第3話 掛け合い

文字数 2,936文字

「そんな事が……」
「あったんだよなぁ。完璧! 不可抗力だと思うよな!」
「え? あ……はぁ……」
「完璧! おまえの不注意だろう」
「はぁぁ!? あの状況で他にどうしろってんだ!」
 アリアンがコーデフに縋りついた経緯を説明している間に、三人ともその場に座り込んでいた。
 人並み溢れる広い道の真ん中で、大きな鞄を囲んで若者が三人へたり込んでいる。
 行き交う者達は、わざと見ない振りをする者やら、興味深げにジロジロと見て行く者やら、くすくす笑いをして通りすぎて行く者やらである。そんな所で睨み合う二人に、オロオロしながら、
「あ~……それで、その後はどう……?」
おずおずとコーデフが聞いた。
「鞄置いて、さっさと逃げ出した」
「え!?
 目を丸くして、鞄を見つめる。
「あっちがに決まってんだろう! 鞄がここにあるんだから!」
「そ、そうですよね。でも、随分あっさり……」
 人を殺してまで奪った物を置いて逃げるとは……と、困惑気味に問うと、
「俺達が傭兵だと言ったら、とっとと逃げていった」
こう答えたのはエスティヴァンだった。
「傭兵だと知ると?」
「ああ」


 エスティヴァンと賊の頭領らしき男は、剣を一度交えただけで、アリアンがもう一人の賊をぶっ飛ばし、雇い賃が入った金袋を投げつけた後も、まんじりとも動かずに居た。
 それは、剣を離すと、次の一撃でやられると頭領が見抜いていたからだった。
「貴様たちは、何者だ!?
  憎しみのこもった灰色の目で睨みながら問うてくる。
「おまえ達が襲った者達に、雇われた傭兵だ」
「傭兵!? そんな者を雇ったと言う情報は……」
「ないだろうな。襲った後に雇われたんだから」
 エスティヴァンがこう答えると、頭領は悔しげに歯噛みし、渾身の力で剣を押し返すと、思いっきり後ろに跳び退った。
「引け! 鞄はいい!!」
 飛び退くと同時にこう叫び、踵を返して山の中へと入り込んで行く。
 仲間の賊達も、頭領の指示に従い、崖の下に落ちた仲間を気にしながらも、山の中へと踏み入って行った。


「まぁなぁ、使者達を襲った時は遠目でよく分からなかったが、近くで相対すと、ある程度訓練されているが、場数を踏んでないってのは丸わかりだったからな」
 アリアンが、どうして賊達がそんな行動に出たのかの説明を始める。
「場数を……」
「つまりは、剣もろくに持ったことがない農家のおっさん共なら何とかなるが、俺達みたいに荒事を生業としている者の相手じゃないって事だな」
「それを見抜いた、頭領の判断力は買うがな」
「だな」
 エスティヴァンの一言に、アリアンが小さく頷く。
 こう言う、あ、うんの呼吸で話す時もあるのを、コーデフは不思議な思いで見ていた。
 この二人は、仲がいいのか、悪いのか、と。


 それから二人は、鞄を拾い上げると急ぎ足で山を降りた。
 攻守交代である。
 逃げたとは言え、仲間を引きつれて戻って来る可能性がある。人海戦術で来られると、完全に分が悪いのはこちらだ。
 出来る限り早く下の村に辿り着き、二人は馬を買った。
 賊から一刻も早く遠ざかると言う理由もあったが、思いの外鞄が重かったのだ。
 これを抱えながら、二人で城まで逃げ切るのは厳しいとの判断であった。
 すでに諦めているのではないか、とは二人とも思わなかった。あの執念深そうな灰色の瞳を、目の当たりにしたエスティヴァンは特にであった。
 お陰で、底が見え掛けていた懐は、完全に底が見えてしまった。


