第1話 戦士の国

文字数 3,172文字

―プロローグ―

 この世界最大の大陸、リオグリス大陸。
 神々がこの世界に”人”を作られた時、五つの地方があったと言われているが、今は四つしかない。
 その名残りか、北に位置しているト・レニアルは中部地方と呼ばれている。
 ト・レニアルの北にもう一つ地方があったのかもしれないが、氷に閉ざされた人の住めぬ地に成り果てている。

 中部地方ト・レニアルは、七つの国によって治められていた。しかし、二百年ほど前にト・アールが三つの国を滅ぼし、地方一の大国となった。

 滅ぼされしト・アールの西にあった一つの国は、民達すべてが山の中で自害し、完全に消滅した。
 それ以後、その山に入った者は無事に帰りつけぬようになり、自害した者達の祟りであると噂され、”魔の山”と呼ばれるようになった。

 ト・アールの東に位置していた二つの国の民達は、東部地方に逃げた者、南の国へと庇護を求めた者、そして北の山脈へと逃げた者が居た。

 地方の北に連なる山脈の向こうは、氷に閉ざされ、とても人が住める地ではないと思われていた。
 しかし、山の反対側へと逃げ延びた者達が目にしたのは、まだ人が住める緑の平原であった。
 中部地方にしか生らないユリアーナの実を見た時、ここはまだ中部地方だと確信し、人々はここに安住の地を築く事にした。

 それから二百年近くの間に五つの国ができ、”北の小国群“と呼ばれるようになった。

 五つの国それぞれに王を抱き、自治をしているが、国を滅ぼされし民を祖先に持つ者同士、お互いに同盟を結び、各々の国の特色を生かした交流を持っていた。

 東南のト・バレルは鉱山を有し、鉱業が盛んな国である。
 西南のト・ギールは肥沃な土地を有し、農業を営んでいる者が多い。
 北のト・ロレルは山の斜面を生かし、林業と放牧をしている。
 最北のト・フレルは“自由の国”と称してはいるが、元は罪人が送られていた地であった。今は王を有し、誰をも受け入れる国として成り立っている。

 そして、小国軍の中程にあるト・ボレルは”戦士の国“と呼ばれ、力自慢の者達が集まり、力を競い合い、その中で一番強い者が王となり、一つの国となった。
 ただ、ト・ボレルの力は、民達を守る力とする事を建国の時に決めていた。
 決して、他国を攻め滅ぼす事には使わず、“北の小国群”の守りの要の国としてある事を誓ったのである。
 それ故、三国を攻め滅ぼしたト・アールは”戦の国”と呼ばれ、ト・ボレルは“戦士の国”と呼ばれている。




       ―第一章―

 中部地方になるとはいえ、最北の国ト・フレルの山の向こう側は果てしない氷原が広がっている。
 
 ”北の小国群“も冬になると、冷たい風と雪に閉ざされる。
 反対に夏は涼しく、快適で、遅い春の訪れとともに人々は街に溢れ出す。

 ここぞとばかりに国同士の交流が盛んになり、旅人達が様々な目的を持って行き来する。
 その中で最も賑わいを見せるのが、“戦士の国”ト・ボレルの武術大会である。
 ”北の小国群”の夏の風物詩でもあり、守りを強化する催しでもある。
 この大会で良い戦績を上げれば、ト・ボレルに召し抱えて貰えるのだ。
 また他の国でも、武官の道が開ける可能性があった。
 腕に自信のある、身分低き者達がこぞって集まるようになり、その者達の活躍を見ようと、各地から見物客もやって来るようになっていた。

 今年も、毎年開かれる武術大会を数日後に控え、ト・ボレルの城下町は大会に出場しようと意気揚々とやって来た者と、その大会を見物しようと来た者達とで賑わい、ごった返していた。

 町のそこかしこで腕自慢の男達が、その腕を見せびらかすように大会の稽古に励み、お互いの実力を値踏みし合っている。
 そんな出場者を見物しながら、今年は誰が優勝しそうかと、あれやこれやと噂し、裏でこそっと賭けをしている者達も居た。

