第3話

文字数 2,691文字

 そして、家族のことで悩み事を抱えている人が、もう一人。お隣の班の相葉さんです。

 この町の町内会では、毎年持ち回りで班長のお役目が義務付けられており、相葉さんとは同期だったことで、それ以来ずっと親しくさせていただいていました。

 また、葛岡さんの長男の柊くんと、相葉さんの長女のみことちゃんが同級生でもあり、私の説明で葛岡さんの事情を知り、溜息交じりに頷くばかり。


「そっか~。そうだよね~。ホント、難題だよね~」

「今更、おばあちゃんが考え方を変えるとも思えないし、次男さんもはっきりしないみたいだし」

「家族絡みのゴタゴタって、厄介っていうか、根が深いっていうか」

「そういえば、どうなったの、弟さんのこと?」

「それがねぇ…」


 今、相葉家が抱えている問題は、私にとっても決して他人事と達観出来るものではなく、それゆえ、彼女も私にだけ打ち明けてくれた悩みでした。


 彼女の2歳年下の弟の健一さんが、ニートであるということを。


 正確には、ニートとは15〜34歳の未婚者で、就学・就業をしておらず、職業訓練や家事・家業の手伝いもしていない人の総称とされていますが、健一さんは40代後半になった現在も無職で、衣食住すべて親に寄り掛かっている状態でした。

 彼がそうなった最大の原因は、母親でした。生まれた時から溺愛し、何をしても(しなくても)ただただ褒めて可愛がるばかり。

 大学へ進学するも、出席日数が足りず2年で中退。父親の伝手で就職したものの半月も続かずに退職。その後も定職には就かず、たまに気が向いたときにバイトしてはすぐに辞めるを繰り返していました。

 好きな時間に起床して、日がな一日ネットゲームに明け暮れる毎日で、生活全般はすべて親掛かり。お金の苦労をしていないため危機感がなく、お小遣いが足りなければ欲しいだけ母親が出してしまい、それで自分の趣味を満喫するといった生活が常態化していたのです。

 その母親も寄る年波には抗えず、持病の糖尿病から来る合併症が悪化し、入退院を繰り返すようになりました。

 それまで家事一切したことがなかった健一さんに、母親の面倒が看られるはずもなく、結婚して独立していた姉の直子さん(相葉さん)が、実家と病院を行き来する生活を続けていたのです。

 健一さんには有り余るほど時間があるのだから、母親のお世話や家事を手伝うか、せめて自分のことくらいは自分でするように、何度も忠告したのですが、呆れたことに、それを病床の母親が庇う始末。挙句、


「あの子は、一人では何も出来ないから、私にもしものことがあったら、健ちゃんのことをよろしくお願いね」


 と、自分亡き後の弟の世話まで頼むというのですから、たまりません。

 そもそも、母親の甘やかしが原因だというのに、すっかり弱りきってしまった母親に、今更文句も言えず。病状は悪化する一方で、起き上がることさえ出来ない状態になっても尚、口から出るのは息子の心配ばかり。

 結局、快復することなく、そのまま病院で息を引き取りました。

 残された父親もすでに高齢のため、今のまま暮らし続けるのは難しいということになり、ご主人と相談した結果、直子さん夫婦の家に迎え入れることになったのです。




 が、ここへ来て、早々に問題が発生。親の庇護の下、ずっとニート生活を続けていた無職の健一さんの今後をどうするか、ということでした。


「んじゃ、俺はこの家に一人で住むわ」


 実家には、彼が趣味で作ったり集めたりしたジオラマやら、関連グッズやら、書籍やらが、足の踏み場もない状態で6畳間を丸々3部屋占拠しており、本人ですら、すべてを把握し切れていないようでした。

 ただ、一人で住むと言っても、無職の健一さんが、今後どうやって生計を立てて行くのかのビジョンもなく、それとは別に、もう一つ問題がありました。

 実家の土地は『借地』で、両親は法律に疎かったため、借地権等の登記をしておらず、バブルが崩壊したときに転売されて土地所有者が変わり、その時点で立ち退きの打診をされていたのです。

 話し合いで、両親が健在の間は住み続けることが了承されたものの、死亡や転居した時点で土地は返却し、それ以降の賃貸契約は継続しない約束になっていました。

 両親としては、子供たちが独立するころには家も老朽化し、行く行くは長男の扶養で、別の場所に住む算段でいたのだと思います。

 今回、直子さん夫婦が父親を引き取った時点で、地主さんとの賃貸契約が終了するため、住み慣れた実家ごと明け渡さなければならないのです。


「え~? そんなの、困る! だったら、お父さんにここに住み続けてもらってよ!」

「そう言われても、お父さんのお世話に、頻繁に実家通いするの、正直キツイんだよね。健一がお父さんの食事や身の回りのお世話全部するっていうなら、話は別だけど?」

「んなこと、俺には無理に決まってるでしょ!」

「じゃ、お父さんはうちに引き取って、こっちで面倒看るしかないよね?」

「まあ、そういうことなら、仕方ないね」

「だから、今後自分はどうするのか、考えて決めてよね」


 すると、健一さんはちょっと考えて軽く頷くと、あっけらかんとした顔で答えたのです。


「分かった。じゃあ、俺もお父さんと一緒に、姉ちゃん家に行くわ」


 一瞬、何を言っているのか理解出来ず、数秒間固まっていた直子さんでしたが、ハッと我に返り、すぐに反論しました。


「冗談じゃないわよ! 何で、あんたまでうちに来るのよ!?」

「だってしょうがないでしょ、俺、住むとこなくなるんだからさ~。それに金だってないし」

「だからって、何でうち!?」

「姉ちゃん家に引っ越せば、住むとこ探さなくてもいいし、とりあえず家賃も食費もいらないし、全部丸く収まるじゃない」

「いやいやいや! 意味わかんないから! 何でうちがあんたの生活の面倒までみなきゃいけないのよ!? だいたい、あんたが住む部屋なんてないから、来られても困るんだけど!」

「困ってるのはこっちだよ! 住むとこなくなって路頭に迷う弟を、姉として見て見ぬふりはないでしょ? いずれ仕事を見つけたら、ちゃんと家賃も食費も払うんだし、姉弟なんだから、こういうときはお互い助け合わないと」


 自分に都合の良いことばかり並べ立てる弟に、とことん反論した直子さんでしたが、すでに姉夫婦宅に住む気満々の健一さんは、もうそれ以外の選択肢など頭にない様子。

 これまでも、何かあれば母親が擁護し、思い通りになるようゴリ押ししていたので、今回も自分の要望が受け入れられて当然といった態度には、腹が立つのを通り越し、軽い殺意さえ覚えるほどでした。



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