第7話
文字数 2,228文字
翌週末、葛岡さん宅の駐車場には、いつもの綾瀬さんの車ではなく、おばあちゃんの次男さんの車が停まっていました。
綾瀬さんのことを聞きつけ、葛岡さんの奥さんに直接物申しに来た次男夫婦、自宅へ入って来るなり、もの凄い剣幕で詰め寄るふたり。
「ちょっと、義姉さん! 恋人が出来たって、ホント!?」
「嘘よね!? お義姉さんに限って、そんなことあるわけないわよね!?」
「本当だけど、何か?」
あっけらかんと答えた葛岡さんに、ふたりはムンクの『叫び』にも劣らない表情で衝撃を露わにすると、矢継ぎ早に質問の嵐です。
「まさか、結婚するつもりじゃないんでしょ!?」
「それはまだ分からないわ」
「相手はバツイチで、子供もいるっていうじゃないか!?」
「私だって子供いるし、何か問題ある?」
「柊は何て言ってるの!? あいつの気持ち、考えないの!?」
「そうよ! 母親に男がいるなんて、年頃の男の子には絶対堪えられないと思う!」
「いや、むしろ応援してくれてるから」
「だいたいさ、おふくろがいる家に、男を連れ込むことないだろ!?」
「そうよ! 私たちに何の相談もなく、こういうことされるのは困る!」
勝手な言い分に呆れながらも、ちょうど良い機会だと思い、葛岡さんはふたりに言いました。
「そうよね。この際だから、ちゃんと相談するべきよね、おばあちゃんのこと」
思わぬ方向に話題を振られ、『ヤバイ!』と言った面持ちでお互いに顔を見合わせる次男夫婦。
「まあ、その話なら、また今度、ちゃんとした機会にでも」
「そうよ、何も今話さなくっても、ねえ」
と、何とか話題を逸らそうとしたのですが、
「前にも正志くんには伝えたけど、おばあちゃんが元気なうちに、そちらで引き取ってもらいたいのよね。もう年齢的に、いつ何があってもおかしくないでしょ?」
「ま、まあ、それは追々さ…」
「いつもそうやってはぐらかしてるけど、うちの人が亡くなって、もう15年以上経つって分かってる?」
「うん、勿論! だからこのことは…」
「正直ね、私も疲れた。旦那には死なれて、義理の親の面倒だけは看させられて、私の人生っていったい何だろうって思うのよね」
さすがにそこまで言われては、次男夫婦には返す言葉がなく、その勢いで、葛岡さんは核心部分に踏み込んだのです。
「だから悪いけど、このままズルズルしててもキリがないから、期限を切ろうと思うの」
「ちょっと待って! そんな急に…!」
「一年。後、一年だけ猶予をあげるから、それまでにちゃんとおばあちゃんを説得して、引き取って欲しい」
それ以上、何も聞き入れないといった葛岡さんの頑なな決意を感じ取ったのか、ふたりは肯定も否定も出来ず、無言のまま実家を後にしました。
これまでにも散々言われていたのに、自分たちの義務を果たさず、あわよくばこれからも葛岡さんに押し付けられればと思っていた彼らの目論見も、もはやこれまでです。
小舅の立場にあって、未亡人である兄嫁の恋愛事情に余計な口を挟まなければ、こんな事態にならなかったかも知れないのに、墓穴を掘るとはまさにこのこと。
年貢を納めるタイムリミットが一年後になったことで、これまで放置されて来た厄介ごとが、大きく動き始めることになりました。
さて、そんなことは露知らぬおばあちゃんはといいますと。
綾瀬さんの出現で、ストレスマックスになっていたこともあり、当初は絶対に口を割らなかった交際の事実を周囲に話し始めた途端、もう止め処なく悪口を吹聴する事態になりまして。
おばあちゃんをよく知る大多数の人は『ああ、またか』という反応でしたが、中には、おばあちゃんに共感する人もいました。
その多くは、お嫁さんと上手く行っていないお姑さんの立場や、おばあちゃんからの一方的な情報しか持ち合わせない方々ですが、彼女たちから葛岡さんに対する中傷があったのも事実です。
『ふしだら』『無責任』『鬼嫁』といった悪口は言うに及ばず、ふたりが不倫関係だという事実無根の噂まで流す始末。
これに関して、当の葛岡さんはというと、
「まあ、誰に何言われたところで、今更どうってことないし、おばあちゃんと縁が切れるなら、私は全然OKだから」
と、まったく動じる様子もないのは天晴です。
逆にいえば、それほどまでにおばあちゃんとの同居は大変なものだった、ということなのでしょう。
ご主人を亡くして一番辛かった時期にも、周囲の詮索や噂に酷く苦しめられ、何故今また、そうした謂われない中傷に晒されなければならないのか。
私たち葛岡さんの事情を知るメンバーの耳に入れば、その都度否定、訂正、事実の伝達を徹底していましたが、噂を流布しているのが通称『ババ友軍団』、一筋縄では行きません。
焦ったところで仕方がありませんので、私に出来ることは、とにかく地道に見つけ次第、噂を潰して行く作業を続けるのみです。
『にっこり笑って、バンパイアの胸に杭を打ち込め作戦』第七弾。ババ友軍団の噂を制圧し切れず、今回は、私たちの判定負け。ということで、ガッツポーズはありません。
自分たちの鬱憤晴らしなのか、ありもしない噂を次々と流す彼女たちに手を焼きながら、それでも冷静な判断をしてくれる大半の住民の皆さんの理性に、感謝するばかりです。
さて、おばあちゃんとの同居解消が、いよいよ一年後と決まった葛岡家。
