第6話 城
文字数 2,699文字
橋のたもとで夜を待ち、橋の上の人々の足音がまばらになったのを見計らい、そっと三人は橋の上に出た。
それを目指して逃げまくったわけではないが、橋の向こう側にはト・ボレルの城の影が、月明かりに照らされて浮かび上がっていた。
正面からのではなく、横手からの城影であったが。
と言って、このまま真っ直ぐ城に向かうわけにはいかない。
三人は大回りをして、城の裏手に着くと、どこか城へと入れる場所はないかと探し始めた。
勿論、警備の目を盗みつつである。
警備兵の中には大会に出る者も居るのも幸いしてか、思ったよりは手薄で、夜も更け始めるとなおのこと動きやすくなった。
アリアンが目を付けたのは、城の城塀に添って立つ一本の大木であった。
「あそこから、城に入れそうだな」
「あれを、上るのか?」
エスティヴァンが、少々心許なげに聞き返す。
「あん? 出来そうにないなら、ここでお留守番してるか?」
「俺は、おまえを心配してるんだ。その図体で上れるのか」
「そりゃ、ご親切に。けど、心配ご無用って奴だ」
警備の交代の隙を突き、大木の根元に駆け寄ると、木の幹のわずかな凹凸に指を掛け、スルスルと上りだす。
ウドの大木と言う言葉とは無縁だな、とエスティヴァンはアリアンの身体能力にいつもの様に舌を巻くしかなかった。
そう言えば、山育ちだと言ってたな、と思っていると、目の前にロープが降りてきた。
ロープの先を見上げると、アリアンが太い幹に腰かけてロープの反対側の先を幹の反対側からおろしていた。
その一つの先にト・ギールの鞄をくくりつけ、反対側のロープの先を引っ張り、鞄をアリアンの元へと届けた。
鞄を受け取ったアリアンは、ロープを解いて、今度は幹に括りつける。
そのロープを持って、木に足を掛けつつ、コーデフとエスティヴァンは大木を上った。
木登りは終わったが、次の問題はどうやって降りるかだ。
大木の枝先は、城の中へと伸びているが、随分と細く大人の男の体重を支え切れるとは思えない。
すると、アリアンがある方を指差した。
指差した方には、城の庭に植えられたこれまた大木があった。
ただ、そこまでは城の塀を伝っていかなければいけない。
見つかる危険性と、落ちる危険を覚悟して、狭い塀の上を這うようにして移動し始めた。
鞄は、アリアンの背にロープで括りつけた。
雲が出て、月を隠してくれたのが有り難かった。
その分、手探りの移動となるが。
ようやくの事で、三人は城の庭に降りたった。
そこから、城の壁まで見つからずに行けそうなほど、灌木が植えられていた。
戦士の国にしては不用心な作りであるが、戦士の国だからこそ、侵入者など居るわけがないと思っているのかもしれない。
出来る限り音を立てないように、気配を殺しつつ、三人は城へと歩を進めた。
灌木が途切れ、もう少しで城の壁に辿り着けるのだが、案外距離があった。
周りの様子を窺いつつ、そろりそろりと身を低くして進み始めた時、寝静まり、真っ暗だった城の灯りが一斉に点り始めた。
見つかったのか!?
三人同時に顔を見合わせる。
引き返すか、一気に城の壁まで行くか。
瞬時に判断したのはアリアンで、鞄を持ち上げると脱兎のごとく駈け出した。
エスティヴァンとコーデフがそれに続く。
「王女様が居られない!」
「探せ! 一刻も早く!」
城の壁の影にへばりつき、ちょっと一息ついていると、城の中からこう叫ぶ警備兵や衛士達の声が聞こえてきた。
またも、三人は目を見合わせた。
どうやら、自分達が見つかったわけではなさそうだが、このまま城の中へ入るべきかどうか、である。
間の悪い王女様行方不明事件を恨みそうになっていると、背にしていた城の壁が突然動き出した。
何処をどう見ても、壁である。
扉があるようには見えない。
なのに、壁は移動し続け、中の暗がりからいきなり剣が突き出された。
それをアリアンが手甲で受け止める。
その時、雲の切れ間から月の光が差し込み、アリアンの姿を浮き上がらせた。
「アリアン!?」
壁の奥から、アリアンの名を呼ぶ声がした。
「あ? その声は、サージェか?」
聞き覚えのある声でもあったし、この国の中で他にアリアンの名を知っている者は居ないはずである。
「見知り置きの者か、サージェ」
剣を突きつけて来た男が問うた。
「はい。先程お話しました、昼に私を助けてくれた者です、王子」
王子ぃ!?
