だ。リノの反応は決して理不尽なことではないし、そうなった原因は僕にある。
 こういう時は、素直に謝るのが1番だ。

「……そうですよね。元はと言えば、先輩が内緒にしたのが原因なんです」

「ごめんなさい」

「しょうがないですね……許してあげます!」

 なんだか懐かしさを感じるやり取りをする。それが少し可笑しくて、僕とリノは二人で笑い合った。

「俺……今日はもう、帰っていいか? 口から砂糖が出てきそうなんだが……」

 おかしな事を言う。
 あなたの家はこの鍛冶場だし、口から砂糖が出るなんて、いくらドワーフとはいえあり得ない……のか?















「よし、気をとりなおして……ゼロ坊、準備ができたから工房に来な、そっちの嬢ちゃんは……どうする?」

「あ〜、リノは? 工房に行く?」

「(コクコク)」

「行きたいそうです」

 スミレスさんがおかしな事を言った後、リノはスミレスさんに気づき、顔を真っ赤にして僕の背中に隠れてしまった。
 何も恥ずかしいことはしてないと思うだけど……

「ゼロ坊、お前……女心ってやつを学んだ方がいいぞ」

「(コクコク)」

「なんで頷いた? って、女心ですか……昔は母さんの手伝いとかして母さんも喜んでましたし、多少は理解してると思うんですが」

「(ブンブン)」

「理解できてないか?」

「(コクコクコクコク)」

「そ、そんなにか……」

そうか、僕は女心を理解できてなかったのか……リノもそう思ってるってことは、僕に少なからず不満を感じてるってことだよな。言ってくれれば直すのに……

そう考えて少し落ち込んでいると、リノは静かに首を横に振っていた。

「……別に、先輩に不満を感じてるとかじゃないです。いや、少しだけならありますけど、違います。先輩は先輩のままでいて下さい。でも……女心は、少しでいいので学んでください」

「なんで……」

 考えていることがわかったんだ、と聞こうとした。
 しかし、それよりも早く。

「決まってるじゃないですか、私は、先輩の後輩ですから。御両親のようにとまではいかなくても、先輩が今何を考えてるかくらい、わかりますよ」

「そうか……」

「はい……」

「「……」」

「あ〜、やっぱり今日は帰ろうかなぁ」

「「すみません、今行きます!」」

 僕とリノは慌てて工房に入っていったが、お互いに、顔を見ることは出来なかった。








「ゼロ坊、剣を一から作るんじゃなくて、俺が昔打ったそいつを元にする……ってことでいいんだよな?」

「はい、それでお願いします。俺も、こいつには随分助けられましたし、これからも一緒に戦っていきたいので」

「ハッ! 職人冥利に尽きるな。よし、それじゃあ剣を寄越しな」

 言われた通りに、僕は剣を渡す。
 剣を手渡されたスミレスさんは、少し顔をしかめつつ苦笑していた。

「剣の手入れはちゃんとしてたみてぇだが、消耗が酷いな……これじゃあノコギリと変わらんぜ?」

 その反応に、僕は思わず笑ってしまった。
 後ろのリノを見ると、彼女も静かに笑っていた。

「な、なんだぁ? 2人してよぉ、仲良さそうに笑いやがって……」

「いえ、すみません。実は、ここに来る途中にリノにもその剣を見せたんですが、まったく同じことを言われたので……」

「ああ、そういうことか。でもまあ、この五年間でゼロ坊もいろんなモンを斬った証ってことだろ。それに、こんなボロボロになってまで使いたいと思ってくれる使用者マスターがいるんだ。この剣も幸せだろう」

 鍛冶師スミスがそう言うんだ。きっと僕は間違えていないんだろう。

 いろんなモノを斬った。その全てが正しかったのか、それは……わからない。少なくともわかるのは、僕は、全部を守り切れるほど強くなかったということだけ。
 斬った後に、達成感があるモノばかりじゃない。でも、僕が斬らなきゃ失う人がいるなら、僕は迷いなく斬る。これまでも、そして、これからはもっと……

