第6話
文字数 2,344文字
隆弘さんがリストアップした賃貸物件は、どれも保証人が不要なもので、通常、借主が家賃を滞納すると保証人が補填することになりますが、一定期限を超えて支払いがない場合、強制退去になるシステムです。
それらの部屋の近くには、レンタルトランクルームがあり、現在所持している膨大なコレクションの内、部屋に入らない分はそこへ収納するように、とのこと。
それらを借りる費用と、当面の生活費として、100万円を手渡すことを提案しました。これは父親の僅かな貯金を『生前贈与』として、それに姉夫婦からの餞別を足したものです。
「部屋とトランクルームを契約したら、なるべく早く、仕事を見つけて働いたほうがいいよ。はっきり言って、100万なんてあっという間になくなるから」
すると、またしても甘ったれたことを言い出した健一さん。
「けど、仕事が見つからなかったらどうすんのさ? 部屋も追い出されて、食べる物もないんじゃ、生きてけないじゃん? そうなったら、義兄さんとこに住まわしてくれるってこと?」
「おまえは、まだそんな…!!」
そう言い掛けた直子さんを制止し、隆弘さんは淡々とした口調で続けました。
「さっきも言った通り、うちで面倒看るつもりはないよ」
「じゃあ、どうすればいいっていうのさ!?」
「どうしてもお金に困ったら、コレクションを売れば、少しは足しになるんじゃない?」
「それだけは嫌だ! 義兄さんには分かんないんだろうけどさ、一度手放したら、もう二度と手に入らない物だってあるんだからね!」
「嫌なら死に物狂いで働いて、生活をキープすることだね」
「なんか、ふたりとも冷たいんだね。どうせ俺のことなんて、どうなってもいいと思ってんだ」
「いい歳した大人なんだから、自分の生活くらい自分で何とかしないとね。みんなそうやって生きてるんだから。亡くなったお義母さんだってそうだったんじゃない?」
再び言葉を失った健一さんに、さらに続けました。
「お義母さんは、君のために自分のことはすべて犠牲にしてきたからこそ、君は働きもせず、何不自由なく暮らすことが出来たんでしょ?」
「…」
「お義母さんと同じように、僕たち夫婦にも、守るべき大切な子供たちがいるんだよ。君の生活や、まして趣味趣向なんて、うちには関係ないよね?」
「…」
「立ち退き期限の今月末までに引っ越さないと、大切なコレクションごと解体撤去されるから、急いだほうがいいよ」
「ちょっと待って! そんなこと言われても、俺一人じゃ引っ越しなんて無理だし、だいたい何からやればいいのかだって…!」
「やるんだよ、自分で!」
再びそう叫んだ、姉、直子さん。
「ゲームしてる暇があるなら、何をすればいいかネットで検索しろ! ああでもない、こうでもないってブチブチ言ってる間に、さっさと動け!」
「じゃあ、せめて手伝いくらいはしてよ!」
「悪いけど、自分のことは自分でやってよ。さあ、急がないと、本当に間に合わなくなるよ」
他力本願で依存体質の健一さんのこと、大切なコレクションを失うくらいの危機感がなければ、自分から動くことはないと考えた直子さん。
万が一そうなったとしても、それは自業自得。現実社会で生きて行くためには、他力本願がまかり通るほど、世の中は甘くないということを思い知る良い機会です。
「だって、無理だよ…! あんなたくさんの物を、一人で運ぶって!」
「引っ越し業者を利用するのも、一つの手段だよ」
「でも金が掛かるじゃん!?」
「当たり前でしょ? 間に合わせるためには、お金を払って人を使うか、寝ないで自分ひとりで動くか、それとも諦めるか、選択肢はそんなところかな?」
「そんなの酷過ぎるよ!」
「それが世の中っていうものだよ。もし、君が誰かに力を貸したことがあれば、君のピンチに駆け付けてくれるかも知れないけど」
ずっと引き籠りだったため、力を貸してくれる友人などいるはずもなく、唯一の味方だった母親もいないという現実を突き付けられた健一さん。
姉夫婦からも一切の協力を得られないことを理解すると、間もなく取り壊される自宅に戻り、ようやく必死で動き始めたのでした。
「ギリギリまで自力で運んだけど、結局間に合わなくて、残りを業者さんに委託したらしいの」
「無事、運べて良かったよね。それで、お仕事は見つかったの?」
「それがね、渋ってたコレクションを売ったみたい」
母親のおかげで、金額など一切気にせずに収集していた健一さんのコレクションは、本人が豪語した通りの高値が付いたようでした。
見ず知らずの他人に、大切な宝物を差し出すことにはかなりの屈辱感と抵抗があったものの、何度かメッセージを遣り取りする中で、コレクションに自分と同じ思いを抱く人がいることを知った健一さん。
これをきっかけに、そうしたコミュニティーで知り合った人たちとの交流が始まり、中には、健一さんの作品に高い評価をしてくれる人もいて、最近では個別に仕事の依頼が舞い込んでいるとのこと。
「本当にそれが仕事になるのかは分からないけど、生活費の足しにはなるみたいだし、後は何とか自分でやるでしょ」
「うまく行くと良いね」
「一切援助しないって決めてるから、知らん顔続けるつもりだけど、病気とか怪我とか天災とかで援助が必要になったときは、いつでも手を貸そうって、主人も言ってくれてて」
「良いご主人じゃない」
「うん。うちの父親を引き取って、そのうえ厄介な小舅を抱えてるのに、文句も言わずにいろいろ協力してくれて、本当に感謝してるんだよね」
「そっか」
「何だかんだ言って、結局私も弟に甘い姉で、母のこと言えないかな」