三人ともこう叫びそうになって、頬を引きつらせつつ何とか喉元で止めた。
「確か、傭兵とか言っていたが、なんだ? 盗みに雇われたのか」
サージェの恩人であるからか、王子は剣を引きながら聞いて来た。
「いいや。この鞄を……王様に届けるように雇われたんで」
ちょっと考えてから、アリアンは王の名を口にした。
「父に? ……それなのに、こんな所で何をしている」
こんな時間にこんな所で、王子様が何をしていると聞きたいのはこちらの方だと思いつつ、
「色々と事情がありましてね」
アリアンが答える。
胡散臭そうに三人を順々に見やる王子の後ろから、
「サージェ……お兄様、どうかなさったの?」
と、心細そうな声がした。
またも、三人の頬が引きつった。
王子を兄と呼ぶと言う事は、この声の主は……王女と言うことになる。
城の中からは、
「王女様! どちらにおいでですか!?」
「お返事して下さいまし!」
と、王女を探す声が響いて来る。
王女様行方不明事件は、拉致やら誘拐ではなく、自ら城出をなさろうとしている真っ最中に出くわしてしまったのだと、三人は徹底的に間の悪さと、自分達の運のなさを嘆きたくなった。
しかし、いくら嘆いたところでこの状況は変わらない。
「王女!」
「王女様!」
城の中からだけではなく、外の庭からも捜索の声が聞こえ始めた。
ここで見つかれば、王女様誘拐犯にされてしまうのは、火を見るより明らかである。
「仕事の最中に悪いが、一緒に来てもらわなければいけないようだ」
王子が、探す声が近付いて来るのを聞いてこう言いだした。
「あ?」
「私達がセレスティナを連れ出したことを、あの者達に通告されては困るのでな」
いやいや、たとえ言ったとしても、誰が信じる!?
聞く耳持たずでとっとと投獄! 自白するまで拷問! になるだろうが!
とは言わず、
「仕方がなさそうですね。一緒に行きましょう」
とアリアンは答えた。
ここから城を出る為の手段を持っているからこその行動だろう、と踏んだのである。
ここで捕まれば、待っているのは拷問である。無実の罪で。
「すまないな、アリアン」
サージェも謝って来たので、アリアンは苦笑いを返した。
それを目指して逃げまくったわけではないが、橋の向こう側にはト・ボレルの城の影が、月明かりに照らされて浮かび上がっていた。
正面からのではなく、横手からの城影であったが。
と言って、このまま真っ直ぐ城に向かうわけにはいかない。
三人は大回りをして、城の裏手に着くと、どこか城へと入れる場所はないかと探し始めた。
勿論、警備の目を盗みつつである。
警備兵の中には大会に出る者も居るのも幸いしてか、思ったよりは手薄で、夜も更け始めるとなおのこと動きやすくなった。
アリアンが目を付けたのは、城の城塀に添って立つ一本の大木であった。
「あそこから、城に入れそうだな」
「あれを、上るのか?」
エスティヴァンが、少々心許なげに聞き返す。
「あん? 出来そうにないなら、ここでお留守番してるか?」
「俺は、おまえを心配してるんだ。その図体で上れるのか」
「そりゃ、ご親切に。けど、心配ご無用って奴だ」
警備の交代の隙を突き、大木の根元に駆け寄ると、木の幹のわずかな凹凸に指を掛け、スルスルと上りだす。
ウドの大木と言う言葉とは無縁だな、とエスティヴァンはアリアンの身体能力にいつもの様に舌を巻くしかなかった。
そう言えば、山育ちだと言ってたな、と思っていると、目の前にロープが降りてきた。
ロープの先を見上げると、アリアンが太い幹に腰かけてロープの反対側の先を幹の反対側からおろしていた。
その一つの先にト・ギールの鞄をくくりつけ、反対側のロープの先を引っ張り、鞄をアリアンの元へと届けた。
鞄を受け取ったアリアンは、ロープを解いて、今度は幹に括りつける。
そのロープを持って、木に足を掛けつつ、コーデフとエスティヴァンは大木を上った。
木登りは終わったが、次の問題はどうやって降りるかだ。
大木の枝先は、城の中へと伸びているが、随分と細く大人の男の体重を支え切れるとは思えない。
すると、アリアンがある方を指差した。
指差した方には、城の庭に植えられたこれまた大木があった。
ただ、そこまでは城の塀を伝っていかなければいけない。
見つかる危険性と、落ちる危険を覚悟して、狭い塀の上を這うようにして移動し始めた。
鞄は、アリアンの背にロープで括りつけた。
雲が出て、月を隠してくれたのが有り難かった。
その分、手探りの移動となるが。
ようやくの事で、三人は城の庭に降りたった。
そこから、城の壁まで見つからずに行けそうなほど、灌木が植えられていた。
戦士の国にしては不用心な作りであるが、戦士の国だからこそ、侵入者など居るわけがないと思っているのかもしれない。
出来る限り音を立てないように、気配を殺しつつ、三人は城へと歩を進めた。
灌木が途切れ、もう少しで城の壁に辿り着けるのだが、案外距離があった。
周りの様子を窺いつつ、そろりそろりと身を低くして進み始めた時、寝静まり、真っ暗だった城の灯りが一斉に点り始めた。
見つかったのか!?