 宿屋は客を得ようと大きな声で呼びこみをし、城へと続く広い通りには、名物となっている屋台がズラリと並ぶ。
 食べ物から、衣料品、日用品、土産物、ありとあらゆる品々を売る店が並び立っている。他の国々からも人出を当てにしてやって来て、屋台を開いている商魂たくましい商売人達。
 その店を一軒ずつ楽しげに見て回る旅人達は、皆、笑顔で行き交っていく。

 広い通りも狭く感じるほどの人並みの中に、並ぶ屋台には目もくれず、ひたすら城を目指して歩いている二人の男が居た。

 一人は、目立つ赤毛が人混みの中から頭一つ分ほど出るくらい背が高く、がっちりとした体格をしていた。
 もう一人は、赤毛の男より背は低いが、それでも他の男達よりは高く、細身でしなやかな身のこなしをしていた。この男の特徴は、冴え冴えとした透き通った青い瞳であろう。
 二人ともまだ若く、年の頃は十七、八と言った所か。手甲、足甲を着け、腰には剣を挿している。
 一見、出世を望んで大会に出ようとしている若者達とも見えるのだが、その足取りは重く、トボトボと言うよりはフラフラしていた。

「五百四十八……五百四十九……」
 赤毛の男が口の中でブツブツ数字を数えている。周りの者達が何の数字かと不思議そうに振り返って行く。
「五百五十……!」
 まで数えて、ドスン! と抱えていた大きな鞄を地面に置き、その場に座り込んだ。
「あ~~~!! もうダメ! 一歩も歩けない!」
 逆立った真っ赤な髪を掻きむしり、鞄に凭れ掛かって喚く。
「後、四百五十」
 冴え冴えとした青い瞳の男が、その瞳の色に似つかわしい冷たい眼差しを上から投げかけて言った。
「わかってるけど! 腹減って、足に力が入んないんだって! 周りからは美味そうな匂いがするしよう!」
「それはお互い様だ。城まで行かないと、いつまで経っても飯にはありつけないぞ」
「なぁ! 鞄持つの、五百歩交代にしないかぁ、エスティヴァン」
「さっき、二千から千にしたのはそっちだろう、アリアン。それに! 誰のせいだと思ってるんだ!」
「悪かったって! けど、あの時はああするしか……」
「アリアン! アリアンですよね!」
「あ~~?」

 二人が上と下で睨み合っていると、何処からか嬉しそうな明るい声が掛けられてきた。
 声のした方を見やると、人混みの中を掻き分けて、一人のまだ少年ぽさを残している若者が二人の方へと駆けて来ていた。

「ああ、やっぱりアリアンだ! 良かった!」
「コーデフ……」
「やっと追いつけた!」
「コーデフ! コーデフ! コーデフ~~~!!」
「え? え? え?」

 逆立った赤髪の男が、駆け寄ってきた少年の膝にしがみつくように抱きついていく。
 そして、縋りつくような目で見上げ、
「金……金、持ってるよな!」
切羽詰まった声で叫ぶように聞いた。
「お、お金……ですか? 持って……ますけど……」
「何でもいい! 何か食べさせてくれ~~!!」
「は? はぁ~~?」

 その様子を見て、青い瞳の男が大きく溜め息を吐いた。

「コーデフ……悪い事は言わない。こいつを追いかけるのは、もうやめた方がいい」
「エスティヴァンさん……」

 コーデフは、二年ほど前に二人と出会い、何を気に入ったのか、それからずっとアリアンを追いかけて来ていた。
 アリアンの方は、コーデフに気を掛ける事はなく、反対に置いてけぼりを食らわすばかりであったが、それでもめげずに、コーデフはアリアンを追いかけてくるのである。

「俺は、それでもいいぞ」
「え……」
「ただし! その前に何か食わせてくれ!!」
「アリアン……おまえなぁ……」

 何処まで勝手なんだと、エスティヴァンがもう一度溜め息を吐く。

「な、何があったんですか? どうして、そんなにお腹を空かせておられるんですか……」
「アリアンが、金の入った袋を谷底に投げ捨てたんだ」
「は!?
「だから!! あの時はあれしか持ってなかったんだって!!」
「一体……何が……」

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