ババ友軍団と結託して抵抗するおばあちゃんに、またまた周囲は振り回されるのですが、それはまた、別のお話。
綾瀬さんのことを聞きつけ、葛岡さんの奥さんに直接物申しに来た次男夫婦、自宅へ入って来るなり、もの凄い剣幕で詰め寄るふたり。
「ちょっと、義姉さん! 恋人が出来たって、ホント!?」
「嘘よね!? お義姉さんに限って、そんなことあるわけないわよね!?」
「本当だけど、何か?」
あっけらかんと答えた葛岡さんに、ふたりはムンクの『叫び』にも劣らない表情で衝撃を露わにすると、矢継ぎ早に質問の嵐です。
「まさか、結婚するつもりじゃないんでしょ!?」
「それはまだ分からないわ」
「相手はバツイチで、子供もいるっていうじゃないか!?」
「私だって子供いるし、何か問題ある?」
「柊は何て言ってるの!? あいつの気持ち、考えないの!?」
「そうよ! 母親に男がいるなんて、年頃の男の子には絶対堪えられないと思う!」
「いや、むしろ応援してくれてるから」
「だいたいさ、おふくろがいる家に、男を連れ込むことないだろ!?」
「そうよ! 私たちに何の相談もなく、こういうことされるのは困る!」
勝手な言い分に呆れながらも、ちょうど良い機会だと思い、葛岡さんはふたりに言いました。
「そうよね。この際だから、ちゃんと相談するべきよね、おばあちゃんのこと」
思わぬ方向に話題を振られ、『ヤバイ!』と言った面持ちでお互いに顔を見合わせる次男夫婦。
「まあ、その話なら、また今度、ちゃんとした機会にでも」
「そうよ、何も今話さなくっても、ねえ」
と、何とか話題を逸らそうとしたのですが、
「前にも正志くんには伝えたけど、おばあちゃんが元気なうちに、そちらで引き取ってもらいたいのよね。もう年齢的に、いつ何があってもおかしくないでしょ?」
「ま、まあ、それは追々さ…」
「いつもそうやってはぐらかしてるけど、うちの人が亡くなって、もう15年以上経つって分かってる?」
「うん、勿論! だからこのことは…」
「正直ね、私も疲れた。旦那には死なれて、義理の親の面倒だけは看させられて、私の人生っていったい何だろうって思うのよね」
さすがにそこまで言われては、次男夫婦には返す言葉がなく、その勢いで、葛岡さんは核心部分に踏み込んだのです。
「だから悪いけど、このままズルズルしててもキリがないから、期限を切ろうと思うの」
「ちょっと待って! そんな急に…!」
「一年。後、一年だけ猶予をあげるから、それまでにちゃんとおばあちゃんを説得して、引き取って欲しい」
それ以上、何も聞き入れないといった葛岡さんの頑なな決意を感じ取ったのか、ふたりは肯定も否定も出来ず、無言のまま実家を後にしました。
これまでにも散々言われていたのに、自分たちの義務を果たさず、あわよくばこれからも葛岡さんに押し付けられればと思っていた彼らの目論見も、もはやこれまでです。
小舅の立場にあって、未亡人である兄嫁の恋愛事情に余計な口を挟まなければ、こんな事態にならなかったかも知れないのに、墓穴を掘るとはまさにこのこと。
年貢を納めるタイムリミットが一年後になったことで、これまで放置されて来た厄介ごとが、大きく動き始めることになりました。
さて、そんなことは露知らぬおばあちゃんはといいますと。
綾瀬さんの出現で、ストレスマックスになっていたこともあり、当初は絶対に口を割らなかった交際の事実を周囲に話し始めた途端、もう止め処なく悪口を吹聴する事態になりまして。
おばあちゃんをよく知る大多数の人は『ああ、またか』という反応でしたが、中には、おばあちゃんに共感する人もいました。
その多くは、お嫁さんと上手く行っていないお姑さんの立場や、おばあちゃんからの一方的な情報しか持ち合わせない方々ですが、彼女たちから葛岡さんに対する中傷があったのも事実です。
『ふしだら』『無責任』『鬼嫁』といった悪口は言うに及ばず、ふたりが不倫関係だという事実無根の噂まで流す始末。
これに関して、当の葛岡さんはというと、
「まあ、誰に何言われたところで、今更どうってことないし、おばあちゃんと縁が切れるなら、私は全然OKだから」
と、まったく動じる様子もないのは天晴です。
逆にいえば、それほどまでにおばあちゃんとの同居は大変なものだった、ということなのでしょう。
ご主人を亡くして一番辛かった時期にも、周囲の詮索や噂に酷く苦しめられ、何故今また、そうした謂われない中傷に晒されなければならないのか。
私たち葛岡さんの事情を知るメンバーの耳に入れば、その都度否定、訂正、事実の伝達を徹底していましたが、噂を流布しているのが通称『ババ友軍団』、一筋縄では行きません。
焦ったところで仕方がありませんので、私に出来ることは、とにかく地道に見つけ次第、噂を潰して行く作業を続けるのみです。
『にっこり笑って、バンパイアの胸に杭を打ち込め作戦』第七弾。ババ友軍団の噂を制圧し切れず、今回は、私たちの判定負け。ということで、ガッツポーズはありません。
自分たちの鬱憤晴らしなのか、ありもしない噂を次々と流す彼女たちに手を焼きながら、それでも冷静な判断をしてくれる大半の住民の皆さんの理性に、感謝するばかりです。
さて、おばあちゃんとの同居解消が、いよいよ一年後と決まった葛岡家。
ババ友軍団と結託して抵抗するおばあちゃんに、またまた周囲は振り回されるのですが、それはまた、別のお話。