 そこで、傭兵ならではの困り事が出て来る。
 ひとつの仕事を受けている間は、他の仕事が出来ない。
 それが許されたら、敵対する者に同時に雇われ、どちら共の情報を相手に流すと言う二重スパイが可能になってしまうからだ。
 傭兵の信用性を損なう行為なので、これを破れば、他の傭兵達に追われる身となる。


 城下街近くまでは、野宿と野生の動物や魚を獲ってしのいだが、街が近付くにつれ人は増え、馬での移動が難しくなり、馬を売りはしたが、買う時はそれなりで、売る時は二束三文と言うのが相場である。
 街に入れば食い物は買うしかなくなり、馬を売ったお金も底を尽き、重い鞄を抱えてひたすら城を目指していた所であった。


「一体、その中に何が入っているんですか?」
 人を殺してまで奪いたい物とは何だろうと、コーデフは実に素朴な疑問を口にした。
「見てみるか?」
 アリアンは言いつつ、懐から書状を取り出した。
「こいつを破る勇気があるなら、見ていいぞ」
 コーデフに書状を差し出しながら、コンコンと鞄を叩く。
「ゲ……! い、いいです!」
 目の前に出された書状と、鞄をよく見て、コーデフが首を大きく振る。
 書状と、鞄に巻かれた細い布には、蝋印が押されていた。勿論、ト・ギール王の印である。これを破れるのは、宛名に記されたト・ボレル王のみ。それ以外の者が破ると罪に問われる。
 アリアンが鞄を叩いた時に金属音がしたところを見ると、鉄で作られた鞄の上に、高級な牛皮を滑した物で覆っているようだ。一見したより重いのは、その為であった。多分、水に濡れても大丈夫なようにだろう。そこまで厳重に包むほど、大事な物らしい。
 それをうっかりとでも開けたら、どんな罰を受けるかわからない。

「で!?
「え? で……て?」
「飯! 食わせてくれんのか、くれないのか、どっちだ!」
「あ!」
 すっかりその事を忘れ果てていた。
「おまえ、本気でこいつにたかる気か!?
 エスティヴァンが信じられないような物を見る目で聞くと、
「誰がたかるかよ! この仕事が終わったら、次の仕事探して、返す!」
と、胸を張ってアリアンが答える。
 が、それを疑わしそうな目でエスティヴァンは見返し、二人の睨み合いがまた始まった。
「あ、あの……! あ、あれでいいですか!?
 やばい! と、慌ててコーデフが指差したのは、武術大会名物の蒸かし饅頭だった。
 ト・ロレルで飼育された山羊肉を味付けし、それをト・ギールで採れた小麦粉を練ったもので包み、ト・バレルの鍋で蒸しあげた“北の小国群”特製の蒸かし饅頭である。先程から辺りに漂っている、いい匂いの元であった。
「いい、いい! 腹に入れば何でも!」
 アリアンが睨み合いをやめて、即座に答える。
「す、すぐ買ってきますね!」
 これ以上、睨み合いの真ん中に居たくないとばかりに、コーデフはさっさと立ち上がって屋台に走って行った。
 
 走って行ったが、すぐに買えるわけではなかった。”北の小国群”の夏の一大行事に集まった人々で、どの屋台も長蛇の列が出来ている。その最後尾に並んだ、というだけであった。

「アリアン、おまえ……」
「ちゃんと返すって!」
 まだ文句を言うのかと、アリアンが機先を制した。
「コーデフが来ているのがわかっていて、ここに座り込んだろう」
 案に反して、エスティヴァンはこう続けた。
「そりゃなぁ……」
 アリアンはそれを否定せずに、ポリポリと鼻の横を掻きながら言った。
「こうもねちっこい視線が絡んで来てくれるとなぁ。腹が減っては何とやら、て言うだろうが」
「もう少しで城だって言うのに、しつこいな」
「もう少しで城だからだろ」
「……か」
 人並みの向こうに見える、ト・ボレル城を見上げつつ、二人は仕方なさげに小さく笑いあった。
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