今後、健一さんがどうなって行くのかは分かりませんが、いつか健一さんにも、相葉さんご夫婦の思いが伝わる日が来ればと思います。
それらの部屋の近くには、レンタルトランクルームがあり、現在所持している膨大なコレクションの内、部屋に入らない分はそこへ収納するように、とのこと。
それらを借りる費用と、当面の生活費として、100万円を手渡すことを提案しました。これは父親の僅かな貯金を『生前贈与』として、それに姉夫婦からの餞別を足したものです。
「部屋とトランクルームを契約したら、なるべく早く、仕事を見つけて働いたほうがいいよ。はっきり言って、100万なんてあっという間になくなるから」
すると、またしても甘ったれたことを言い出した健一さん。
「けど、仕事が見つからなかったらどうすんのさ? 部屋も追い出されて、食べる物もないんじゃ、生きてけないじゃん? そうなったら、義兄さんとこに住まわしてくれるってこと?」
「おまえは、まだそんな…!!」
そう言い掛けた直子さんを制止し、隆弘さんは淡々とした口調で続けました。
「さっきも言った通り、うちで面倒看るつもりはないよ」
「じゃあ、どうすればいいっていうのさ!?」
「どうしてもお金に困ったら、コレクションを売れば、少しは足しになるんじゃない?」
「それだけは嫌だ! 義兄さんには分かんないんだろうけどさ、一度手放したら、もう二度と手に入らない物だってあるんだからね!」
「嫌なら死に物狂いで働いて、生活をキープすることだね」
「なんか、ふたりとも冷たいんだね。どうせ俺のことなんて、どうなってもいいと思ってんだ」
「いい歳した大人なんだから、自分の生活くらい自分で何とかしないとね。みんなそうやって生きてるんだから。亡くなったお義母さんだってそうだったんじゃない?」
再び言葉を失った健一さんに、さらに続けました。
「お義母さんは、君のために自分のことはすべて犠牲にしてきたからこそ、君は働きもせず、何不自由なく暮らすことが出来たんでしょ?」
「…」
「お義母さんと同じように、僕たち夫婦にも、守るべき大切な子供たちがいるんだよ。君の生活や、まして趣味趣向なんて、うちには関係ないよね?」
「…」
「立ち退き期限の今月末までに引っ越さないと、大切なコレクションごと解体撤去されるから、急いだほうがいいよ」
「ちょっと待って! そんなこと言われても、俺一人じゃ引っ越しなんて無理だし、だいたい何からやればいいのかだって…!」
「やるんだよ、自分で!」
再びそう叫んだ、姉、直子さん。
「ゲームしてる暇があるなら、何をすればいいかネットで検索しろ! ああでもない、こうでもないってブチブチ言ってる間に、さっさと動け!」
「じゃあ、せめて手伝いくらいはしてよ!」
「悪いけど、自分のことは自分でやってよ。さあ、急がないと、本当に間に合わなくなるよ」
他力本願で依存体質の健一さんのこと、大切なコレクションを失うくらいの危機感がなければ、自分から動くことはないと考えた直子さん。
万が一そうなったとしても、それは自業自得。現実社会で生きて行くためには、他力本願がまかり通るほど、世の中は甘くないということを思い知る良い機会です。
「だって、無理だよ…! あんなたくさんの物を、一人で運ぶって!」
「引っ越し業者を利用するのも、一つの手段だよ」
「でも金が掛かるじゃん!?」
「当たり前でしょ? 間に合わせるためには、お金を払って人を使うか、寝ないで自分ひとりで動くか、それとも諦めるか、選択肢はそんなところかな?」
「そんなの酷過ぎるよ!」
「それが世の中っていうものだよ。もし、君が誰かに力を貸したことがあれば、君のピンチに駆け付けてくれるかも知れないけど」
ずっと引き籠りだったため、力を貸してくれる友人などいるはずもなく、唯一の味方だった母親もいないという現実を突き付けられた健一さん。
姉夫婦からも一切の協力を得られないことを理解すると、間もなく取り壊される自宅に戻り、ようやく必死で動き始めたのでした。
「ギリギリまで自力で運んだけど、結局間に合わなくて、残りを業者さんに委託したらしいの」
「無事、運べて良かったよね。それで、お仕事は見つかったの?」
「それがね、渋ってたコレクションを売ったみたい」
母親のおかげで、金額など一切気にせずに収集していた健一さんのコレクションは、本人が豪語した通りの高値が付いたようでした。
見ず知らずの他人に、大切な宝物を差し出すことにはかなりの屈辱感と抵抗があったものの、何度かメッセージを遣り取りする中で、コレクションに自分と同じ思いを抱く人がいることを知った健一さん。
これをきっかけに、そうしたコミュニティーで知り合った人たちとの交流が始まり、中には、健一さんの作品に高い評価をしてくれる人もいて、最近では個別に仕事の依頼が舞い込んでいるとのこと。
「本当にそれが仕事になるのかは分からないけど、生活費の足しにはなるみたいだし、後は何とか自分でやるでしょ」
「うまく行くと良いね」
「一切援助しないって決めてるから、知らん顔続けるつもりだけど、病気とか怪我とか天災とかで援助が必要になったときは、いつでも手を貸そうって、主人も言ってくれてて」
「良いご主人じゃない」
「うん。うちの父親を引き取って、そのうえ厄介な小舅を抱えてるのに、文句も言わずにいろいろ協力してくれて、本当に感謝してるんだよね」
「そっか」
「何だかんだ言って、結局私も弟に甘い姉で、母のこと言えないかな」
今後、健一さんがどうなって行くのかは分かりませんが、いつか健一さんにも、相葉さんご夫婦の思いが伝わる日が来ればと思います。