「……だがな、ゼロ坊。考えることだけはやめるなよ? 斬った後の感情まで切り捨てると、人は簡単に堕ちるからな」

「……肝に銘じます」

「おう、だが……そこの嬢ちゃんがいる限り、いらねぇ心配だと思うけどな!」

 そう言って、スミレスさんはニカッと笑った。

「わ、私ですか? は、はい肝に銘じます」

 今度は僕とスミレスさんが顔を見合わせて笑いあった。
 こうして、笑いあうためにも、僕は感情を切り捨ててはいけないし、切り捨てるつもりもない。

 笑われていることに気づいたリノが頬を膨らませているので、笑いを収めつつ、スミレスさんはようやく本題に戻る。

「よし! それじゃあ、俺はこれから剣を打つ! お前らはそこで見ていてくれ」

「わかりました」

 それだけ言葉を交わすと、スミレスさんは黙って道具とドラゴンの素材を取り出し、準備を始めた。
 ん? 袖をクイクイと引っ張られる。リノだ。

「あの、私達って、本当にここにいていいんですか? 職人さんって、作業を見られたくないもんなんじゃ……」

「スミレスさんがいてくれって言ったんだから大丈夫だよ。あの人は周りに誰かがいるくらいで集中を乱すような人じゃない。それに、あの人が剣を打つ時は、最後まで使用者が見守り、誕生の瞬間に立ち会わなきゃならないんだ」

「でも、時間がかかりませんか?」

「スミレスさんはドワーフだから、『錬成』の魔術が使えるんだ。そう時間はかからない」

 昔から歌われている歌の歌詞の一部に、こんなものがある。
「ドワーフ製は質が良い、エルフ製は加護がつく、人間は神から武器を賜る」
 人間への皮肉が込められた歌だが、内容は全くその通りで、魔術や魔法なんかが付与されたものを抜きにしたら、ドワーフが作ったものが一番良い。

 スミレスさんと一瞬目が合う。準備ができたようだ。

「”燃え盛る炎よ”」

 スミレスさんはグリップから釘を引き抜き、刀身だけになった剣を炉に放り込む。
 一度打った剣は二度と火入れをしてはいけないと本で読んだ気がしたが、まぁ、元がノコギリみたいだったから、仕方ないと言えば仕方ないか。
 僕の隣では、リノが不安そうに口を押えている。

「”風よ、燃え盛る炎の糧となれ”」

 炉の火力が増し、熱が離れたところにいる僕たちの方まで及ぶ。じっとりと汗が浮かぶが、目を離す気にはならなかった。
 そこで、スミレスさんはドラゴンの素材を取り出し、錬成の応用のような魔術で砕き始める。

「”砕け、砕け、砕け、汝は剣とならん”」

 ある程度まで砕くと、それすらも炉に放り込んだ。
 リノが小さく「あっ……」と声を上げるが、それも仕方無いだろう。僕だって初めてこの光景を見たときは驚きすぎてスミレスさんに駆け寄りそうになった。父さんに軽々と止められたが……

「”鋼よ、金剛よりも固く、しなやかに。龍よ、その秘めたる力を剣に捧げよ、汝は剣である”」

 炉に手を合わせる姿は、神話でしか聞いたことのない神々よりも神々しく見えた。
 僕もリノも、呼吸することすら忘れその姿に魅入った。

「”雷よ、剣に走り、伝えよ”」

 不思議なことに、炉に稲妻が走る。完成の時が近づいている、

 スミレスさんは持って、炉に放り込まれていた刀身を取り出した。

「わぁ……綺麗……」

 僕は思わず息を呑み、リノは静かに感嘆する。
 未だ燃え盛り赤々と輝く刀身は、伝承で聞いた聖剣のようだった。

「”水よ、冷やし、新たな剣を誕生させよ”」

 ジュッ!! と、水が一気に蒸発する音がして、刀身が煙に包まれる。
 煙が晴れると、そこには、美しい純白の刀身が生まれていた。

「よし……」

 スミレスさんはそれだけ呟くと、砥石を取り出した。

「”磨け、磨け、磨け、この世に斬れぬモノは無い”」

 刀身が余程硬かったのだろうか、かなり磨いていたようだが、不思議と時間が過ぎた感じはしなかった。
 そして手を止め、刀身を一度机に置くと、グリップと余ったドラゴンの素材を錬成した。