三人同時に顔を見合わせる。
引き返すか、一気に城の壁まで行くか。
瞬時に判断したのはアリアンで、鞄を持ち上げると脱兎のごとく駈け出した。
エスティヴァンとコーデフがそれに続く。
「王女様が居られない!」
「探せ! 一刻も早く!」
城の壁の影にへばりつき、ちょっと一息ついていると、城の中からこう叫ぶ警備兵や衛士達の声が聞こえてきた。
またも、三人は目を見合わせた。
どうやら、自分達が見つかったわけではなさそうだが、このまま城の中へ入るべきかどうか、である。
間の悪い王女様行方不明事件を恨みそうになっていると、背にしていた城の壁が突然動き出した。
何処をどう見ても、壁である。
扉があるようには見えない。
なのに、壁は移動し続け、中の暗がりからいきなり剣が突き出された。
それをアリアンが手甲で受け止める。
その時、雲の切れ間から月の光が差し込み、アリアンの姿を浮き上がらせた。
「アリアン!?」
壁の奥から、アリアンの名を呼ぶ声がした。
「あ? その声は、サージェか?」
聞き覚えのある声でもあったし、この国の中で他にアリアンの名を知っている者は居ないはずである。
「見知り置きの者か、サージェ」
剣を突きつけて来た男が問うた。
「はい。先程お話しました、昼に私を助けてくれた者です、王子」
王子ぃ!?
三人ともこう叫びそうになって、頬を引きつらせつつ何とか喉元で止めた。
「確か、傭兵とか言っていたが、なんだ? 盗みに雇われたのか」
サージェの恩人であるからか、王子は剣を引きながら聞いて来た。
「いいや。この鞄を……王様に届けるように雇われたんで」
ちょっと考えてから、アリアンは王の名を口にした。
「父に? ……それなのに、こんな所で何をしている」
こんな時間にこんな所で、王子様が何をしていると聞きたいのはこちらの方だと思いつつ、
「色々と事情がありましてね」
アリアンが答える。
胡散臭そうに三人を順々に見やる王子の後ろから、
「サージェ……お兄様、どうかなさったの?」
と、心細そうな声がした。
またも、三人の頬が引きつった。
王子を兄と呼ぶと言う事は、この声の主は……王女と言うことになる。
城の中からは、
「王女様! どちらにおいでですか!?」
「お返事して下さいまし!」
と、王女を探す声が響いて来る。
王女様行方不明事件は、拉致やら誘拐ではなく、自ら城出をなさろうとしている真っ最中に出くわしてしまったのだと、三人は徹底的に間の悪さと、自分達の運のなさを嘆きたくなった。
しかし、いくら嘆いたところでこの状況は変わらない。
「王女!」
「王女様!」
城の中からだけではなく、外の庭からも捜索の声が聞こえ始めた。
ここで見つかれば、王女様誘拐犯にされてしまうのは、火を見るより明らかである。
「仕事の最中に悪いが、一緒に来てもらわなければいけないようだ」
王子が、探す声が近付いて来るのを聞いてこう言いだした。
「あ?」
「私達がセレスティナを連れ出したことを、あの者達に通告されては困るのでな」
いやいや、たとえ言ったとしても、誰が信じる!?
聞く耳持たずでとっとと投獄! 自白するまで拷問! になるだろうが!
とは言わず、
「仕方がなさそうですね。一緒に行きましょう」
とアリアンは答えた。
ここから城を出る為の手段を持っているからこその行動だろう、と踏んだのである。
ここで捕まれば、待っているのは拷問である。無実の罪で。
「すまないな、アリアン」
サージェも謝って来たので、アリアンは苦笑いを返した。