第5話

文字数 2,204文字

 さて、相葉さんの問題に戻しまして。

 『家族なんだから、困ったときは協力するのが当然』と言い、姉夫婦宅に住む気満々の弟に対し、待ったを掛けたのは、直子さんのご主人で、健一さんとは婿・小舅の関係にあたる隆弘さんでした。

 マイホームを建てる際、隆弘さんの実家から多額の援助を受けており、直子さんの実家からは援助がなく、今回直子さんの父親を引き取るのも、あくまで人道的配慮で隆弘さんが提案したことで、夫の両親も渋々納得したに過ぎず、そのうえ弟まで転がり込まれては、黙っているわけには行きません。

 本人は家賃を払うような口ぶりですが、収入もないのに毎月継続して支払えるとは思えず、それが出来るのなら、部屋を借りれば済む話です。

 『とりあえず、そっちに引っ越してから、今後のことを考える』と言いますが、一旦家に入れたが最後、居心地の良い環境を自ら手放すとは考えられず、そのまま居座り続けることは目に見えています。


 さらに、問題はそれだけに留まりません。


 やがて自分たちも歳を取り、今の父親同様、子供たちのお世話になるときがやって来ます。

 このまま健一さんが自立しなければ、高齢のニートの叔父の面倒まで、子供たちに圧し掛かることになり、何としてもそれだけは阻止しなければなりません。

 もっとも、そんな先のことよりも、そういう叔父と同居して、自堕落な生活を目の当たりにすることの子供たちへの影響の方が、より深刻な問題です。




 そこで、隆弘さん直子さん夫婦と健一さんの三人で、話し合いをすることになりました。


「先ず言っておくけど、親を看る義務は子供にあるわけだから、お義父さんを引き取ることは、当然だと思ってるよ。でも、健一くんがうちに来るのは、お門違いじゃないのかな?」

「家族なんだから、困ったときはお互いに協力するのが当たり前じゃないですか? 現に、俺は住むとこがなくなるわけだし、困ってるんですよね~」

「仮にさ、健一くんが病気や怪我で働けないとか、重い障害があるとかだったら、フォローしようと思うよ。でも、君は健康だよね?」

「そう言われればそうですけど、今は収入もないし、家賃も払えないじゃないですか。俺にどうしろって言うんですか?」

「働けばいいじゃない? 家賃と自分の食費くらいは、十分稼げるでしょ?」


 当たり前のことを言った隆弘さんに対し、小さく舌打ちをすると、急に逆ギレし、口調を荒げた健一さん。


「だから、仕事が見つかるまで、一時的に住ませてくれって頼んでんでしょ!? 家族なんだからさ、困ったときはお互い様じゃないのかよ!? それとも何、俺に路頭に迷えっていうの!? 自分たちは金持ってて、立派な家に住んでんだから、ちょっとは助けてくれたっていいじゃんか!」

「てめぇっ! さっきから聞いてりゃ、ふざけたことばっか言ってんじゃねぇぞーーっっ!!」


 そう言ってブチギレたのは、隆弘さんではなく、直子さんのほうでした。

 仕事を探すつもりなどさらさらなく、勝手なことばかり言って、まともに話し合おうともしない弟に馬乗りになり、4~5発頬を張りとばすと胸倉を掴み、これまでに溜まりに溜まった鬱憤をぶつけるように、罵倒し始めたのです。


「この際だからはっきり言っとくけど、おまえなんか家族じゃねぇからなっ!」

「ちょっ…! 姉ちゃん、落ち着い…!」

「うるっせーっ! だいたい、おまえはいつまで養ってもらえる子供のつもりだよ!? 家族なら、お互い協力するのが当たり前だ!? んじゃあ聞くけど、自分がして貰うことばかりで、今までおまえが私たちに何をしてくれた!? 子供たちにさえ、お年玉どころか、お菓子の一つ買ってくれたこともねぇだろうがっ!」

「やめ…っ! 苦し…!」

「うちは金がある!? 働いてるからだよっ! 立派な家に住んでる!? ローン組んで、毎月支払ってんだよっ! おまえには金がない? 今までどんだけ親に貢がせたのか分かってんのかっ!? おまえを溺愛して、甘やかし放題してくれたお母さんは、もうこの世にはいないんだよ!!」

「…」


 その言葉に、反論も抵抗も止め、焦点の定まらないうつろな目で虚空を見つめる弟。馬乗りで胸倉を掴んだままの姉の瞳から、涙が零れ落ちました。


「世界中がおまえを愛して、おまえのために尽くすのが当たり前だと思うな! 国民の義務も果たさないダメ男に愛情注いで、文句も言わずに養ってくれる人間なんて、産みの親以外にいると思うな! それがどんだけ有難いことだったのか、理解しろ! どんなに感謝しても、もうお母さんに親孝行出来ないことを思い知れよ…!」

「もう、それくらいでいいんじゃないかな?」


 そう声を掛けたのはご主人でした。

 妻を宥め、ショックを受けているのか、横になったまま起き上がろうとしない義弟の腕を引っ張り、座らせると、


「直子が酷いことを言って、申し訳ないと思う。本来なら、お義父さんの面倒も、姉弟で折半するべきだけど、そこは免除するから。たださ、うちは健一くんの面倒まで見る義務も余裕もないから、これを機に自立して欲しいんだ」

「…」

「とはいえ、丸裸で放り出すほど、僕たちだって鬼じゃないから。はい、これ。一応、住めそうなアパートとかピックアップしといた」


 手渡された紙を受け取り、相変わらず覇気のない顔でそれを眺める健一さん。聞いているのかいないのか、それでも隆弘さんは構わずに説明を続けました。



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