「ゼロ、鞘を寄越せ」

 突然声をかけられたことですぐには気が付かなかったが、初めて名前だけで呼んでくれた。
 そのことにどう反応していいかわからないまま、スミレスさんに鞘を手渡した。

「完成だ……ほら、ゼロ、お前が抜いてやれ」

 言葉を返すことすらも忘れ、僕は剣のグリップを握り、鞘から引き抜いた。

「うっ……わ……ああ」

 抜く時の音もさることながら、再び見た純白の刀身は見るものを飲み込むのではないかと思うほど、美しい。
 だが、ただ美しいだけでなく、この剣には確かにドラゴンの力強さを感じる。強い恨みを持ったまま死んだ魔物の素材を武器にすると呪われると聞いたことがあったが、その心配もなさそうだ。

「ふむ、白い鱗だったから、まさかとは思っていたが……虚無ゼロの龍ドラゴンだったとは、これも運命ってやつかな」

「虚無の龍って名前だったんですか?」

「ああ、ここまで白い鱗は虚無の龍以外にいない。だが、普通の龍に比べても珍しい上に、奴らの特性が厄介だから、この素材で作られた武器や防具ってのはこの世にほぼ無い」

「先輩と同じ名前だなんて……きっと、こういうのを運命って言うんですね」

 そうか、運命、運命か。僕は今まで、大したことを成し遂げられないものだと諦めていたけど、この剣を手に入れることができたってことは、期待してしまっていいんだろうか。

「凄いです先輩! 本当に本当に良かったですね!」

 リノはまるで自分のことのように喜んでくれている。
 そうだ、大業を成し遂げるなんて考えはよそう。僕は、リノの幸せを守るために剣を持ち続けることを選んだんだ。きっとこいつも、そのために、僕のもとに来てくれた筈だから。

「ありがとう、リノ」

「なんで私に言うんですか? お礼ならスミレスさんに言いましょうよ! ほら、先輩!」

 そうなんだけど、そうなんだけどね、リノ。いや、まあ、僕の今の感謝の意味は、今はまだわかってもらえなくても構わない。

「本当に、こんなに素晴らしい剣を打ってくれてありがとうございます」

「いいんだ、ゼロ。そいつはお前を選んで生まれてきたんだ。俺も想像以上だった。こちらこそ、素晴らしい剣を生み出す機会を与えてくれたことに感謝したい」

「あの、スミレスさん、口調が……」

「ん? ああ、これほど素晴らしい剣に選ばれる男を、いつまでも坊呼ばわりじゃ失礼に当たるからな。これは俺なりの敬意だ」

 そうか、今、ようやく僕は、スミレスさんに認められる男になったんだ。ギリギリの及第点ではなく、充分に一人前として認められるほどの……

「昔は危なっかしかったが、今のお前には嬢ちゃんと、その剣がついてる。きっと、これからも大丈夫だ」

 暖かい言葉だった。
 僕はたまらず膝をつき、スミレスさんに抱き着いた。

「なんだぁ? ちっとは一人前の男になったと思ったら、抱き着き癖なんかついてたのか、よせ、俺が嬢ちゃんに嫉妬されたらどうしてくれる」

 そういっておどけるスミレスさんだったが、その声は少し震え、僕の右肩は少し濡れているように感じた。

「ありがとう、ございました……」

「……おう、これが、俺にできる唯一の贈り物だ。達者でな」

 父さんや母さんと同じくらい、僕のことを案じてくれていた人。五年前、この人はどんな気持ちで、僕のために剣を打ったんだろうか。
 でも、僕はその剣に幾度となく助けられた。きっと、それが答えなんだろう。

「その剣の銘だが……一つしか思い浮かばなかった。『零ゼロ』これ以上に、相応しい銘なは無いと思う」

 零ゼロ、僕と同じ名前を冠する剣、言うなれば、僕の分身だ。

「虚無の龍の剣……零」

 僕の呼び声に応えるかのように、その刀身はキラリと輝いた気がした。
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