第2話

文字数 1,774文字

 そんなある日曜日、葛岡さんの奥さんが、先週の日帰り旅行のお土産を持って来て下さいました。

 平日はお仕事をされていて、お会いする機会が少ないため、『週末の君』について尋ねるまたとないチャンス。

 どう切り出そうかと、タイミングを伺う私の様子に気づいてか、気付かずか、

 
「でね、ちょっとだけ、今いいかな?」

「うん、どうしたの?」

「多分、みんなも気になってるだろうな~と思って」


 どうやらお土産を渡すのを口実に、葛岡さんから彼とのことをカミングアウトしに来たらしく。


「びっくりしないでね。じつはね、彼とは会社関係のパーティーで知り合って、付き合うことになったのね」

「いつから!?」

「知り合ったのが半年前で、付き合い始めたのは、2か月くらい前から」


 葛岡さんによると、彼は葛岡さんが勤める会社の取り引き先の方で、名前は綾瀬さんというそうです。

 年齢は3つ上、とても穏やかな性格で、どちらかといえば寡黙なほうですが、お話し好きな葛岡さんと話しているときだけとても会話が盛り上がり、一緒にいて安らげる人だといいます。

 また、綾瀬さんは『バツイチ』で、前の奥さんとは数年前に『性格の不一致』で離婚。現在高校一年生と、中学二年生の二人の息子さんたちは前妻さんが親権を持ち、月に1度のペースで会っているとのこと。

 大学二年になった葛岡さんの長男、柊くんと、綾瀬さんの息子さんたちはすでに顔合わせ済みで、意外にもお互いの家族をすんなり受け入れてくれたようで、まずは一安心です。

 現在、綾瀬さんはマンションで独り暮らしをしており、当初はお互いの家を行ったり来たりしていましたが、マンションの周辺には駐車場がないため、葛岡さん宅で過ごすことにしているそうです。

 要するに、葛岡さんと綾瀬さんの交際は、それぞれ『未亡人』『バツイチ』というフリーの立場で、子供たちも公認しており、法律的にも倫理的にも問題はないということ。

 事情を知らない私たちは、見知らぬ男性が出入りしている様子を見て、あれこれ詮索していた次第ですが、話を聞いて納得しました。




 ですが、この交際に『待った』を掛ける存在が。

 思いもしなかった綾瀬さんの出現に、おばあちゃんが嫌悪感を露わにしていらっしゃるそうで、


「ここは息子が買った家で、私の家でもあるんだから! 勝手に家族以外の人間に出入りされるなんて、不愉快だわよ!」


 と、激高されているのだとか。

 おばあちゃんのお気持ちも分からなくはありませんが、彼女が主張する『家族』という括りでいうと、葛岡家には一つ大きな問題がありました。

 現在、おばあちゃんは葛岡さんの『扶養家族』で、同居もしていますが、葛岡さんのご主人=おばあちゃんの長男さんが亡くなっているため、本来、おばあちゃんの扶養義務は、実子である次男さんにあるのです。

 土地・建物ともにおばあちゃんには所有権はなく、頭金やローンの一部などの支払いもしておらず、生活費はすべて葛岡さんが負担していて、厳密には『居候』の状態でした。

 葛岡さんとしては、今すぐにでも出て行って欲しいのが本音ですが、次男さんは引き取りを渋っており、息子の柊くんからすれば、血の繋がった祖母であることに違いありません。

 そうした絡みもあり、無理やり追い出したりしないのは、葛岡さんなりの温情でしたが、当然の権利として居座るおばあちゃんとの意識の差には、埋めがたい溝があるのも事実。


「だからもう、機嫌が悪いの何のって、猫たちまで引いてるのよね」

「葛岡さんも大変だよね」

「まあ、ここまでも長い道のりだったし、今すぐどうこうってことでもないから、長期戦覚悟ではいるんだけど」

「将来的なことは、考えてるの?」

「一応、それも視野に入れてはいるけど、どうなるかは分からない感じかな」

「そっか。良い方向に行くと良いね」

「そういうわけだから、みんなにも伝えといてもらえる?」

「分かった」


 とはいえ、回覧板で伝言するわけにも行かず、スピーカーのおばあちゃんに話せば、あっという間に拡散するのですが、今回ばかりは機能せず。

 もっとも、『速度は早いが、精度に劣る』おばあちゃん情報、過去に何度も混乱を招いていることから、機能しないほうが平和には違いありません。

 さしあたり、共通のお友達何人かの耳に入れておいたので、後は徐々に広がって行くでしょう。



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